第3話 再会(感慨深くはありません)

「こんなに……神殿の人って多かったかしら」、と。

 まるで王都の神殿を運営する人間の大半がやってきたように見えた。

 しかし、大神官はこともなげに返事をする。


「ああ、心配ない。これでも八割だ。運営に支障はでないよ」

「八割!?」

「そう、八割だ。何が問題があるかね?」

「あるに決まっているではないですか! 神殿といっても、中は人が管理しているのですよ? それを八割も削減したとあっては、どうやって回すおつもりなのですか!」


 怒りというよりは悲鳴だ。

 破綻が目に見えている行動を取る父親が何を考えているのか理解できなくなる。


「いやいや、問題ない。事務方はほとんどあいつ……新たに大神官になったあいつの子飼だ。ここにいるのはそのほとんどが庶務や警備、大学運営に催事を催している部署だからな」

「つまり……?」

「王都にある神殿から、祭りをする機能そのものを引っこ抜いてきた。金勘定しかできない神殿に誰が用がある?」

「せめて相談を……事前の相談がいつもありません」

「したら気づかれていただろう? 宮廷魔導師や王太子派に」

「はあ……そうですね」

 

 カトリーナをめまいが襲う。

 お供えや各地の神殿が所有する土地からの税金、管理している商業組合からの毎月の加盟料、寄付などはきちんと片付けられるだろうけれど。

 果たして、それ以外の大事な本物の部分。

 それが欠けていて神殿と呼べるのだろうか、と。


「怪我人などはどうするおつもりです?」

「あれらも神官。その程度にはどうにかできるさ」

「なんて無計画で無鉄砲な……信じられません!」


 今からでも王都に出向いて行って、癒しの救いを求める民を救いたい。

 カトリーナはそう思って振り返る。

 しかし、そこにはそこで彼女を信じて待っていた人々がいる。


「裏切れない……」

「裏切るのではない。みんなには普段通りの生活をしてもらう。結界はそのまま残る。フレンヌの能力次第だが、この国だって元の……あの雪に覆われた生活よりはよほどよくなったはずだ」


 違うかな?

 そう、大神官はカトリーナを見つめて問いかけて来る。

 それはそうかもしれない。

 でも、人々はこの生活に。

 いまの水準に慣れてしまっている。

 残るのは……王太子派がばらまくであろう、聖女が人民を見捨てた、そんな噂を信じる人ばかりだろう。


「悪く思われたくないっていうのも、あるかもしれません。誤解を解かないまま行くのは辛いわ」


 そう言うカトリーナに、父親は冷ややかな目でなにかの強い信念を宿した瞳でそれは違う、と告げた。


「何もかも救おうなんて贅沢だ。覚えておきなさい。その代わりに、お前は元気になっているではないか」

「あ……でも」

「これまで捧げて来た健康をすこしばかり戻してもらったところで誰が文句を言う? あとは王太子様たちに任せればいいのだ」

「……はい」


 信じられないことを耳にしてしまったとカトリーナは再度、周囲を見渡した。

 運営の八割を連れて来るなんて……父親の人徳には感心したが、やはり不安もぽつりぽつりと沸いて出た。



「その原因を作られたのはどこの誰ですか、お父様!?」

「そんなことはどうでもよい。さあ、こちらにおいで。元気な顔を見せておくれ、我が娘!」


 とてもうれしそうな声に迎えられたら、拒絶はできなかった。

 父親はたくわえた黒いあごひげを凶器のようにして、頭二つは低いカトリーナのおでこに当ててくる。

 それがごわごわしてざりざりと身を削られそうで抱き締められたうれしさとは真逆の拒絶を発して、カトリーナはさっさとジョゼフからその身を引いていた。


「ちょ、ちょっとお父様! いたっ、痛いです」

「なんだ、感動もない再会だな」

「ほぼ、三年ぶりの抱擁ですから……周囲の目もお考え下さい」


 カトリーナは王宮に上がってから、父親に抱き締められた経験があまりない。

 それは王妃候補として相応しくないから、と止められていたからだ。

 しかし、ここにきてもっと喜んでくれてもいいのではないかと、大神官はぼやいてみせる。


「他のやつらになど、見せつけておけばよいのだ……」


 寂しそうにそう言い、するりと抜け出たカトリーナを見て彼は溜息をついた。

 腕の中に残る娘の感触を大神官は大事そうに、抱き締めて余韻に浸る。


「それよりも、病身から抜け出たばかりのこちらの心配をしてください」

「ああ、すまんすまん。お前は最近まで寝たきりだったね。つい嬉しさが、な。許しておくれ」


 どっちが愛が足り何だか。まだ王太子の方が愛があったかもしれない、とカトリーナは父親に説教する。

 仲がよさそうでどこか噛み合っていない。

 そんな不思議な親子だった。


「どうしてそんなに他人行儀なのだ。お前は」

「……七歳の娘を宮殿にあげたまま。ほぼ十年に渡ってたまにしか顔をあわせないのでは、感動もひとしおになることはないと思いません?」

「まあ、それはあるかもしれないが。私としてはこれが最善だった」

「お父様の個人的な感情ばかりで、こちらとしては聖女としての役割を果たせないまま追い出された悔しさもあるんです!」

「……すまない」


 どうやら宮殿に上げて以来、顔をあまり見せなかったことだけが、娘が不機嫌な理由ではないようだと大神官は渋い顔をする。

 心当たりがありすぎて、言い訳のしようがなかった。


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