第4話 大神官、語る(しかし、聖女はご立腹です)
「いいえ、もう落ち着きましたから。……心配致しました。王子から罷免したと聞かされた時には、もうこの世に生きてはいないのかと……一瞬ですが、そう考えてしまいました!」
「いや、その、な? すまん、それは理由があったのだ」
「理由? 実の娘に手紙や誰かに伝言を残すことのできない、なにが理由ですか!」
切れ長な鳶色の瞳に、きっと怒りをたたえて普段の寝具姿から旅装束になった聖女は、数台後ろに続く馬車群の一つから降り、ジョセフと顔を会わせるなりこうまくしたてた。
神殿の職位よりも親と子の絆がそうさせたのだろう。
娘は炎の女神の聖女の名に恥じないように、烈火のごとく怒っていたし、大神官はどう見ても妻や娘につるし上げをくらう夫か父親が見せる、怯えのような顔をしていた。
その剣幕は彼女たちが信じる女神ラーダが降臨したかのように凄まじいものだったと、後からその場に居合わせた神殿騎士は語っている。
「まあ、とにかくだ。中で話をしよう。馬車に入りなさい」
「まったく……はい」
移動しながら話をしようと、ジョセフは提案し、カトリーナはそれに従って彼の後に続き、馬車に乗り込んだ。
アルタの街は王都には負けるものの、西の交通の要所として知られている。
そんな市内の大通りで、昼間から親子喧嘩は目立ってこの上ない。
国民は誰もが大神官か、聖女の顔を知っている。
それでなくても、この馬車群の持ち主は神殿で、女神の端まで箱馬車には掲げられている。
どうかんがえても、賢い方法ではなかった。
「それで、なにがどうなっているのですか、お父様?」
「そんなに顔を寄せてくるな、お前は亡くなった母さんに似て目元のきつさも、怒った顔もそっくりだ。ああ、違う……すまない、話をするよ」
神殿では威厳を保ち、荘厳なふるまいと賢者のような偉大さをもっていると思われている男。
それが娘の前では権威も形無しとあっては……周囲に座っていた侍女たちの苦笑を招いていた。
「早く話さないと、一年は口をききませんよ? 民を見捨てることになるというのに、どうしてもうすこし我慢できなかったの!」
「わたしの話は聞かないで、責める言葉だけを吐く気か? いつからそんな自分勝手な娘になったのだ?」
「それは……こっちも被害者ですし。連絡があればどうにか他の手段も取れたはずです!」
カトリーヌは自分と王子が結婚さえしてしまえば、大神官も王族になるししかも、王妃の実父だ。
いまの国王陛下は老衰がたたり、寝込んでいるという。
あとほんの少し我慢すれば、政治の実権を握れたというのに。
そのことを考えたら、この父親が取った浅はかな行動がどうにも納得できないカトリーヌだった。
「その手段とは?」
「……お父様はあのままなら、国王の父親になり政治も思いのまま……」
「なんだ、お前は王妃になり国を独占して好き勝手したかったのか? 恐ろしい娘だ」
「そんなことあるはずないでしょう!」
茶化してそう言うジョセフに、カトリーヌは鋭い視線を送り軽口を黙らせた。
政治の実権とかそんなものを握っても……どうせ自分は死ぬまで寝たきりだ。
望み薄い可能性に賭ける程、カトリーナは馬鹿ではなかった。
「王国の政治なんて、あのバカ王子とフレンヌにさせておけばよかったのでは? フレンヌが王妃になれば、女神様に願いでて私とフレンヌの二人で結界を維持するのに必要なものを二分割すればいいと。そう考えていたのに! 台無しです! 何もかもが台無しだわ! 病に伏せったあの五年間を返してくださいッ!」
「いや、あれはあれで必要な時期だった。女神様もおまえには感謝している。おかげで少なかった信徒を補充できたし、国教にまでなれた。これで、女神教は地上にまだまだ残ることができる」
「そんなっ! 娘を何だと思っているのですか!」
「だが……」
そうカトリーナは肩をいからせてみせた。
王太子との婚約破棄をされたとしても、どうせ聖女の権力をあのルディが見逃すはずがない。
神殿の最高権力者は大神官と聖女だ。
それなら、聖女を側室にでもおいて、国内の政治に影響力をある神殿を手にしたいと考えるはず。
「お前も王妃に成れる可能性を楽しんだだろう? この王国の女性なら誰もが手にしたい者の愛を手にすることもできた。もっとも」
「裏切りが待っていましたけれどね! そういう手合いの反対派を抑え込んでこそ、大神官ではないですか」
いつになくカトリーナの嫌味が輝いていた。
大神官は旗色悪く、それをふんふんと肯定するように頷く。
「そうさな、神殿として動くことはできた。しかしなあ……神官長と宮廷魔導師長のつながりが意外に強固でな」
と、大神官はぼやいてみせる。
どうせ、あれだ。
部下の神官長にクーデターを起こされて行き場を失ったのだろう。
「政治の話はもう結構です!」
いろいろと理由をつけるが、どうせ父親のことだ。
ここはさっさと逃げるに限ると考えたに違いないのよ、とカトリーナは父親の保身を責めた。
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