第3想定 第8話

「なにかアイディアない?」

 最近頻繁に実施されるようになったホームルーム活動の時間。

 いつものクラスには自由な座席に座ったクラスメイトが20名。

「ねぇだれか~」

 教壇に立って司会を務めるのは展示物作成班のリーダーとなったクラスメイトの高田。

 うちの学級には声が大きい女子グループが2つあるが、彼女はそのうち片方の女子グループのボスでもある。普段の主張の強さで当然のように今回も班のリーダーを務めることになったのだ。

 そして隣で書記をしているのがその高田の取り巻き。その他の取り巻きは班員に徹しているがそれでも教室の最前列に陣取っておしゃべりしている。

 この会議の時間にグループで集まって談笑しているのはそのグループだけではない。

 教室を見回すと座席が自由であることをいいことにすべての女子たちはいつものグループで集まって談笑している。だれもこの会議に参加しようとはしていない。

 ちなみにクラスの男共は俺以外の全員が模擬店のほうに参加することになった。まぁ俺だけは結局両方の班で活動することになったけどな。

 学級の後ろの入口付近の座席に陣取った俺はあたりを見回す。

 ちなみに今の俺は独りぼっちだ。

 この前のクラス会議の最中に俺がAVを視聴しているだなんて舞香が言い出したせいで女子たちが口を聞いてくれないのだ。

 まったく彼氏の社会的な評判を落とすなんて舞香は何を考えているのだろう。

 むしろ学級から孤立させることで俺を独り占めにするという作戦なのかもしれない。

 舞香ってヤンデレ化した前歴があるからな。

 包丁で刺し殺すだけがヤンデレではない。

 こうやって対象を孤立させることで自身に依存させるいというのも立派なヤンデレだ。

「ねぇなんでもいいから~」

 進まない会議に疲れたように高田は教卓に突っ伏しながらそう催促する。

 すでに作品作りの方針は決まっている。

 ほかのクラスの作品と似たようなものにならないことは当然として、これまでの文化祭で作られたことがないもので、さらにこれからの文化祭でも同じものが出てこない作品。というのがテーマだ。

 それに加えて学校から予算は3万円までと通達が出ている。

 さらになるべく廃棄物がでないもの、という条件付き。

 その限られた予算内で前例がなく、そして後にも出てこないような作品を作ろうとしているのだ。

 話し合いが始まったころにはちらほらと意見が出ていた。

 しかしそのどれもが予算的に厳しいもの。もしくは前にも後にもない作品とは言えないものばかりで保留となっていた。

 決定的な意見が出ないままただ時間だけが過ぎていく。

 しばらくは進展しそうにないな。

 俺は鞄の中からスマホを取り出した。

 今の学級には舞香はいない。彼女は模擬店の担当となったため別の教室で何を出品するかの話し合いに参加している。うちの高校の模擬店は食品を販売するということになっている。形に残るものであれば在庫が残るかもしれないが、食品ならば食べてしまえば廃棄する必要はないからな。

 最初は食品を扱う模擬店に舞香が参加するということに心配していた。舞香が料理を作ると衛生的にヤバいものばかりが量産されるからな。その犠牲になっているのは俺だけだから問題にはなっていないけども舞香に食品を触らせるのだけは何としても避けなければならない。

 だけど舞香は販売係をしてみたいと言っていた。

 話を聞く限りだと、注文や売上管理、調理、販売で別々の係が担当するらしい。舞香が販売係をするのであれば調理担当を兼任することはなくなる。

 食中毒事件を心配する必要はなくなった。

 そして今の教室には舞香はいない。

 前回のように俺がAVを見ていると吹聴される心配はないということだ。そもそも俺はホームルーム中にそんなものを堂々と見るような変態じゃないけどな。

 さて、みんな会議を放棄して別々のことをしているから俺もそれに倣うとしよう。

 スマホのブラウザを起動して検索欄に単語を入力する。「貧乳 二次元 画像」っと。

 一瞬の検索時間をおいてヒットしたサイトのリストが表示される。

 お、このサイトが更新されているな。

 今のクラスには舞香はいない。

 そして俺の座席は最後列だから誰かに覗き込まれる心配もない。

 進まない会議に付き合っている場合ではない。時間は少しでも有意義に使わないとな。

「ねぇ男たち知らない?」

「!」

 完全に不意を突かれた。

 スマホに熱中していたことで近づくその気配に気づかなかった。

 突然背後から声をかけられた俺は手にしていたスマホを放り投げてしまった。その精密機器は宙を舞い、重力に引かれて落下し、遠くの机に直撃した。

 その机に座る女子は突然の飛来物に驚いて悲鳴をあげた。

「……悪い、俺のだ」

 俺は席を立ってスマホの回収に行く。

 直撃しかけた近くの女子が床に落ちたスマホを拾ってくれるが、その画面を覗き込んで先ほどとは比べ物にならない悲鳴をあげた。

 彼女がスマホを投げて寄越した。

 おいおい、人の物だからってそんな風に扱うなよ。

 俺はキャッチしたそれを確認する。

 あ~あ。

 画面がバキバキに割れている。

 一応さっき見ていた画像は映っているがスクロールができなくなっている。

 これは修理工場行き確定だな。

 とりあえず画面を消そうとするがスイッチが動作しない。

 ……これは買い換えたほうが安いんじゃないか?

 SSTの初任給で購入した機種だったけどもゴミになってしまった。うちは安月給だから新しい機種を買う余裕はない。せっかくスマホにしたというのにこれではガラケーに後戻りだ。

「……もうゴミを集めて作品作ったらいいんじゃないか?」

「そう! それ!」

「うおっ!?」

 教卓に突っ伏していた高田が突然叫んだ。

 まったく俺を驚かすんじゃねぇよ。

 これ以上スマホを壊させるんじゃねぇよ。オーバーキルも甚だしい。

 俺の背後から声をかけたのは模擬店の店長を務めることになった女子生徒だった。男子たちが会議に参加していなかったようで彼女は彼らの捜索に来たようだ。

 まったくうちのクラスの男共はまじめなやつがいないな。

 クラス会議にぐらい参加しろよな。

 脱走した男子たちがいないことを確認し、目撃情報が取得できないと諦めた模擬店の店長は学級を去っていった。

 教室の後方でその聞き取りが行われている最中も教室の前方では展示物に関する白熱した提案が交わされていた。

「ゴミで作品を作るってこれまで前例がないでしょう!?」

 椅子を飛ばして教卓から立ち上がった高田が周囲の取り巻きにそう同意を求める。

「ゴミを使って作るんだから実質ゴミは出ないもんね」

「じゃあ学校中からゴミを集めてこようよ。ほらパソコン室に壊れたキーボードとかマウスとかあるじゃん」

「いろんなゴミの真ん中にハイテクなものを置いてさ。ほらなんか芸術的じゃない?」

 停滞していた議論は何かがきっかけで爆発的に進歩することがある。

 今回の議論の起爆剤となったのは俺のスマホ。

 俺のスマホの犠牲と引き換えに議論が進行するようになったのだ。

 だけどこの機種は6万もした。

 しかもSSTの初任給で買ったものだ。

 命を削って買った携帯をたかだか文化祭の準備の犠牲にするだなんて全然釣り合っていないけども。

「そういうわけだから宗太郎、その携帯をちょうだい」

「なんでだよ」

「宗太郎の携帯ってなんか変わってるじゃん。折り畳みじゃないし」

「折り畳みじゃない携帯なんて普通だろ」

「でも宗太郎のってボタンがついてないじゃん」

「これから先はこれが普通になる」

「それに後ろに貼ってあるシールもおしゃれじゃん。宗太郎の癖に」

「シールじゃねぇよ」

 こいつはそういうブランドなんだよ。

 そこら辺の携帯電話やパソコンみたいにシールをペタペタ貼った商品を売り出そうものならば開発会社から解雇スティーブされてしまう。

「だからその携帯、ちょうだい」

「なんで?」

「だってそんな珍しいものを飾ってたら目立つでしょ?」

「やだよ」

「それに壊れたんでしょ?」

「修理できるかもしれないだろ」

「じゃあ借りるだけ。終わったら返すから」

「絶対盗まれるじゃねぇか!」

 物を盗むやつなんて意味が分からない物まで盗むんだからな。

 ましてやこのスマホは壊れているとはいえ新型機種だ。

 しかも熱狂的な信者がいるブランド。

 いくら文化祭の間だけゴミにまぎれて飾っていたとしても確実に盗まれるだろう。

「ほら、隣にハンマーを置いてさ? 新技術もいつかは壊れていくっていうか、創造は破壊の元に成り立っているっていうかさ?」

「……本当はこいつに興味があるだけだろ」

 ここで『ハンマー』という単語を出すあたり、アンタ本当は信者だろ。試しに『1984』の数字を聞かせてニヤリとしたら確実だ。

 だけどこの意味を理解できるのはごく一部のやつだろう。

 どうせ高田は最近になって新型携帯から入ってきたクチだろ?

 信者歴ならば俺のほうが遥かに長い。

 なんなら俺はロゴが虹色だった時代からこのメーカーを知っているし、物心ついたころにはこのメーカーのパソコンを使っていた。黄ばみやすいアイボリー色の箱型筐体がパソコンの主流のなか、俺の家にあるのは独特な形状をした水色のパソコンだった。

 お前らパソコンが悲しんでいる画面を見たことがないだろう?

 俺は何度も見ているんだからな。

 父親が使っても姉ちゃんが使ってもパソコンが悲しんでいる画面にはならなかった。

 それに対して俺は何度も表示させている。つまり俺の家の中でも俺が一番パソコンの操作に精通していたのだ。

「なんなら観客にハンマーで叩いてもらうっていうのはどうよ?」

「それいいじゃん!」

「良くねぇよ!」

 取り巻きがとんでもない提案をしてそれに高田が賛同するが全然良くない。

 確実に粉々になるじゃねぇか。

 文化祭が終わったら返却すると提案された直後にそんなことを言われたら全然安心できない。そもそも貸す気はさらさらないけどさ。

 そんな展示をしていたらどこかのバカが勘違いしてハンマーを振り下ろすじゃねぇかよ。

 バカは何をするか分からないんだからな。

「でもそれくらいインパクトがあるものを飾らないとただゴミを集めただけになるじゃん」

 なんだかんだと高田は諦めてくれたがそれでも不満な様子だ。

 学校からゴミを集めてくるとしてもそのバリエーションは貧相なものになるだろう。集めることができてもせいぜい空き缶やペットボトルぐらいのものだ。それはただゴミを集めただけに過ぎない。会議を取り仕切っている女子グループの中ではパソコン室から廃棄予定の周辺機器を借りてくるという案が持ち上がっていたがそれでも展示物を見に来た観客に強烈なインパクトを与えるほどにはならないはずだ。

「なぁ高田」

「え~、なに?」

 壊れたスマホの貸出を断られたことで彼女は不機嫌な様子だ。

「この前地域のリサイクルセンターから社長が講演に来ていただろ? あの会社に事情を話してゴミを貸してもらえないか交渉するのはどうだ?」

 俺は先日の講演会のことを思い出してそう提案した。

 講師として学校に招いているし、数年に一度あの会社から学校に求人票が来ていることからきっと学校側はその会社とのコネクションを持っているはずだ。

 あとはその会社が俺たちの依頼に答えてくれるかどうか。

 だけどゴミで展示物を作るというのはリサイクルに関心を持つ啓発的な効果も期待できるだろう。これは先方にもメリットがある提案に思える。

「え~、でもどうやって運ぶのよ。自転車で運ぶにしても何往復もしないといけないしそもそも遠いじゃん」

「担任に車を出してもらったらいいだろ」

「でもあの人、車好きだからゴミなんて乗せたくないと思うよ。しかも高かったって言ってたし」

「高かったって言っても中古の国産セダンじゃねぇか」

 もしも担任がベ●ツとかロールス●イスとかに乗っているようであればさすがにそんな提案はしない。

 そもそも公務員の給料ではそんな高級車は買えないだろうけどな。非常勤とはいえ一応俺も公務員だから給料事情は分かっているつもりだ。命がけで働いても手取りは10万にもならないからな。

「だから宗太郎、ケータイ貸してよ~」

 高田は教卓に突っ伏しながら駄々をこねる。

 こいつまだ諦めてないのかよ。

「スマホは貸せないけど姉ちゃんに車を出してもらえないか聞いてみるよ」

 姉ちゃんは箱バンに乗っている。

 そこらへんの乗用車よりも輸送能力は高いしそもそも荷物を運ぶために開発された軽自動車だから内装といえるような物はほとんどない。車内の壁はプラスチックか金属。後部座席は申し訳程度の簡易的なビニール製の折り畳み座席。荷台の床にはゴムのようなシートが敷かれているだけだから汚れたとしてもすぐに掃除ができる。

 さすがにゴミを乗せるわけだから姉ちゃんに相談する。

 だけど姉ちゃんはサバイバルゲームで汚れたバッグや装備品を普通に放り込んでいるから抵抗はあまりないだろう。

 きっと運んでくれるはずだ。

「……分かった。とりあえず私は担任に相談しておくから宗太郎はお姉さんに相談しておいて」

 高田がそう指示を出した直後にチャイムがなって今回のホームルームは終了となった。

 なんとかスマホは死守することができたぜ。

 ただ修理工場行き、もしくは買い換えは確実だけどな。


「ただいま~」

 部活を終えて学校から帰ってきた俺は家の奥にそう声をかける。

 キッチンでは姉ちゃんが夕飯を作っていた。

 今日も煮込み料理だ。

 うちの家の煮込み料理は手抜き料理であり、そして家庭料理でもある。

 俺が料理当番のときもよく作るしな。

 食材を洗って切って火にかけるだけ。

 そしてどんぶりの白米の上に盛り付けて汁をかければ完成。

 少ない手間で作れて栄養満点。そして洗い物も最低限。

 これほど効率的な家庭料理は他にはないだろう。

「あ~そうだ、姉ちゃん」

「なに?」

「文化祭の準備で今度荷物を運びたいんだけど車を出してもらえない?」

「もうそんな季節なんだね」

 危ない危ない。

 今回のクラス会議の宿題を忘れるところだった。

 もしも聞き忘れたら高田たちのグループから突き上げを食らっていただろう。

「何をどこに運べばいいの?」

「まだ打ち合せ段階なんだけど、リサイクルセンターからゴミを運んでほしい」

「リサイクルセンターって細島の高城工業のこと?」

「そうそう。そこからゴミを貰ってきて作品を作ろうってことになったんだよ」

「高城工業ってことはゴミというよりもガラクタだね」

 日向市内の可燃ゴミは山の方に設置されている清掃センターに運ばれる。そして焼却されて残った灰は森に囲まれた近くの埋立地に埋められる。

 それに対して不燃ゴミや資源ゴミは海沿いのリサイクルセンターに運ばれるのだ。そこでまとめられて必要なものは加工され、別の製品にリサイクルする工場に向けて貨物船で出荷される。

「空いている日だったら大丈夫だよ」

「ありがとう。ちゃんとブルーシートとか敷くからさ」

「いいよいいよ。別に汚れた荷物は積まないでしょ?」

 そうだった。

 姉ちゃんってガラクタとか好きだってこと忘れてた。

 たまにどこかから貰ってきた機械を分解して遊んでいることもあるし、なんならジャンク品の機械を買ってきて修理して売却していることもあるしな。

 むしろ嬉々としてガラクタを運んでくれることだろう。運んだ荷物の一部をかっぱらうかもしれないな。

 その後俺と姉ちゃんは相談して運搬する日の候補を複数決める。

 あとは高田たちが学校を経由してリサイクルセンターに依頼して、OKを貰えばその候補日から予定を擦り合わせてガラクタの引き取りに行く手筈だ。

 よし、これで俺がやるべきことは終わった。

 さてと、高田に報告を入れておくか。

 俺はポケットからスマホを取り出してスイッチを入れる。

「あ……」

 そういえば今日のホームルーム中に壊れたことを忘れていた。

 そしてその壊れたスマホは姉ちゃんに捕捉された。

 文化祭の展示物としてハンマーで粉砕されることを逃れたスマホだったが、これは姉ちゃんに分解されるかもな。


 クラスの展示物の内容が決まってから1週間後。

 今日はリサイクルセンターに行ってガラクタを借りてくる日だった。

 あの会議の後は早かった。

 その日の放課後にリーダーを務める高田は担任に内容を説明した。その次の日には学校から日向市のリサイクルセンターである高城工業に連絡が行った。処分するガラクタを文化祭の期間だけ貸してくれないかという依頼を高城工業は快諾してくれてすぐに受け取りに行くことになったのだ。

 ただし条件が2つだけ与えられた。

 1つはゴミの削減やリサイクルを啓発するチラシを観客に配ること。

 それが高城工業から言い渡された条件だったがそれはクラスとしても大歓迎だった。そもそもそういう意味を込めてガラクタで作品を作るわけだからな。

 そしてもう1つの条件は17時以降に受け取りに来ること。

 高城工業は16時半までは廃棄物の受付が行われている。その受付時間は廃棄物を運んできた自家用車やトラックが構内を走り回っている。その時間帯を避けてくれればどの日でも大丈夫ということだった。まぁ搬入時間中だったらのんびりと物色はできないからな。構内が暇になったときに来てゆっくりと欲しいものを選んでくれという高城工業の社長による思いやりだった。

 俺は姉ちゃんが迎えに来るのを待っていた。

 今回の展示物の作成を取り仕切る高田たちの女子グループは部活を休むことができずに一緒に行くことができなかった。そして姉ちゃんが車を出してくれるということで自動的に俺が受け取りに行くことになったのだ。どのガラクタを借りてくるかは全部俺に一任されている。どんなガラクタを借りてくるか分からない状態でそれらを使って作品を作るという、ある種の縛りプレイで創作をすることになったのだ。

 姉ちゃんまだ来ないかなぁ~。

 ただのんびりと空を眺めていると後ろから声を掛けられた。

「先輩、何してるんすか?」

「なんだ隼人か」

「もしかして先輩、サボりっすか?」

「そんなわけねぇだろ。文化祭の準備だ」

「空を見ておくのが?」

 こいつ次の部活でシバいてやる。

「迎えの車を待っているんだよ。文化祭で使う素材を借りに行くためにな」

「へぇ~」

 こいつ、自分から聞いておきながら俺の話を聞いていない。

 そう思っていたが隼人は何かを思いついたようだ。

「その車で迎えに来てくれる人って女の人っすか?」

「そうだよ」

「何歳?」

「21歳」

 なぜか隼人が興奮している。

 まさかこいつ、人の姉に手を出そうとしているのか?

 それは絶対に許せない。

 姉を誰かに譲ろうとする弟なんて世界のどこにもいない。

「隼人、やめておけ」

「なんで!?」

「そもそもお前、彼女いるだろ」

「二股なんてバレなきゃ大丈夫なんっすよ。俺がバレると思ってるんっすか?」

「このまえバレて大変なことになっていたじゃねぇか」

 別のクラスの奈多とかいうヤンデレ化した生徒と戦っていた最中にこいつを保護しないといけなくなった。結局はヤンデレ化していた鍵は隼人だったからこいつのおかげで解決したわけだけど。

 しかし隼人のせいで俺が二股をかけていたというガセ情報が学校中に出回ることになってしまった。クラスの女子からは軽蔑されるし、舞香には疑われて散々だったんだからな。

 思い出すだけで腹が立ってきた。

 次の部活でいつもより多めにシバいてやろう。

「悪いことは言わないから」

「別にいいじゃないっすか!? 彼氏でもいるんっすか!?」

「彼氏だと!?」

 姉ちゃんは俺さえいれば幸せなんだよ。

 彼氏なんてものは必要ない。

 そんなものは認めない。

 もしも連れて来ようものならば俺がこの手でそいつを血祭りに上げてやる。

 いや、待てよ?

 姉ちゃんには俺がいるよな。

 そして姉ちゃんは俺が好きだよな。

 というと姉ちゃんは俺がいるだけで幸せって事になるよな。

 つまり俺は姉ちゃんにとって彼氏同然ということになるわけか。

「確かに彼氏みたいな人はいるな」

「そうっすか……」

「だから諦めろ」

「いや、でも俺なら落とせます。彼氏がいるんだったら奪うだけっすよ」

「止めておけ。血を流すことになるぞ」

「その彼氏って人、そんなにヤバい人なんすか……?」

「そうだな」

 普段の俺はマトモだ。

 だけど姉ちゃんのためならばいくらでもヤバくなれる。

「というか先輩、そんな彼氏を持っている人と2人きりでどこかに行くなんて大丈夫なんすか?」

「いいんだよ。俺たちは特別な関係なんだから」

「特別な関係って……先輩、彼女がいましたよね?」

「それがどうした」

「それって二股じゃないっすか?」

「舞香は舞香だろ。それはそれ、これはこれ。何か問題あるか?」

「問題って……二股じゃないっすか!」

「二股? ……まぁ捉え方によっては二股だな」

 俺にとって舞香は彼女だ。

 そして姉ちゃんにとって俺は彼氏のような存在。裏を返せば姉ちゃんは俺の彼女ということになる。

 二人の彼女がいるという意味で言えば確かに二股だ。

 しかし姉がいるから血の繋がりがない彼女を作ってはいけないという社会的ルールなんて聞いたことがない。

 つまり俺に姉ちゃんと舞香という二人の彼女がいたとしても何も問題はないのだ。

「俺の二股は問題ないんだよ」

「二股するって先輩、最低っすね!」

 お前にだけは言われたくねぇよ。

 俺の二股は良い二股だ。

 そして隼人がやっていた二股は悪い二股だ。

「もういいよ。お前にいくら話したって話が通じない」

「それはこっちもっすよ!」

 それっきり隼人は何も言ってこなくなった。

 それは好都合だった。

 俺と姉ちゃんの関係は誰かにとやかく言われたくない。

 きっとこの気持ちは姉を持つ同志には分かるだろう。

「というか隼人、今日の部活はどうしたんだ?」

「俺も文化祭の準備っすよ」

「へぇ~なにすんの?」

「女装メイドと男装執事カフェです」

「何だそりゃ」

「先輩も来てくださいよ~」

 そう言いながら、そしてニヤニヤしながら隼人はまたどこかに行ってしまった。

 ガラクタで展示物を作るとか言い出したり、女装や男装した喫茶店をしようとしたり。いったいこの高校でマトモな出し物をしようとしている学級はあるのだろうか。

 ちなみに今は部活動が行われている時間だ。

 本当ならばグラウンドでキャッチボールをしていなければならないが俺にしかできない文化祭の準備がある。それを顧問に話したら「学業を優先しなさい」ということで文化祭の準備を優先させてくれたのだ。そもそもうちの野球部は他の学校に比べたら活動が緩いからな。他の高校であればバカみたいに『甲子園出場』を目標に掲げているけどもここの高校はそんな実力は持っていない。

 ある意味、自分たちの実力を把握しているのだ。

 しばらくしたら隼人と入れ違いになるように学級担任がやってきた。

 別にこの担任は一緒に行くわけではない。顧問を務めている部活があり、副顧問もいないため学校から離れることができないのだ。せめて文化祭の準備を手伝ってくれる姉ちゃんに挨拶だけしておきたいということで部活を抜けてきたらしい。

 特に担任と会話をすることなく数分後。

 ようやく校門から1台の箱バンが入ってきた。

 それは姉ちゃんの車だった。姉ちゃんはするりと俺の前に停車するとギギッとサイドブレーキをかけてシフトノブを左右にガタガタと振った。

 俺はドアを開けて助手席に乗り込んだ。

 その間に担任は運転席側に回り込んで「わざわざお休みの時にすみません」と姉ちゃんにペコペコしている。

 別にいいんだよ。

 姉ちゃんはブラコンだからな。

 俺さえいればいつだって幸せなんだよ。

 その間にも俺はシートベルトを装着して準備する。

 会話が終わったのだろう。姉ちゃんは俺がシートベルトを締めたことを確認すると担任に「行ってきます」と伝えるとギアを入れてサイドブレーキを解除した。

 荷室後方でエンジンが軽快に唸り車体が発進した。

 教職員や来客用の駐車場の中を小回りが効いた動作で旋回して校門に向かう。ウインカーを左に出しながら校門で一時停止。歩道に進んで再び停止すると自動車が走ってこないことを確認して車道に進出した。

 シフトノブがガコンと動かされ、車はさらに加速する。

 しばらくはこのまま街中を直進だ。


「宗太郎~、高田ちゃんが呼んでた~」

 リサイクルセンターからガラクタを借りてくるという重大な任務を完遂した次の日。

 俺は登校して教室に向かって階段を登っていると、隣の棟と接続されている渡り廊下からやってきたクラスメイトに呼び出された。

「なんの用だ?」

「いいから来てって」

 先日、リサイクルセンターから学校に戻ってきたころには下校時刻を過ぎていた。そろそろ帰ってくると思って待ち構えていた担任に「家庭科室の前に車を付けるように」と指示を受けて移動。そして手が空いていた教師たちとともに借りてきたガラクタを搬入。今回の文化祭で展示する作品は家庭科室の上にある空き教室に保管することになっている。俺も姉ちゃんも教師たちもひたすらガラクタを抱えて自動車と2階を往復した。

 そんな重労働をしたのだからきっと褒められるのだろう。

 いや、あれだけ貢献したのだからリーダーである高田は俺に惚れたのかもしれない。

 普通に感謝するだけであれば教室で十分だろう。しかし高田は俺を別室に呼び出した。

 理由は簡単に想像できる。

 きっと俺に愛の告白をするのだろう。人の目が多い教室でそんなことをするのはクラスの上位カーストに所属する高田でも恥ずかしかったのだろう。

 まったく仕方ないな。

「荷物を置いたらすぐに行くって伝えてくれ」

 俺はそう伝えると再び階段を登りだし、教室に入るとそのままロッカーにカバンをぶち込んだ。教科書はすべて机の中に置いて帰っているからわざわざカバンの荷物を取り出す必要はない。

「宗太郎、おはよう」

「おう」

 自分の座席に座っていた舞香が駆け寄ってきた。

 彼女は2つ隣の延岡市からわざわざ日向市に電車通学している。海岸線に沿って走る宮崎県の鉄道は1時間に1本しか電車が来ない。俺の登校時刻はそんなに遅いほうではない。俺よりも早く登校してきている舞香はいったい何時に起床しているのだろうか。

「宗太郎、また教科書置いて帰ったでしょ」

「俺は無駄なことはしない主義なんだ」

 毎日そんなものを持って帰って何をするというのだ。

 せっかく自分専用の机とロッカーが準備されている。どうせまた次の日に持ってこないといけないのであれば置きっぱなしにしておいたほうが合理的だ。

「……この前の中間テストはできたの」

「今回は自信があるぞ」

 英語の救済問題は分からなかったけども他の問題はサクサクと解けた。それに分からなかった救済問題も適当に埋めておいた。もしかしたら今回の英語のテストは満点を取れるかもしれない。

「なんなら勝負するか?」

「別にいいけど?」

 舞香は自信満々に乗ってきた。

 テストが返ってきたところにはその表情も悔しいものに変わるだろう。

 彼女の自信を砕く日がくるのが楽しみだ。

「宗太郎、そういえば少し聞きたいことがあるんだけど」

「おう、なんだ?」

「昨日、女の人とドライブデートしていたって聞いたんだけど?」

「……え?」

「その女、誰?」

 これはヤバい。

 舞香からはヤンデレのような雰囲気が醸し出されている。

 かといってすぐさまヤンデレ鎮圧作戦を開始しなければならないというわけではないが、それでも俺が返事を間違えたら朝の教室が血の海になる可能性もある。

 確かに舞香が言う通り、昨日は姉ちゃんとドライブデートをしていた。

 しかしそれを正直に話してもいいものだろうか。

 舞香は以前、ヤンデレ化したことがある。

 さらに姉ちゃんが関わったヤンデレ事件でも突然ヤンデレ化したことがある。

 そんな舞香に「昨日は姉ちゃんとデートしていた」だなんて言ってもいいものだろうか。俺に姉ちゃんがいることを舞香は知っているが、過去に姉ちゃん絡みでヤンデレ化したことがあるからできるならば避けておきたい。

「……ねぇ?」

 判断に迷う俺を舞香が催促する。

 このままダンマリを決め込んでヤンデレ化されては元も子もない。

 仕方なく昨日一緒にドライブデートしていたのは姉ちゃんだったことを説明した。

 この選択肢が間違っていなかったと思いたい。

 万が一、舞香がヤンデレ化してしまったら……その時はその時だ。

 SST隊員として、なにより彼氏としてヤンデレ化した舞香を鎮圧しなければならない。

 しかし俺の心配は杞憂だったようだ。

 舞香は照れている。

「宗太郎のお姉さんだったら……私も会ってみたかったな……」

 呟く舞香はただ単に姉ちゃんに会いたかったわけではない。

 それは家族に紹介してもらいたいという意味だった。

 改めて思い返すと舞香は姉ちゃんと会った事はなかったな。ヤンデレ化していない通常の状態で。

 母親には護衛艦が寄港したときに会っていたからな。しかも好感触。

 そのまま俺の家族を会って外堀を埋めていきたいのだろうか。

「なんなら昨日呼んでくれても良かったのに……」

 嫌だよ。

 というか怖いよ。

 舞香がヤンデレ化しただけだったなら俺と姉ちゃんの二人掛かりで鎮圧すれば片付くけども、その影響で姉ちゃんまでヤンデレ化したら俺1人で2人のヤンデレを相手にしないといけないんだぞ。

 舞香だけならともかく、姉ちゃんが相手だなんて到底勝ち目はない。

「また今度会わせてやるから」

「約束だよ?」

 機会を作って姉ちゃんと会わせるということで舞香は納得してくれた。

 もちろん普通に会わせるような無策なことはしない。万が一、姉ちゃんと舞香が同時にヤンデレ化したとしても対応できるような状況を作ったうえでだ。

 とりあえず……三間坂の野郎にでも手伝って貰おうか。もちろん休日出勤の無賃労働で。俺をレンジャー訓練に推薦しやがったのだからそのくらいの事はしてくれてもバチは当たらないはずだ。

 さてと、これで舞香は片付いた。

 早く高田のところに向かわないとな。

「それじゃあ俺は行くところがあるから」

「……誰?」

 再び舞香がヤンデレの声を発する。

 おいおい、どんだけ心配性なんだよ

「文化祭の準備だよ」

 これから高田に告白される、だなんて口を滑らせるわけにはいかない。嫉妬されるだけであれば可愛いものだけども下手をすればヤンデレ化してしまう。今日はSSTの非番で通常通り学校の日だ。そんな日までヤンデレ鎮圧作戦に従事するなんてごめんだ。

「別に浮気とかじゃないから心配すんな」

「………………」

 俺は舞香を心配させないようにそう説明して教室を出た。

 トイレを通過したところで渡り廊下を渡って隣の棟に移る。

 さてと……。

 舞香にはあのように言ったものもどうしようか。

 告白で緊張するのはそれを実行される側だけではない。それをされる側も当然緊張するものだ。

 俺はSSTの任務で多くの人の恋愛に関わってきた。

 愛の告白を成功させて晴れて恋人関係になったやつも、そうなることができなかったやつも多く見てきた。

 告白に失敗してヤンデレ化したやつもいた。鎮圧したあとに告白に失敗したやつもいた。どちらにせよ恋が終わるところというものは見ていても痛いものだった。

 これまで俺は恋愛を支援する立場にいた。

 しかし今回ばかりはその当事者だ。

 さて、高田の告白にどう返事をするべきだろうか。

 高田はクールビューティな舞香とは正反対の性格だ。だけどタイプじゃないというわけではない。クラスでは最も小柄でありながらクラスでは上位カーストに所属していてさらにその女子グループのボス的な存在だ。高身長が有利になるバレーボール部に所属しているけども低身長ながらエースでもあり司令塔的な存在らしい。

 それに高田はトップクラスのスタイルの持ち主でもある。

さすがに俺の姉ちゃんには勝てないけども、このクラスには彼女に勝てるスタイルを持っている女子はいない。

 小ぶりなヒップに平べったいバスト。

 あの形は少なくともAカップであることは間違いない。

 スタイルが露わになる夏服であの胸はどうしても注目を集めてしまう。それは男の本能であり俺も例外ではない。本人に気づかれたら変態のレッテルを貼られてしまうとは思いながらも無意識のうちに彼女のあの平原に視線が吸い寄せられていた。

 俺が認めるのは甘くてもBよりのAまでだ。

 B以上は認めない。

 本人に聞いたことはないが確実にCカップ以上はある舞香と比べれば、どうしてもスタイルに関しては高田のほうに軍配が上がってしまう。

 あの平原に興奮しない男はいないだろう。

 いや、だけども俺には舞香という彼女がいる。

 舞香を捨ててまで高田の気持ちを受け取るわけにはいかない。かといって勇気を出して好意を伝えてくれる高田をないがしろにするわけにもいかない。

 思い切って両方と付き合うか?

 舞香はヤンデレ化した過去がある。俺がそんなことをすれば間違いなく再びヤンデレ化するだろう。

 そもそも二股を掛けるだなんてクソ野郎みたいなことはできない。

 かといって高田の気持ちを断ることも舞香を捨てることもできない。

 どちらを選ぶべきなのだろう。

 俺は愛情保安官だ。恋のキューピッドとなり人々の恋愛成就を支援することを目的とした愛情保安庁に所属する国家公務員だ。さらにその最前線、場合によっては最前線のその先に投入される特殊部隊SSTの隊員だ。

 その立場もあって俺はどちらの気持ちを大事にするか迷っていた。

 二股なんてクソ野郎がすることだ。

 そのような最低な行為で傷つくのは当事者だけではない。下手をしたらヤンデレ化して周りの人々が物理的に傷つくことだってある。

 俺は二股を掛けて両方を同時に傷つけた後輩の隼人とは違う人種だ。

 しかしそう思っていても、舞香と高田のどちらを選ぶべきか。

 それを俺は決断することができなかった。

 二股を掛けて彼女たちをヤンデレ化させるわけにはいかない。

 いや、俺が所属するSSTは高度な知識や技術を必要とするヤンデレ鎮圧作戦を専門とした部隊だ。まだまだ下っ端だけども俺だって一応はその任務についてはプロ中のプロだ。これまでに多くのヤンデレを鎮圧してきた。

 最悪の場合は俺がその場で鎮圧すればいい問題だ。

 俺がクソ野郎に堕ちれば高田の気持ちを断る必要はない。誰かのためにクソ野郎に堕ちるというのも悪くないだろう。

 しかし俺が舞香に送っている気持ちは本物だ。

 舞香と付き合いながら同時に他の女子とも付き合うだなんて、そんな不誠実なことはおれにはできない。

 いったい俺はどうすればいいのだろうか。

 そう考えているうちに俺は渡り廊下を渡り切り、そして階段を下りて目的の空き教室の前に到着していた。

 もう悩んでいる時間はない。

 まずは高田の気持ちを本人の口から聞く。

 考えるのはそれからだ。

 腹をくくって俺は教室に突入した。

「あ、宗太郎」

 俺が教室に入ってきたことに気づいたのは高田だった。

 彼女の周りには取り巻きの女子生徒たちがいる。

「悪い。俺たち2人っきりにさせてくれ」

「なんで?」

 そう疑問を呈したのも高田だった。

「いや、なんでって……いいのか?」

「?」

「……!」

 まさか……。

 女子特有のあの戦法を使うつもりなのか。

 告白を断ることができないようにプレッシャーを掛け、そしてそれを断ろうものならばまるで男が悪者であるかのように集団で詰め寄るあの戦法を。

「まさかグループで俺を責めるつもりなのか?」

「そうよ!」

 予想的中だった。

「卑怯だぞ! それだと付き合わないと俺が悪者みたいになるじゃねぇか!」

「……なんの話?」

「……え?」

 なんだか話が噛み合っていないぞ。

「これから告白するんじゃないのか?」

「なんで?」

「だって高田は俺の事が好きなんだろ?」

「はあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 突然高田が絶叫した。

 小柄な女子が発したものとは思えないような図太い声に彼女の取り巻きたちがビクッと驚いた。

「誰がアンタなんかを好きになるの!?」

「こう見えて俺はモテモテなんだからな!」

 舞香とかひなたとか坂本とか栗ちゃんとか。

 あと自宅では姉ちゃんに可愛がられているんだぞ。

 これだけの実績があれば誰から見ても俺はモテモテだろう。

「俺に告白するために呼び出したんだろ?」

「そんなわけないし!」

「俺はいつだって受け入れるぞ」

「ふざけんな!」

 両手を広げて歓迎の姿勢を見せた俺に高田は蔑むような瞳でそう怒鳴りつけた。

 おいおい、そういうつもりじゃなかったのかよ。

「……もしかして俺をからかうためにこんな思わせぶりなことをしたのか?」

「宗太郎が勝手に勘違いしたんでしょうが!」

 高田はただ怒り散らかす。

 それを取り巻きたちが宥めようと試みる。

 まったくなんてことだ。

 ヤツは俺の男心を弄んだというのか。

 俺はてっきり高田に愛の告白をされると思って、舞香と高田のどちらを選ぶのか悩んだんだぞ。

 あ~馬鹿馬鹿しい。

 こんな風に男をからかって遊ぶやつなんて御免だ。

 やっぱり今の彼女がいいよな。

 俺を愛しすぎて刺しちゃうぐらいに一途な舞香のほうがいい。

 そんな舞香に俺もゾッコンだ。ほかの女に言い寄られたって心は絶対に動かない。

 それとSST隊員、いや愛情保安官として言わせてもらうけど、そうやって純粋な恋心を弄んでヤンデレ事件になることだってあるんだからな。もしも高田が誰かに刺されそうになっても俺は助けてやんないからな。

 これは冗談じゃ済まされないぞ。

 ハグやキスのひとつでもしてもらわないと割に合わない。

「じゃあこれから俺のことを好きになれよ」

「ふざけんな!」

 キーキーと彼女はわめき散らしている。

 これはまるで猿だな。

 あ~あ。告白されるんじゃなかったらこんなところに来るんじゃなかった。学級で朝礼が始まるまで舞香と駄弁っていたほうが有意義だったはずだ。

「高田ちゃん、こんなやつ放っておいて本題に入ろうよ」

 そう諭された高田は俺から顔をそらすように後ろを向いて、何かを取り巻きたちと話し合っている。

 それから十数秒が経過した。

 会議も終わったようだ。

 高田は俺に振り替えると落ち着いた声で質問を寄越す。

「ねぇ宗太郎、何を考えてるの?」

「何のことだ?」

「これよこれ!」

 そういって彼女が指さしたのは洋式便器だった。

「これは何なのよ!」

「どう見ても洋式便器だろ。これが分からないってバカなのか?」

「そんなことを聞いてるんじゃないの! このバカ!」

「先にバカって言ったほうがバカなんだよ、バ~カ!」

「こんなものを借りてきてどうするのよ!」

「飾るんだよ」

「どこに!?」

「教室だ」

「普通に却下」

 なんでだよ。

 せっかく借りてきたんだぞ。

 しかもこんなにかさばるやつを。

 それでも飾らないというのであればこっちにも考えがある。

 俺は持っていたマジックペンで便器に文字を書き込んだ。

 上岡宗太郎、と。

「これでどうだ。価値が跳ね上がるぞ。美術館に飾られてもなにもおかしくない」

「こんなの嫌よ!」

 なんでだよ。

 俺のサイン入りの便器だぞ。

 学校中の俺のファンが喜ぶぞ。

 舞香とか栗野とか、ひなたとか坂本とか。

 その他もろもろの隠れファンがこっそりこいつを盗むかもな。

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