第2話 復活(聖女は元気です)

 カトリーナは信用のおける者たちと共に、あの日からしばらくして王都をでた。

 そう、王太子ルディに愛想が尽き果てたとか。

 それまで溜まっていた不満をぶつけ、相手からもぶつけられたあの日だ。

 結局、新しい王妃になる予定の宮廷魔導師フレンヌは一度も顔を見せなかった。


「ねえ、見て? 冬の終わり花を咲かせる樹々が、街道を彩ってる」

「そうですな。この光景、来年は見れるかどうか……」


 箱馬車に揺られ、ずっと寝たきりの少女は車内でもやはり特別製のベッドに身を横えていた。

 春の訪れを告げる樹々の活動に、心が躍動感を覚える。

 そして、そんな自然に触れるたびにカトリーナは元気を取り戻している感覚に襲われる。

 体内に蓄えられていくような気がするのだ。

 思い切ってわがままだと思いながらも周りに手伝いを依頼してみた。

 

「ねえ、自分で歩いてみたいの。なんだか、できると思う気がしてならないの。お願い、手伝って?」

「聖女様、お外に出られては身体にさわります!」

「お願いよ。だめならすぐに車内に戻ります」

「はあ……」


 馬車の隣をいく騎士の一人が慌てて、馬車から降りようとする彼女を止めようとする。

 しかし、カトリーナは大丈夫と言い、自分の二本の足で大地に立ってみせた。

 最初はぎこちなく、馬車や騎士の肩を頼りにして歩いた。

 二歩、三歩、それがもっと遠くまでいけるようなると、周囲からは歓声が沸いた。


「おお……五年間、ずっと寝たきりだった聖女様が」

「すばらしい、奇跡だ。女神よ!」

 

 そんな声があちらこちらから聞こえてきて、カトリーナは心の中でごめんなさい、と謝罪する。

 結界を維持する任務に当たっていたとき、自分以外には回復魔法や神聖魔法を使うことができた。

 しかし、あの王宮のなかではなぜか自分の体力回復には効果が無かったのだ。

 だけどいま、王都ははるかに遠くはなれてしまい、もしかしたら……と可能性に賭けてみた。


「なるほど、なるほどー……。やっぱり、私からフレンヌへと役割は移動したみたいねー。忌々しいけれど、元気になれたことは感謝するべき?」


 萎えていた下半身は元気を取り戻し、血色はよくなり、食欲も戻って来た。

 なにより、心が病んでいたのが嘘みたいだ。

 いまは鋼のように硬くなり、過去の泥のような心が、嘘のようだった。


 しかし、本人はいまはまだ聖女のつもりだったから、王都と父親の待つアルタの街との双方の連絡は欠かさないようにし、王太子たちの動向を探るつもりだった。

 女神様の機嫌を損ねて結界が崩壊したら、張り直せるのはたぶん、自分しかいない。


 それを頭のどこかで理解していたから、私にはもう何も関係ありません、という顔はしなかった。


 薄雲が春の空を軽快に流れていく。

 錆色の太陽が、王国と隣国の国境線沿いにある丘陵をにぶく赤色に彩っていた。

 王宮を追放された聖女カトリーナと彼女を慕う者たちの一団は、たいした問題にぶちあたることもなくわりとのんびりとした速度で、大神官が待つアルタの街に到着することが出来た。


 アルタの街は千年ほど古い歴史を持つ城塞都市で、古都といってもよさそうなにぶい土気色のレンガや、ネズミ色の元は白かっただろう石壁がひどく脆く見えた。


「カトリーナ、待っていたぞ。無事によく戻ってきた!」

「戻ってきたって、なんだか変な挨拶だわ、お父様」


 場所はアルタの中心街の広場。

 そこには先だって父親に付き従う神殿の信徒や女官・神官や神殿騎士たちが、ところ狭しと

ぎゅうぎゅう詰めになっていた。

 カトリーナはそれを見て何か違和感を覚えた。


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