第4想定 第7話
修学旅行初日の行程はすべて終わった。
学年の連中は観光バスに揺られて岐阜県内の旅館へやってきた。今日のこの旅館は全館貸し切りだ。
今頃、それぞれの宿泊室やロビーでは生徒たちが非日常を楽しんでいるころだろう。
そして俺はただ一人、割り振られた宿泊室でテレビを眺めていた。
同室の他の男子生徒たちはナンパをするとかでどこかに行ってしまった。
別に俺はクラスメイトにハブられているわけではない。
だって考えてみてくれ。
俺には舞香という彼女がいる。
もしも俺が他の女子をナンパしているところを見られようものならば、きっと舞香はヤンデレ化して俺を殺そうとするだろう。修学旅行という学校生活の一大イベントの最中にSST隊員としてヤンデレ鎮圧作戦に参加するなんてごめんだ。
そもそも今回の修学旅行期間中は任務に駆り出されることはないけどな。普段であれば休日だとしても近場でヤンデレ事件が発生すれば現場に送り込まれるが、今回は何があっても呼び出しには対応できないと書類を提出している。しかも日程どころか行程まで姪乃浜に口頭で説明している。愛情保安庁はブラック企業顔負けの組織だが、さすがの姪乃浜もその申請を却下することはなかった。
さて、今頃クラスの男どもは玉砕を繰り返しているところだろう。
しかも連中、夜中に教師たちの監視をかいくぐって女子部屋に潜入するとか言って作戦を練っていたな。閉所戦闘のプロから言わせれば欠陥だらけの作戦だったけどさ。
いくら廊下を慎重に確認してから移動するといっても、教師たちは当然それを想定して階段や廊下の要所を警戒しているだろう。見つかったら逃げるとも言っていたが教師たちはそれも想定いるに違いない。きっと連中を発見したら他の教師と連携して追い込んでくるだろう。状況が悪化したら撤退するというのも閉所戦闘における立派な戦術だが、あれだけの人数、ましてや訓練されていないやつらが迅速かつ適切に後退できるとは到底考えられない。
俺だったらどうするかって?
そうだな……。
細かいルートなどは置いておくとして、まずは他の男どもが発見されるのを待つだろう。あれだけの人数で女子部屋に潜り込もうとしていたのであればそれなりの人数の引率教師が説教や事情聴取に駆り出されることになるはずだ。今回の引率教師は10名。その半分が男どもの対処にあたると見積もると警戒要員は5人。職業病ということもあって事前に旅館内の構造や外観などを確認したが、この旅館をそれだけの人数で警戒するには無理がある。そしてその警戒網の穴から女子部屋に潜入するなんて造作もない。
つまり俺にとって他の男どもは陽動にすぎないわけだ。
そもそも俺は女子部屋に潜り込もうなんて考えていないし、その必要すらない。
だって考えてもみてくれ。
クラスの他の男どもが女子部屋に潜り込もうとして捕まる。
その中で俺だけはその作戦に参加しなかった。
そうなれば他のスケベな男どもと比較され、相対的に俺の人気は上がるというものだ。
だからぜひとも男どもは作戦に着手してほしい。
そして俺の評判向上のための捨て駒となってくれ。
作戦失敗は専門家である俺が保証するから。
「………………」
それにしても暇だな。
いつもならこの時間帯は基地のトレーニングルームで筋トレをしているはずだ。もしくは自宅で姉ちゃんとラブラブしているところだろう。
気だるげにリモコンを手にしてテレビを消した。
せっかく普通の高校生として学校行事を楽しめる機会だったが、どうしても非日常ということで落ち着かない。姉ちゃんの同行を申請したが、担任のやつが会議にかけるまでもなく却下しやがったからな。人形やぬいぐるみを連れてきている生徒がいるというのに、なぜ俺は姉ちゃんを連れてきてはいけないんだ。
……腕立て伏せでもしよう。
「軽めに300回か」
テーブルに手をついて立ち上がるとTシャツを脱ぎ捨てる。
外が暗くなった窓に俺の上半身が映る。入隊した頃に比べるとずいぶんと筋肉がついたものだ。他の男どもとは比べ物にすらならない。
「そうたろー!」
己の肉体に見とれていると扉が開いた。
その人物は俺を見るやいなや悲鳴をあげやがった。
「俺に会いに来て俺に驚くなんてあんまりじゃないか?」
「え、アンタなんで裸になってんの?」
「筋トレをしようとしていたんだよ」
「なんで筋トレで脱ぐの?」
「高田は脱がないのか?」
「脱がないし。あとそれセクハラだから」
高田は恥ずかしがるように自身の体を抱きしめた。
おぉ可愛らしいじゃないか。
どこかの顔面パンチ女とは大違いだ。
ふと周囲を見回すと高田はいつものように取り巻きを連れていた。
そしてその中にはそのメンバーには似合わない人物。
汚物でも見るような眼をした舞香が立っていた。
「なんか宗太郎の体って、ネイビーシールズの隊員みたい」
高田がそっと俺の大胸筋を触ってつぶやく。
その後ろでは舞香が殺意に満ちた表情で俺たちを見ている。
今すぐにでもヤンデレ化しそうな様子だ。
しかし高田はそれに気づかない。
「なんでこんなに鍛えているの?」
そりゃあアンタの後ろにいるような奴の相手をしないといけないからだよ。
それと舞香をヤンデレ化させるようなことを言うんじゃねぇよ。この状況下でヤンデレ鎮圧任務に就くのは仕方がない。
だけど俺はランボーじゃない。
上半身裸の状態で戦闘に入るなんて御免だ。
舞香はいつでも俺に襲い掛かれるように備えたのか、それとなく俺の隣に移動して手首をつかみやがった。
この状況はまずい。
早く高田をどうにかしなければ。
「そろそろ勘弁してくれ」
「え~、もうちょっと触らせてよ」
「それなら高田のも触らせてくれるか?」
「……サイッテー」
不公平じゃないか?
高田たちは我が物顔で男子部屋に居座っている。
運動する気分になっていた俺は彼女たちに断って軽めに腕立て伏せを300回。それを10分で片付けて来客の対応を始めた。
もちろん筋トレが終わったら服を着た。
「明日って自由行動の日じゃん」
「そうだな」
明日の朝には修学旅行生一行が観光バスに詰められて東京に出発。そして到着後には放流され、集合時間までに帰ってこられるエリアでの自由行動となっていた。
そして当然、俺は舞香と一日中デートする予定だ。ついでにお土産の調達もしておくつもりだった。
「せっかくの事だから舞香ちゃんも一緒にどうかなって話になったの」
「それは良かったじゃないか」
「………………」
舞香は俺と一緒じゃないときはいつも一人で過ごしている。たまに同じ吹奏楽部の部員と話しているときもあるが、それは業務連絡のついでに世間話をする程度だ。
友達ができて良かったじゃないか。
俺はそう語り掛けたが舞香は下を向いている。
しかし俺には分かる。
舞香は照れているのだ。
俺と2人きりで行動できなくなった事に怒っている様子は感じられなかった。
「宗太郎も一緒でいい?」
「もちろんだ」
彼女に新しい友達ができる。
それは俺としても嬉しいことだった。
「それでせっかくだから明日の予定を決めておこうと思うの」
「俺はどこでもいいぞ」
「私もどこでもいい」
「……そういうのが一番困るんだけど」
「困るもなにも元々俺たちはほぼノープランだったんだ」
舞香だって俺がいればどこでもいいって言うしさ。
そもそも東京って特に見るものなんてないじゃないか。
あるとしても防衛省ぐらいのものだ。計画といっても防衛省に行って正門前の看板で記念写真を撮るぐらいのものだった。それ以降は全くと言っていいほど考えていない。戦闘民族足立区民とやらを見てみたいとも思ったけども、舞香をそんな危険で世紀末でヒャッハーな地域に連れていくわけにはいかない。
「それじゃあ私からの提案なんだけどさ……」
高田がポケットから携帯を取り出した。
それは従来型の携帯電話ではない全面タッチパネル方式の新型携帯電話だった。
その端末で観光地を調べようとしていたのだろうが、俺としてはそれを見逃すわけにはいかなかった。
「機種変したのか?」
「宗太郎とお揃い~」
「自分で買ったのか?」
「ううん、お母さんにおねだりした」
いいなぁ。
俺なんて最初のを壊したあと、自腹で買い換えたんだぞ。
おかげで財布も貯金もすっからかんだ。
「このブランドを使っているのって、私と宗太郎だけだよね」
「冗談みたいに高いからな」
気のせいだろうか。
高田は自身の携帯のブランドが俺と一緒であることをやたらと強調している。
それに対抗するかのように舞香はポケットから取り出した音楽プレイヤーをテーブルに置いてみせた。そして汚れてすらいない背面のロゴをこれでもかと擦っている。
舞香の音楽プレイヤーは携帯電話じゃないけども俺の携帯と同じブランドだからな。
同じブランドのものを使っているという事は彼女としては譲れないポイントなのだろう。
後で軽くフォローしておくか。
「それで私からの提案なんだけど、ここに行ってみたいの」
高田は携帯の画面を見せてきた。
それは特徴的な雰囲気の漂う横須賀基地だった。
修学旅行の自由行動で横須賀基地に行きたいと言い出すなんて、高田はなかなかのオタクだな。取り巻きたちは興味なさげだけども、横須賀基地の観光が終わったら彼女たちの行きたいところに行けばいいだろう。
「横須賀基地を眺めたいのであれば横須賀駅近くのヴェルニー公園か高台。もしくは少し歩くけども安針台公園がセオリーだな」
「ワシントンってどこから見える?」
「それなら安針台公園がいい。全体は見えないだろうけども」
そもそも帰港しているか分からないけどな。
「ワシントンってアメリカの初代大統領のこと?」
取り巻きが頓珍漢な質問をしやがった。
おいおいおい。
アンタ高校生だろうが。
「ジョージ・ワシントンっていうアメリカ海軍の空母があるんだよ。ニミッツ級6番艦の。中学生のときに原子力空母が初めて日本に配備されるってニュースになっていただろ。高校受験の真っ最中だったのに社会情勢も把握していなかったのか?」
「……宗太郎に言われるとムカつくんだけど」
高校入試で面接試験があるというのに社会情勢のニュースを確認していないとは何を考えているんだ。
試験をそんなに適当に考えているとどこかで失敗するぞ。
「ところで宗太郎って鉄道にも詳しいの?」
「逆に聞くが鉄道のどこがおもしろいんだ?」
ただの金属の塊じゃないか。
「それって全国の鉄道ファンに怒られない?」
「あいにく俺の周りに鉄道ファンはいない」
鉄道ファンどころか、鉄道の知識を持っているやつすらいない。
そもそも宮崎県民は鉄道で移動するという概念がない。だから電車の乗り方が分からない大人だってザラにいるし、駅名を聞いてどのあたりか分からないやつもいる。
その証拠に宮崎県民でこの駅名を聞いてピンとくる奴はいるか?
日向市駅
日向新富駅
日向住吉駅
日向沓掛駅
日向長井駅
日向前田駅
日向北方駅
日向大束駅
言っておくがこれは全部別の市町村にあるからな。
ぶっちゃけると俺だってどこにあるか分からない。しかも利用客が1ケタの駅もあるし、まさに廃駅寸前なものばかりだ
だけど他の駅よりも日向新富駅は何としても廃駅は回避させなければならない。新田原基地の最寄り駅だから営内者の航空自衛官が困るし、それ以上に基地見学に行く俺が困る。
それに新田原基地に離着陸する航空機を至近距離で見ることができる絶景スポットだ。朝から晩までいても飽きることがない宮崎県最大級の観光地でもある。ただし欠点があるとすれば電車が来ることだ。飛行機が飛んできてエンジン音が聞けると思ったときに限って電車が轟音を立てて入線しやがる。電車が来ない駅になればきっと観光地として猛プッシュできると思うんだけどな。
「でも鉄道で戦車を運んだりするんでしょ?」
「確かに以前は戦車を鉄道で輸送することを想定して訓練していたようだが、現在ではあまり想定されていない。JRの線路幅は1,067ミリ。これでは世界水準の戦車を積載することは難しい。仮に積載したとしても貨車がトップヘビー状態になるどころか、日本の鉄道網はカーブが多いから輸送には向いていない。だから
「分かった、宗太郎、ストップ」
まだ語り足りないんだけどなぁ。
ともかく俺が統合幕僚長の立場なら有事に部隊を鉄道で移動させることはあまり考えないだろう。なぜなら俺が攻める立場なら真っ先に鉄道網を爆破するから。
日本の鉄道網のことはあまり詳しくないから宮崎県で例えるが、太平洋戦争中にオリンピック作戦というものが計画されていた。終戦によって中止となったが、地上戦力を九州南部に上陸させるという作戦だった。
歴史は繰り返すと言われている。もしもあの時と同じ状況で揚陸支援のために工作活動を実施するとすれば、まず県北ギリギリで日豊本線を爆破する。これで大分からの鉄道網は遮断できる。そしてそうだな……青井岳駅付近も切断するとしよう。これで熊本、鹿児島ルートの鉄道網も遮断できた。どちらも山の中だから潜伏場所には困らないし、捜索部隊による追跡も困難だろう。
当然、潜入方法は検討する必要がある。潜水艦でギリギリまで接近してあとは工作員に泳がせるか、迎撃されるギリギリまで輸送機を突入させて
もちろんこれはぱっと考えただけだから作戦上の欠陥があるだろう。専門の教育訓練を受けた人から見たらボロボロの作戦案かもしれない。だけど素人が軽く考えただけで上陸地点の宮崎県から鹿児島県までの海岸線の鉄道網が孤立したのだから、専門家はなおさら鉄道網の利用は慎重になるだろう。
「そうそう、さっき検索したときに見つけたんだけどさ」
高田は携帯をいじって画面を表示させると再び俺に見せてきた。
そこに映っていたのは護衛艦だ。
艦番号は107。
「『いかづち』だろ。むらさめ型7番艦の」
「そうそう。それでさぁ~」
高田は画面をスクロール。
目当ての記事が見つかったのだろう。
彼女が指さして見せてきたのは第9代艦長の名前だった。
「同じ苗字だったからもしかして親戚かな~って」
「親戚どころか俺の母ちゃんだ」
「え~、嘘だぁ~」
「本当だぞ。舞香に聞いてみろよ」
「舞香ちゃん、宗太郎が言っていることって本当?」
「そうだよ。この前名刺も貰ったし」
舞香は手にしていた財布から小さい紙切れを取り出してテーブルに置いた。
そこには所属と役職。
そして高田の携帯に表示されているものと同じ名前が印字されていた。
舞香のやつ、財布に入れて持ち歩いているのかよ。
「うわっ! 本物じゃん!」
「だから言っただろ」
どうして俺が言った事は信じなくて舞香が言ったことは信じるんだ。
「『いかづち』っていま横須賀に停泊しているかな?」
「なんでピンポイントに『いかづち』なんだよ」
同じ護衛隊であれば同型艦でネームシップの『むらさめ』もいるし、2年前に就役と同時に編入された『ひゅうが』もいるだろ。護衛艦『ひゅうが』ははるな型護衛艦の後継艦として建造された
そして歴史に詳しい人なら気付くと思うが、この護衛艦『ひゅうが』は令制国の日向国から艦名を取っている。そして日向国とは今でいう宮崎県のことだ。
地元の旧称を艦名に取り、偶然のことに地元の日向市と名前が同じだ。地元の人間なら見逃すわけにはいかないだろう。
さらにこの艦は全通飛行甲板だけでなく
「もしかしたら艦長と会えるかなぁ~って」
「俺はあまり会わせたくないんだけど」
艦長という肩書があっても不本意ながら俺の母親なんだぞ。
同級生の母親に会いたいというやつなんて滅多にいない。
それに母ちゃんと舞香が会ったのも俺にとっては事故みたいなものだった。
なんとしてでもその状況を回避しようとしていた俺だったが、高田がとんでもない爆弾を放り込んできた。
それはこの状況においては最悪以外の何物でもない。
「宗太郎、私にあんな事をしたのに」
「あれは事故だった」
「私になにか言う事は?」
「いいサイズだ」
「………………」
「……分かったよ」
母ちゃんに聞いておくからその話をぶり返すんじゃない。
あとその平べったい胸を抱え込むんじゃない。
興奮するじゃないか。
そして舞香は俺の腕に爪を立てるんじゃねぇ。
あれはただの事故だったんだ。
たしかに高田の平坦な胸を鷲掴みにしたのは事実だ。
その感触に興奮したのも事実だ。
しかしそれがきっかけでヤンデレ化した高田を鎮圧することができた。結果論に過ぎないがあの鷲掴みは任務達成に必要なものだったんだ。
経緯がどうであれ任務成功には違いない。
任務達成のためならば俺は手段を選ばない。
そして今のこの状況であれば母ちゃんを紹介する方向で話をしたほうがいいだろう。その方向で話が進めば高田は納得するだろうし、話をぶり返されることもないから舞香の嫉妬も片付けることができる。最終的には母ちゃんが忙しいということにして話を終わらせれば問題ない。
よしそれがいい。
聞いてみたけども忙しくて時間が取れないと返信があったと言えば片付くだろう。
「それとみんなはどこに行きたい?」
高田は取り巻きたちに質問する。
彼女はクラスのリーダー格でありながら周囲への気遣いを欠かさない。クラスの誰もが彼女に親しみを持つのは彼女のその資質のおかげなのかもしれない。
そして取り巻き立ちは事前に話し合っていたようだ。
「私は西国分寺に行ってみたいなぁ」
「それとできたら北府中駅」
ん?
西国分寺駅に北府中駅だと?
どこかで聞き覚えがあるぞ。
「なんでそんなところに行きたいんだ?」
「そこってアニメの舞台になったところなの」
いわゆる聖地巡礼がしたいということか。
たしかに東京ならばアニメやドラマの舞台になっていることも多い。
「もしかしてその駅は世田谷区の下北沢か?」
「それって『君の子。』の聖地でしょ? それとは違うよ」
そのタイトルは舞香との映画デートで鑑賞した映画だ。
そして理不尽なことに顔面パンチ女が俺をフルボッコにした映画でもある。
「そのアニメ映画以外に舞台となったものってあったか?」
「ちょっと古いんだけど『スク●●●イズ』ってアニメを知ってる?」
「……知ってるよ」
知っているも何も、よく姉ちゃんが原作のエロゲで遊んでいる。そしてヤンデレエンドが見たいがために主人公の●●●を何度も殺している。ヤンデレ好きの必修科目とも呼ばれる伝説的な名作だ。
確かにあのアニメの舞台は東京あたりだったな。
それにしても横須賀で護衛艦や空母を見たあとにそのアニメの聖地巡礼をするだなんて。
何かの皮肉だろうか。
それともパロディだろうか。
「舞香ちゃんは?」
「私も知ってる」
「本当!?」
「うん。ネット放送だけどリアタイしていたよ」
「うわっ、ガチ勢じゃん!」
「え、じゃああのフェリーの映像も見たの?」
「ううん。1週間遅れの放送だったから差し替えはなかったよ」
この取り巻き共がアニメ好きだということは知らなかった。
そして舞香もアニメ好きなんて聞いたことがなかった。しかもリアタイ視聴するほどのガチ勢だなんて。
あの手のアニメは深夜帯。モノによっては日付が変わったころに放送される。リアタイしていたということは中学1年生の頃か。成長期の夜更かしはあまり褒められたものではない。しかしネット放送ということはもっと早い時間帯に放送されていたのだろう。
俺はネット放送を見ていないから分からないが、優等生の舞香がリアタイ視聴できていたということはそういうことなのだろう。
昔懐かしいアニメの話題で盛り上がるなか、置き去りにされた高田が無理やり話題についていこうと努力する。
「それって直訳すると『学校の日々』ってことでしょ。なんかほのぼのした日常系っぽいし、私もそんな学校生活を送りたいなぁ」
「あんな日常があってたまるか!」
俺の仕事が増えるじゃねぇか。
現場への出動に報告書の作成。
それに加えて事件防止のための工作活動とその作戦立案。
あんな学校生活が現実世界であったらたまったものではない。
呆れているのは俺だけではなかった。
あまりにも頓珍漢な発言に取り巻きたちが説明する。
「高田ちゃん、アレって主人公が最後に殺されるアニメだよ」
「え、マジ……?」
「しかも殺された理由が主人公の浮気っていう」
「それって宗太郎みたいじゃん」
なんでだよ。
俺は殺されたことはあっても浮気したことなんてないぞ。
「でも、宗太郎ヤバイじゃん。舞香ちゃんに刺されるよ」
心配には及ばない。
俺はヤンデレと戦うための訓練を受けている。
SSTに入隊する前はあっさりと舞香に刺されてしまったが、今の俺ならば攻撃をかわすどころか余裕で凶器を奪い取ることができる。
「そもそも俺は浮気なんてしたことねぇよ」
「なんか3年生の女子と図書室で逢引きしていたって聞いたけど」
「私は1年生の子と付き合っているって部活の後輩から聞いたよ」
「後輩に無理やりキスしようとしたって噂なら聞いたことがあるけど」
「………………」
「……あの……舞香さん……これは違うんすよ」
俺の記憶が間違っていなければ俺たちはアニメの話をしていたはずだ。
しかしいつの間にか俺の裁判に発展していた。
検事は高田とその取り巻きたち。
もちろん裁判長は舞香。
俺の弁護人はいない。
この裁判、いや尋問はそれぞれの部屋に帰る時間まで続いた。
就寝準備を告げに来た憎ったらしい教師が今日だけは神様に見えた。
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