第4想定 第13話

 今日の勤務も終わりだ。

 訓練でかいた汗をシャワーで流すと、指令室から書類箱とノートパソコンを持って待機室にやってきた。

 ノートパソコンの電源ボタンを押し込み、起動するまでの間に書類を広げる。

「宗太郎、調子はどうだ?」

 背後からやってきた姪乃浜が書類の1枚を手にした。

 ひと通り目を通すと何も言うことなく机に戻す。

 それは作戦に持っていく弾薬類のリストだった。

「装備品のリストはできたんだけどな」

「それだけあれば十分だろう」

 武器はいつも通り89式小銃とUSP拳銃。

 弾薬は小銃用の20発弾倉が7本と拳銃用弾倉が3本。

 その他には陽動のためのプラスチック爆薬C4閃光手榴弾フラッシュバン

 通信機や暗視装置。

 食料の缶詰が1個とそのほか諸々。

 リストには載せていないが、そのほかに私物のコンバットナイフや双眼鏡を携行する。

「どこで詰まっているんだ?」

「潜入方法だよ」

 俺はノートパソコンで航空写真を表示して姪乃浜に見せた。

「車両で接近するにしては環境が悪い」

 作戦地域である宗太郎村は隣に国道が通っている。

 しかし隠密潜入と言う任務の特性上、その付近で降車するにはリスキーだ。その地域の道路は見通しが悪すぎる。周囲を警戒して降車したとしても、突然現れた民間人の自動車に発見される可能性がある。ただでさえ国道だ。そんな場所に停車していたら怪しまれるだろう。見通しの悪い道路だから追突されて大騒ぎになるかもしれない。そんな状況になってしまっては宗太郎村のカップルはプロポーズどころではなくなるかもしれない。

「たしかに車両での接近は難しいだろうな」

 姪乃浜がマウスを操作しながらつぶやいた。

 作戦地域からさらに遠いエリアの航空写真を確認している。

 何も俺は愛情保安庁の車両で宗太郎村に乗りつけようと考えているわけではない。ある程度近くまで運んでもらって、そこから山地機動で接近することも考えていた。

 しかし姪乃浜が呟いたとおり、宗太郎村の近くには降車に適している場所はない。

「これはもうヘリコプターむくどりで接近するしかないか?」

「あまり飛ばしたくはないんだよなぁ」

 姪乃浜が頭を抱える。

 指揮官として悩んでいるのではない。

 おそらく部下の経理担当者から突き上げを食らっているのだろう。1回飛ばすと燃料費だけで数万円は飛んでいくからな。それに加えて乗組員の危険手当も発生する。まぁブラックな愛情保安庁のことだから数百円しか支払われないけどな。

 俺はもうひとつの案を出した。

 陸路と空路。それに加えて海から上陸する方法も考えていたのだ。

「洋上潜入でもするか?」

「ヘリキャスティングでもヘリを使わないといけないだろ」

「海上保安庁から巡視船を借りるとか」

「一応、監督省庁が違うからあまり応援は頼みたくないんだよ」

 たしかにそうだよなあ。

 それにヘリの燃料をケチって巡視船で移動するのも本末転倒だ。ヘリを飛ばすより巡視船1隻を動かしたほうが高くつくかもしれない。愛情保安庁の経費をケチって海上保安庁に負担させていたら国土交通省から怒られてしまう。

「宗太郎、たとえば何だが」

「何か方法があるのか?」

 姪乃浜が資料を指さした。

 それは大分愛情保安部から送られてきた計画書だ。

「うちの『にちりん作戦』はこの『39号作戦』と同時並行して開始されるが、1日前から活動を始めるのはどうだ?」

「何か方法があるのか?」

 別に俺は今回の『にちりん作戦』ではドンパチするわけではない。

 大分愛情保安部所属の愛情保安官が支援対象者の友人として現地に潜り込む。俺はいわばバックアップ。その愛情保安官の手に負えなくなった場合に現場に突入して加勢するのだ。

 SSTは狂気系のヤンデレに対処するための部隊だが、今回に限っては一般隊員の代打として現地に潜伏する。『39号作戦』が問題なく進めば俺はただ双眼鏡で宗太郎村を見守っているだけで任務は終了する。

 作戦が1日前倒しで開始されたとしてもそこまで体力は消耗しない。いつもの訓練内容から考えても特に食料が追加で必要になることはない。それどころか作戦期間が延長されるだなんて普段の山地機動訓練ではいつものことだ。

「できることならば現場に前乗りして情報を収集しておきたいな」

「それもあるが、作戦開始予定日の2日前に輸送機が飛んでくる」

「物資補給だろ?」

 弾薬や爆発物。

 銃火器の交換部品に新しい装備品。

 それに加えて訓練で使う資材や基地内の消耗品がまとめて輸送されてくるのだ。今週の初めに姪乃浜が説明していたな。

 たしか到着時刻が夕方だったと思う。

「その輸送機なんだが、うちで物資を降ろした後に空荷で広島空港に向かって出発する。それに同乗させてもらうのはどうだ?」

「空挺降下か」

 姪乃浜が地図を縮小して西日本を表示する。

 宮崎空港と広島空港の直線上。ちょうど宮崎県と大分県の県境で飛び降りれば目的地までの距離が最短となる。この作戦を選ぶとなれば高高度からの降下となる。それならば降下した直後にパラシュートを解放する高高度降下高高度開傘HAHOを利用すればある程度の距離を稼ぐことができるだろう。輸送機の離陸時刻が早まらなければ太陽が沈んで空が暗くなっている頃だろう。それに加えて降下地点は山岳地帯だ。民家がポツポツと点在しているだけだから降下、滑空しているところを目撃される可能性も限りなく低くなるだろう。

 もっとも、気象状況に応じて降下方法は工夫しなければならないけどな。

 あと気になることといえば航空路の事だ。宮崎空港と広島空港が直線で結ばれているかは分からない。しかしそこを考えるのは輸送機パイロットの仕事だ。たしか飛行する空域や高度などについては国土交通大臣の認可による例外があったと思うからなんとかなるだろう。

「変に陸路で接近するよりはマシだな」

 自衛隊のイベントならともかく、まさか特殊部隊員がパラシュートで空から降ってくるなんて考えるやつはいないだろうしな。

「よし、俺から輸送部隊に話を通しておく」

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