81、トシゾウの鳴き声



「そこを退くでござる!」


「だから外は危ないですって‥‥‥」


 数時間の睡眠をとったトシゾウが急に起き上がり外に出ようとしたので、扉の前に立っている俺。


「拙者の事は、ほっといてくれでござる!」


「‥‥‥死んじゃいますよ?」


「お主は、あまり拙者を舐めない方がいいでござる!」


 声を荒げるトシゾウの口から、唾が飛んできてかなり不快。


「トシゾウさんは、モンスターと戦えるの?」


 どう見てもパジャマを着た、小太り最弱キャラ。


「拙者にかかれば、その辺のモブなどどうという事はないでござる」


 モブ?

 久しぶりに聞く単語。


 ──まさかな?


「トシゾウさんって変わった名前ですけど、本名です?」


「名前はアリス殿に教えたのであって、お主には教えておらんのだ、馴れ馴れしく名前を呼ばないでもらいたいでござる! 拙者男は大嫌いでござる。特にお主のような顔の良い男を見ると虫唾が走るでござる!」

 

 ‥‥‥凄い嫌われてる。


「拙者の嫌いな下等生物よ、お主に高貴な拙者を止める権利などないでござる! そこを退くでござる!」


 そう言いながら小太りトシゾウは、勢いよく俺の前に詰め寄ってくる。

 トシゾウは俺より背が高いため、上空から唾が降り注ぐ。


 ──不快の極み!


「あんた、いい加減にしなよ!」


 部屋の隅で様子を見ていたアリスさん。

 

「‥‥‥アリス殿?」


 驚いた顔で、アリスさんの方を振り向くトシゾウ。

 

「あんたね、どんだけ偉い人か知らないけど、言って良いことと悪いことがあるでしょ」


 アリスさんも少し怒っておられます。


「違いますぞアリス殿、拙者はアリス殿に言っているのではなく、この下等生物に言っておるのであって‥‥‥。アリス殿は拙者に認められた、高貴な人種でござる」


 下等生物とは俺のこと。


「人を下等とか高貴とか言うあんたが一番下等。見た目もそうだけど、あんた性格も最悪だね」


「待ってくだされ。見た目はパジャマのせいでござる! 拙者はこの世で一番高貴な存在、ちゃんとわかればアリス殿も見直すでござる!」


 トシゾウは確かにパジャマ姿だ。

 そしてそのパジャマが物凄くダサい。

 お洒落な服を着れば或いは‥‥‥ないか。


「服のせいじゃないって。あんた、どうせ金持ちの子供なんでしょ? なにもせずにゴロゴロしてるから、そんな情けない体型になるのよ」


「違う! 拙者は部屋から出られないのでござる! 故に少し太ってしまったかもしれないが、そんなこと些細なことでござる! アリス殿は拙者のお嫁さんになるべき人でござる!」


 ‥‥‥凄い、なんで急にプロポーズしたの?!


「‥‥‥はっ? あんた何言ってんの?」


 物凄く冷たい顔のアリスさん。

 こんな顔できるんだ‥‥‥怖っ。


「だから、アリス殿を拙者のお嫁さんに迎えるでござる。こんな下等生物とは今後関わるのはやめて、拙者の元に来るでござる!」

 

 もう一度言うが下等生物とは俺。


「‥‥‥行くわけないでしょ」


「どうしてでござる?! 」


「キモいから」


 ‥‥‥言っちゃった。

 アリスさんの横に立つイレイザが、ニヤニヤと様子を見ている。

 尻尾がピンと立ち、フリフリされている。

 ‥‥‥楽しんでるな。


「‥‥‥キモいとは‥‥‥まさか、拙者のことでござるか?」


 目を見開き驚いた顔のトシゾウ。

 

「他に誰がいるんだい?」


「‥‥‥待ってくだされ。拙者、そんなこと言われたことないでござる‥‥‥。え? ほんとに?」


「よほど甘やかされて育ったんだね。もう一度言ってあげようか、あんたブクブク太ってて気持ち悪いし、性格も私が今まで見た中で最悪だね」


「‥‥‥拙者と結婚は?」


「するわけないでしょ! そのたるんだ腹をなんとかしてから出直してきな!」


「‥‥‥ぐぬっ。ぐぬぬっ。ぐぬぬぬぬっ!」


 トシゾウから変な音が聞こえる。

 怒った?!


「うぉ〜〜ん!」



 ドン!



 急に走り出したトシゾウに弾き飛ばされ、尻餅をつく俺。

 トシゾウは魔法陣の描かれた部屋に入り、扉を勢いよくドンと閉めた。


「‥‥‥逃げた」


「逃げたね」


「ダーリン、アイツ物凄く泣いてたよ。キモいわ〜」


 ニヤニヤしながらイレイザ。

 

「‥‥‥これどうすんの?」


「私は悪くないよ!」


 ムスッとしてるアリスさん。


「フラれたトシゾウを、色欲のイレイザが慰めるなんてのはどう?」


「‥‥‥ダーリン、私は別に誰にでもちょっかい出す訳じゃないからね‥‥‥」


「そうなんだ」


「ねえねえ、もう追い出しちゃお! モンスターに食べられても、誰も悲しまないよきっと」


 ニヤニヤとイレイザ。

 尻尾はピンピンだ。


「‥‥‥それは流石に駄目だろ」





「‥‥‥うぉ〜〜ん。うぉ〜〜ん」


 魔法陣の部屋に近づくと、トシゾウの泣き声が聞こえた。

 ‥‥‥何という鳴き声!


「うぉ〜〜ん、うぉ〜〜‥‥‥グゴォーーー! グゴゴゴォーー!」


「ダーリン、寝たわ!」


 隣に居た尻尾ピンピンのイレイザ。


「‥‥‥寝たな」



 やっぱり、ベッドじゃなくても寝れるじゃないか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る