第12話   リリーの結婚式(2)

 アトミスの結婚式とは違った立派で格式のある教会で、リリーは父の腕に腕を絡め歩いていく。


 長いドレスの裾はまだ入り口に残っている。


 ビエントが、リリーが来るのを待っている。


 赤い絨毯が、リリーのドレスで白く変わっていく。


 アトミスが手を振ってくれた。


 緊張で強ばっていた顔に、笑顔が戻った。


 アトミスは旦那様と結婚式に来てくれた。


 アトミスの結婚式も無事に終えたのだから大丈夫だ。


 ビエント様も大丈夫だと言っていた。


 リリーは自分に言い聞かせる。


「そうだ、リリー、せっかくの結婚式だ。笑顔でいなさい」


 父が耳元で囁いた。


 リリーは頷いた。


 幸せになるための結婚式だ。この白いドレスを汚す者はいない。


 真ん中まで歩き、父の手からビエントの手へと移る。


「娘を頼む」


「はい」


 ビエントはしっかり返事をすると神父の待つ祭壇へと歩いて行く。ゆっくりと一歩ずつ。


「リリー何も怖くはないだろう?」


「はい」


 リリーは、ビエントを見つめて微笑んだ。


 ビエントも微笑み返してくれる。やっと神父の前まで到着したとき、


 バン!と大きな音で扉が開かれた。


 リリーの白いドレスの上を誰かが走ってくる。


 体が後ろに引っ張られていく。


 リリーは振り向いた。


 王妃様が真っ赤なドレスを着て、刀を振り上げて走ってくる。


 リリーは斬られると思い屈み込んだ。


「ロッチャーウイング」


 ビエントの声と国王の声がした。


 ビエントの側近二人と国王の側近二人も同じ魔術を発動させた。


 王妃は遮るような風に吹き飛ばされて、背後に転んだ。


 リリーもドレスを引っ張られ、バランスを崩して転ぶ……。


 ……転ぶと思ったとき、ビエントに支えられて、転ばずにすんだ。


「捕らえよ」


 国王が命令した。


 騎士達が真っ赤なドレスを着た王妃を取り囲む。


「ビエントだけが幸せになるのが許せない。王国の王妃は金髪でなくてはならない……無礼者、その手を放しなさい!触らないで、汚らわしい!」


「それ以上騒がせるな。捕らえて牢屋にでも入れておけ」


 国王陛下が命令した。


 白いウエディングドレスの裾は大勢の足跡で汚れていた。


 汚れた結婚式になってしまった。


 涙が流れていく。


 父が出てきて、ウエディングドレスの裾を外した。


 馬車にも乗れる身軽なドレスに変わった。


 ドレスの裾は騎士達が素早く片付けてくれた。


「もう邪魔は入らない」


「……でも」


「そのドレスも素敵だ」


 ビエントはリリーの濡れた頬の涙を、ハンカチで押さえて拭うと、微笑んでリリーの手を強く握った。


「……はい」


 何事もなかったように結婚式が進んでいく。


 誓いの言葉に、誓いの口づけも、誰にも邪魔されずに進んでいった。


 皆の拍手に、リリーは今、無事に結婚式を終えることができたのだと思えた。


「邪魔は入ったが、いい結婚式だった」と父が言った。


「さあ、馬車に乗って行ってらっしゃい」と母が言った。


「絶対に忘れない結婚式になったな」と兄が言った。


「騒がせてすまなかった」と国王陛下が謝った。


「さあ、ビエント、国民に白銀の英雄を披露してきなさい」


「はい、では行ってきます」


 ビエントは、リリーの手を握りながら、馬車に乗った。


 付き人がドレスの裾を綺麗にしてくれる。


 扉が閉められて、馬車はゆっくり走り出した。


 沿道には国民が旗を振って見送ってくれる。


「リリー、笑顔で手を振るんだ。初めの公務だよ」


「はい」


 リリーは笑顔を浮かべて手を振った。アハト達も見に来てくれていた。


 唇の動きだけで「ありがとう」と伝える。伝わったのか、アハト達が喜んでいる。


 馬車がゆっくりと王都を回ると、宮殿に戻って来た。


 扉を開けられ、ビエントに手を引かれながら、馬車から降りた。


「騒がせてすまなかった。もう、こんなことは起きないはずだ」


「本当に?」


「いきなり実家に帰ると言わないでくれよ」


「でも、怖いわ」


 宮殿に入りたがらないリリーを、ビエントは宥める。


「母上は、精神を病んでいるんだ。許してやってほしい」


 リリーは頷いた。


 病気なら仕方がない。


 シオン様も来られなかったし、認められるように頑張ろう。

 

 やっと歩き出したリリーを横抱きにして、ビエントは王宮の中に入っていった。


 王宮の中には、国王陛下と両親と兄と王宮に仕える者達が集まっていた。


「おかえりなさませ」


「ただいま」


 数の多さに驚いて、リリーは小さな声で応えた。


「仲がよろしいですわ」


「妹をよろしくお願いします。兄上」


「リリーを頼むぞ」


 リリーを抱き上げたビエントの背中を最後に父が叩いた。


「午後からはダンスパーティーが行われる。それまで休憩だ」


 国王陛下は、にこやかに言った。


「リリー、写真を撮ってもらおう」

「はい、ビエント様」


 抱き上げたリリーを下ろして、写真を撮ってもらう。


 両親や兄とも何枚も美しく飾られた姿を撮ってもらう。


 リリーは笑顔になって、何枚も思い出の写真を撮ってもらった。


 写真撮影を終えると、皆で食事をして、パーティーの準備をした。


 パーティーでは、招待客の前で、リリーはビエントとダンスを踊った。


 皆に拍手で祝福され、その後、招待客を交えて、ダンスを踊った。


 リリーは父や兄ともダンスを踊った。


 幸せだと思えるダンスパーティーを終えて、翌日、家族を実家まで送っていった。


「いつでも帰っておいで」


 両親も兄も笑顔で、リリーに言った。


「はーい」


 リリーは猛獣を運ぶ檻を家の横に置くと、父、母、兄を抱きしめて、それから、両親と使用人達に見送られ、アストラべー王国に戻った。


 王宮の外に、ビエントと国王が立って、リリーの帰りを待っていた。


「ただいま」


「おかえり」


 リリーはビエントに抱きついた。


 国王はニコニコと新婚の二人を見守っている。



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