66、チートアイテム



「‥‥‥遂に、一人の時間が出来たな」


 プリングの宿屋。

 一人で部屋にいる俺。

 アリスさんに連れられて、レイラは街に買い物へ。

 女子には日用品など、色々と買い物が必要なのだろう。

 ちょうどいい機会なので、今日はレベル上げは休みとした。


 ──俺はこの日を待ち望んでいた。

 

「部屋の鍵は‥‥‥よし、大丈夫。閉まってるな」


 完全に密室。

 誰にも邪魔されない環境。

 これが一番大事。

 とてもじゃないが、レイラには見せられない。

 ゆっくり買い物を楽しんでおいでと、言付けもしてある。


「‥‥‥さて、実験を始める」


 カーテンを閉め切る暗い部屋。

 テーブルの上には、大量に用意したガラス瓶。


 そう、今日の実験の主役『魔王の元気』。

 魔王との戦いの際、攻撃力が2倍になった、よく分からないチートアイテム。

 アイテムの説明欄にはそんな効果は書いてない。

 そもそもこの世界の一般人は、ステータスの存在すら知らないのだから、当然と言えば当然だ。



【魔王の元気】

 ──魔王のような夜の活力を貴方に──

 用法:1日1回、内容量の5分の1程度を経口投与して下さい。一度服用したら次の服用までは24時間以上の間隔を空けて下さい。

 〜貴方の健康を損なう恐れがあります。用法・用量を守って正しくお使い下さい。身体に異常がある時は速やかに使用をやめ、医師にご相談下さい〜



「‥‥‥魔王の夜の活力って」


 あの人、綺麗な女子ですよ。

 

 まあネーミングはさておき、前回の使用時、実は俺は一つ重大なミスを犯していた。

 そう用量。

 内容量の5分の1程度って書いてある。

 ‥‥‥程度ってなんだよって感じだが、あの時は一本全て飲み干してしまっていた。

 説明なんて読んでなかったし、普通全部飲むでしょ。


 今日の実験のテーマは、どれくらいの量を飲めば攻撃力は2倍になるのか。

 また、もっと飲めば攻撃力は3倍、4倍と上がっていくのかどうか。

 4倍とかになるなら、魔王すら一撃で倒せる攻撃力になるじゃないか?

 夢は膨らむ。


「‥‥‥よし、いただきます」


 ゴクリ。


 瓶の蓋を開け、まずは用法の通り雑だが5分の1程度を飲んでみる。

 

「どうかな?」



【ニア】

レベル963

力2952

素早さ2845

身の守り2825

かしこさ2917

魅力2524

HP5665

MP3163



 ステータスには変わりなし。

 変わりがあったのはアレだけだ。

 少し元気になった気がする。

 薬としては凄い効果なのだろうが‥‥‥。


 しばらく待機してみたが、やはりステータスに変化は現れなかった。

 だがここまでは、ある程度予想通り。

 こんな栄養ドリンクみたいな物を飲んで、『力』が上がる人が続出したら、夜の街が大変な事になるだろう。

 おそらくなのだが、用法•用量を守らなかったために起こった、副作用的なものではないか思っている。

 

「ここからが実験だ!」


 俺の身体は常人より丈夫なのだ。

 ガンガンいこう!




 わかった事。

 1本ガッツリ飲むと『力』はしっかり2倍になった。

 やはり物凄いチートアイテムである事は実証できた。

 しかし2本目、3本目と飲んでみたのだが、ステータスが変わる様子はなかった。

 そこからが精神力と身体の勝負だった。

 少しずつ不安になってきたのだが、次の1本を飲んだら3倍になるかもとか思うと、引き返せない俺。

 だが、6本目を飲み切ったところで、頑張りは報われる。

 ステータスに変化が起こったのだ。

 


【ニア】

レベル963

力8856 ↑

素早さ2845

身の守り2825

かしこさ2917

魅力2524

HP5665

MP3163



 見事『力』が3倍になっている。

 なんというチートアイテム!


「これなら誰にでも勝てる! 俺は最強の力を手に入れたのだ!」


 テンションはマックスだ。

 高揚感が半端ない。

 ‥‥‥そう高揚感。

 そこで気付いた身体の変化。

 魔王のような活力どころの話ではないのだ。


 ──俺のアレ自体が、まさに魔王!



 『力』は3倍になるが、もはや戦える状態ではない。

 ‥‥‥普通に立ってられないレベル。

 これで人前に出たら俺はただの変態だ。

 

「‥‥‥よし、実験はここで終了だ。今後は1本以上は、絶対に飲まないようにしよう!」


 これにて俺の身体を張った、実証実験は終了したのだった。



 ──本当に誰も居なくて良かった。


「‥‥‥お前、さっきから何をしているんだ?」


「‥‥‥え?」


「独り言をブツブツと‥‥‥いつもそうなのか?」


 振り向くと俺の魔王じゃなく、本物の鉄仮面の魔王。


「‥‥‥あの、ここはプライベートルームでして」


 鍵は確実に閉めた。

 何人たりともこの部屋には入れないはず。

 ‥‥‥こいつ、転移魔法か!


「暇だから遊びに来てやったぞ。待っててもお前は全然来ないからな」


「‥‥‥今日は駄目だ」


 魔王様、今は本当に駄目なんです。

 

「アリスに弱点を聞いた。お前、押しに弱いらしいな」


「‥‥‥明日、必ず遊びに行きますので。今日はそのままお引き取り下さい」


 顔だけを魔王に向けている俺。

 頼む身体は見ないでください。

 

「フッ、俺は押しを覚えたんだ。このまま引き下がると思うなよ」


 そう言うと俺に近づく魔王。

 アリスさんのアホ。


「これもアリスに聞いたが、2人の時に素顔を見せると男は弱いらしいな。ニア、覚悟しろ」


 鉄仮面を華麗に脱ぎ捨てる魔王。

 俺の目の前に頬を染める綺麗な顔。


「‥‥‥負けました」



 ブシューーーッ!



 自分の鼻から大量の血が噴き出すのを見ながら、俺は意識を失った。

 ‥‥‥ああ、情けない。



 もう一度言おう。

 アリスさんのアホ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る