第3想定 第9話

「は~い、それじゃあテストを返すよ~」

 先日行われた英語の中間テストが返却される。

 今回は赤点を回避できるだろうか。29点以下だったら今回も補習行きだ。部活の顧問にもドヤされる。

 順番が回ってきた。

 席を立って教壇へと向かい、教師から回答用紙を受け取る。

 よし、やった。

 今回は赤点回避だ。

 しかも適当に書いたところが正解になっている。

 例の「私は宗太郎だ。しかし彼女はもっと宗太郎だ」というやつだ。

 しかも配点が2点のところを5点も貰えている。しかも先生の「もっと自信を持って」というコメント付き。筆跡で自信のなさがばれたのだろう。今度は堂々と答えてやろう。

 やっぱりダメ元でも書いておくものだよな。

「宗太郎、何点だった?」

 答案を返してもらったばかりの舞香が駆け寄ってきた。

「32点」

「ふ~ん」

「舞香は?」

 ……クソッ。98点かよ。

 今回は勝てると思ったんだけど。

「でも救済問題では俺のほうが勝ってるな」

「私もちゃんと解けたよ?」

「貰えたのは2点だろ? 俺は5点だ」

「なんて答えたの?」

 俺は自信満々に『私は宗太郎だ。しかし彼女はもっと宗太郎だ』という答案を見せつけた。そして堂々と出題された英文を読み上げる。

「I‛m an idiot. But she is more an idiot.」

「………………」

 舞香は可哀想な目で、そして呆れたような瞳を俺に送ってきた。


 答案用紙が返却されクラスメイトが一喜一憂する。

 中間試験の結果が返ってくるのはこれが最初だった。用紙の右上に大きく書かれた数値が30を下回っていて補習が確定した馬鹿共がうなだれている。まったく、勉強をしていないからそんなことになったんだぞ。

 一大イベントが終わった英語の授業の残り時間はテストの復習が行われた。教師が一問ずつ生徒にあてながら全員で問題の確認をしていく。

 そして最後の救済問題。

 これだけは授業では触れられなかった。あまりにもおかしい答えを書いた生徒がいたから、この問題だけは自分で意味を調べて勉強の習慣をつけなさい。そう教師が宣言したことで解説されることがなかったのだ。

 まぁ俺は正解できたからその必要はないけどな。

 英語の授業も終わり今日の授業はすべてが終了。

 10分程度の休憩時間を挟み終礼が行われ、最後の注意事項が説明されて生徒たちは教室から解放される。

「あ~展示物担当のみんなは少し残って!」

 放課後に突入してざわめきを取り戻した教室に高田の声が響いた。

 小柄ながらバレーボール部で司令塔的な存在である高田の声は喧噪に満ちた室内でもよく通った。

 高田の元に注目して後に続く話に耳を傾けるやつ。

 何も聞いていないとばかりに見つかる前に脱出するやつ。

 私は模擬店担当だから、とでも言わんばかりに堂々と教室を出ていく生徒もいる。

 さてと。

 俺も巻き込まれる前に脱出しますか。

 荷造りが終わったカバンを肩にかける。

「宗太郎! 逃げるな!」

「………………」

 ちくしょう。

 いつもはそれとなく逃げることができたのに、今回ばかりは運が悪かった。

「みんな! これから展示物の準備をしたいから残れる人は残って!」

 そんなことだろうとは思ったよ。

 文化祭は明日から開催される。

 だというのに高田がスケジュール配分をミスって作品作りが全然進んでいないのだ。班員たちが部活を口実に作業を手伝わなかったというのもあるけどな。

「高田、悪い。今日はどうしても部活に参加しないといけないんだよ」

「どうせ嘘でしょ」

「本当だ」

 野球部は別に球を投げたり打ったり取ったりしているだけではない。

 明日の文化祭のような学校行事のときに会場設営をさせられるのだ。

 だから今日はどうしても部活に参加しないといけない。体育館に全校生徒と来客用のパイプ椅子を並べないといけなかった。

「ちゃんと野球部の顧問には許可を取っておいたから。宗太郎が準備に協力していないから今日の放課後に借りるって」

「……嘘だろ?」

 え?

 嘘。

 顧問に言っちゃったの?

 これは説教コース確実かもしれない。

 俺、終わっちゃったんですけど?


「……さてどうしたものか」

 文化祭の準備という強制労働に従事しながら俺はそうつぶやいた。

 クラスメイト、しかも上位カーストに所属する高田の裏切りによって俺の情報が野球部の顧問に行ってしまった。

 これ絶対怒られるよ。

 あの顧問、説教長いんだよなぁ。

 アイツ何をやってくれているんだよ。

 俺はブツブツと呪詛を吐き出しながら作品を保管している空き教室に来ていた。

 部活内での立場を悪いものにしてくれやがった高田たちの指示で俺は作品を運ぶように指示を受けていた。展示物制作班の男子は俺だけだ。運搬には体力がいるから俺がそれをするようにという理不尽な指示が出されていた。

 うちのクラスは借りてきたガラクタで作品を作ることになっていた。数枚の模造紙をつなぎ合わせた大きな台紙の上にガラクタを接着剤で張り付けたものだ。

 他のクラスが偵察に来ていたがどこも驚愕している。

 普通にそうなるだろうな。

 限られた予算を限界まで活用して絵具のような資材を買ってきて制作しているのがほとんどなのに、俺たちのクラスだけは原価がかかっていないのだから。

 まぁその評判について高田は満足していた。

 過去に作られたことがなく、そしてこれからも作られそうにない作品。それこそが高田が目指していた作品の方針だったのだから。まさかガラクタでこんなことをしようと考えたのは他にいないだろう。

 それにしても発案者はよく思いついたよな。

 ゴミで作品を作るなんて。

 ゴミをいくら集めてもゴミにしかならないというのに。

 別に俺は今回の文化祭にそこまで力を入れていないからどうでもいいけどな。

 さて、早く持って行かないと高田にまた怒られるだろう。

 俺は小さく折りたたまれた模造紙の土台を持ち上げて教室への運搬を始める。空き教室を出て渡り廊下を渡って学級が入っている棟に移動した。

 ここから階段を登ったところにあるのが俺たちの教室だ。

 足元が見えない状況下で俺はつま先で探りながら階段を上がっていく。

 ただでさえ模造紙は滑りやすいのにガラクタが接着されて重くなっている。それにバカのように巨大な土台にしたものだから前が見えない。これを1人で運べというのだから無謀というものだろう。

 俺はゆっくりと階段を上っていく。

 こんなところでこけたら作品は台無しになるし、なにより俺自身が怪我をするからな。

 こういうものは安全第一だ。

 しかしそんなことも考えていないやつがいた。

 階段の上から大声で催促される。

「宗太郎、早くしてよ!」

「重いんだから仕方ないだろ!」

「関係ないでしょ!」

 そういうんだったらアンタが運べよ。

「早くしてってば!」

「わかったよ!」

 こうなったら高田は止まらない。

 もう俺が早く運ぶ以外に彼女は納得しないだろう。

 少しでも長い時間を制作活動に使用したいのだろうけども、それならば事前に時間配分とかスケジュールとかを組んでおけよな。

 俺は全力でずんずんと階段を登っていく。

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