80、食っちゃ寝で仕上がったボディー



「いったい、何のつもりでござるか!」


 目を覚ましたパジャマ姿の小太りな男性が、俺を睨み付けていた。

 かなり怒ってらっしゃいます。


「すいません。あなたに用はないんですけど、手違いで召喚してしまいまして‥‥‥」


「‥‥‥手違い?」


「えっと、その、色々と事情がありまして、完全に人違いです」


 人違いどころか、モンスターを召喚するつもりだったので、もはや種族までも違う。

 

「‥‥‥拙者に用があったのではないのか?」


「違います。‥‥‥そもそも、俺はあなたを知りませんし」


「‥‥‥本当であろうな?」


 妙に疑り深い小太り。

 顔が脂でキラキラしてる。


「‥‥‥むしろあなた誰ですか?」


「そうであったか! ならば拙者はこれにて失礼するでござる」


 ドスリと音をたてて立ち上がり、部屋を出ようとする小太り。


「ちょっと待って。ここがどこかわかるんです? どうやって帰るつもりですか?」


 小太りは見たところ物凄く弱そう。

 ここは森の中の祠。

 外にはモンスターがうじゃうじゃいる。

 普通の人間にはとてもじゃないが森を抜けられないだろう。


「ここは何処でござるか?」


「プリングの街の東にある森の中です」


「プリングの‥‥‥なるほど」


「外にはモンスターがいっぱいいますんで、危ないです。家まで送ってあげたいのですが、俺は訳あってここから出られませんので‥‥‥どうしましょうかね」


 あまりよろしくはないが、最悪イレイザにでも送らせるかな。

 

「拙者はプリングの商人。だいたいの立地はわかったので、帰れるでござる」


 そう言うと、また祠から出て行こうとする小太り。


「プリングまでかなり距離がありますよ? 絶対やめた方がいいですって」


 扉の前に回り込み、小太りを止める俺。


「ほっといてくだされ! 拙者は一刻も早く帰りたいで────」



 グルルルルルッ!



 小太りのお腹が下品に鳴った。

 

「‥‥‥拙者、早く家に帰ってご飯が食べたいでござる」


 その場で崩れ落ちる小太り。

 ‥‥‥泣いているのか?

 なんか可哀想になってきた。






「アリスさん、ありがとうございます」


「‥‥‥別にいいけど」


 軽く事情を説明し、アリスさんにご飯を作ってもらった。


「アリス殿の料理は最高でござる!」


 テーブルに座り、額に汗を浮かべながらガツガツとご飯を食べる小太り男性。

 口からポロポロと食べ物をこぼす姿がなんとも汚い‥‥‥。


「あんた‥‥‥もうちょっと落ち着いて食べれば?」


 少し離れた場所から、その様子を見ているアリスさん。


「美味い、美味いでござる!」


 もはや話など聞いていないようで、一心不乱に料理を口に運ぶ小太り。

 皿ごと食べそうな勢い。

 その姿はまさに餌に飛びつく家畜のよう‥‥‥。


「ダーリン、私こいつ生理的に無理だわ」


 アリスさんの横に立っていたイレイザの一言。

 気持ちは分かるが、もう少し小声でお願いします。


「ふぅ〜、食べたでござる!」


 満足そうにを顔を上げ、大きなゲップをする小太り。


「‥‥‥キモ」


 後ろからまたイレイザの声が聞こえた。

 見事なほど尻尾は下を向いている。

 

「アリス殿は料理の天才でござった。美味しいと聞いていたが、ここまでとは思わなかったでござる。拙者の家で働く栄誉を与えるでござる」


 口についた食べ残しを服の裾で拭いながら、ニヤニヤとアリスさんを舐め回すように見る小太り。


「‥‥‥あんた何言ってんの。私の料理が美味しいなんて、誰に聞いたんだい?」

 

 怪訝な顔のアリスさん。


「アリスさん、この人プリングの商人らしいですよ」


 同じ街に住んでるんだから、噂くらい耳にしてたのかもしれない。


「‥‥‥見たことないね」


「拙者はトシゾウ。プリングで商人をしてるでござる」


「全然知らないね」


「さて、拙者はこれで失礼するでござる。アリス殿、近いうちに迎えを寄越す故、その時にまた」


 小太りは立ち上がり、アリスさんに会釈をした。


「サトシ、なんか私もこの人苦手かも‥‥‥」


 俺の後ろに隠れて小声でアリスさん。

 

「トシゾウさん、さっきも言いましたが祠の外はモンスターでいっぱいですよ?」


「ニア殿はしつこいでござるな。拙者そろそろ眠たくなってきたので、早く家に帰るでござる」


 ‥‥‥なんかもうほっとこうかな。


「ダーリン、もう追い出しちゃおう。キモいし」


 イレイザよ、もう小声でもなんでもないぞ。


「‥‥‥う、まずいでござる。‥‥‥睡魔が、睡魔が押し寄せてきたでござる‥‥‥」


 急に頭を押さえ、フラフラとしだす小太りトシゾウ。

 ‥‥‥さっきまで寝てたのに眠いの?


「ベッドは‥‥‥ベッドはどこでござる? 拙者、お腹がいっぱいになると、どうしても眠気が抑えられないのでござる‥‥‥ベッドは、どこでござる‥‥‥か‥‥‥」


「‥‥‥あれ使います?」


 今は石像の部屋なので、隅っこに俺の使うベッドが置かれている。

 指さして教えると、小太りトシゾウはふらふらとベッドの方に歩き出した。


「‥‥‥拙者ベッドがないと、眠れないでござる」


「さっき魔法陣の描かれた床の上で寝てましたよ?」


「黙れでござる。‥‥‥アリス殿、添い寝を頼むでござる‥‥‥」


 ベッドにズシンと横になり、アリスさんを手招きしているトシゾウ。

 

「サトシ、やっぱアイツ追い出さない?」

 

「アリスさんまで物騒な‥‥‥」


「寒気がするね」



 グゴゴゴォーーッ! グゴォーーッ!



「あ‥‥‥寝た」


 物凄いイビキを部屋中に響かせ、眠った小太りトシゾウ。


「ダーリン、今のうちに外に捨てようよ。モンスターもコイツ食べ応えありそうだから、すぐに襲って処理してくれるわよ」


「‥‥‥イレイザ、今後魔族は人を殺しちゃ駄目だって魔王に言われなかったか?」


「モンスターの餌にするだけよ」


「‥‥‥間接的にでも駄目。イレイザ、プリングの街まで送ってあげてよ」


 街まで送れば解決なのだ。

 イレイザが外に出る事で、バレてしまう可能性もあるが、このまま関係ない人間を閉じ込めておくわけにもいかない。


「‥‥‥ごめんダーリン。キモいから近づきたくない」


 色欲のくせに生意気な。


「仕方ない、転移魔法でさっと送ってくるか‥‥‥」


「ダーリンは動いちゃ駄目。すぐ見つかっちゃうよ」


「でもな‥‥‥」


 俺のベッドを占領する、小太りの男を見てため息をついた。



 ──なんてもん召喚しちゃたんだろう‥‥‥。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る