第3想定 第6話

 部隊と離れてしばらくすると雨がぽつぽつと振り始めた。

 その小雨もあっという間に強くなりいよいよ大雨となった。

 ただでさえ険しい山岳という地形に加えてこの天候だ。ヤンデレにとっても機動隊にとっても行動はさらに困難なものとなるだろう。

 しかしこれは俺たちにとっては好都合。

 SSTにとっては想定内だ。

 それに隠密行動をするうえでは気配が消えやすくなって有利に作用する。

 今の俺は戦闘が行われた地点から50メートルほど南下した場所で隠れている。見通しは悪いが向こうには数人のヤンデレを捕捉している。彼女たちは俺を探しているようだが残念なことに見当違いの場所ばかりを捜索している。

 いつでも攻撃を仕掛けることができる状況だが俺は発砲しない。

 姉ちゃんたちがポイントエコーの安全を確保し、ヘリの進入が開始されるまでは俺は発見されてはならない。

『特殊1より姪乃浜。ヤンデレらしい人物を発見した』

『了解。交戦せよ』

 俺とも姉ちゃんたちとも違う場所で活動していた第1戦闘班がヤンデレと思われる人物を発見したという無線だった。

 続報はすぐに入ってくる。

『姪乃浜。沈静弾が効いている。ヤンデレの本体だ』

『了解。そのまま鎮圧せよ』

 俺が最初に発砲したヤンデレは頭部が吹き飛んでしまった。

 それに対して特殊1が追い込んだヤンデレにはきちんと沈静弾が作用している。

 つまり俺たちが戦っていたのはヤンデレの分身というわけだ。きっとヤンデレ本体の狂気が生み出した凶器だったのだろう。

 もはやあの数は凶器というよりも兵器だったけどな。

 俺は時計をチラリと確認する。

 すでに姉ちゃんたちは回収地点に到達している。ヘリは離着陸時が一番攻撃を受けやすい。そのため今は周囲の安全確認をしている頃だ。

 まもなくその作業も終わるだろう。

 その予想は当たっていた。

『特殊2。ポイントエコーの安全を確保した』

『了解。むくどりは回収活動を開始せよ』

『むくどり了解。現場空域に進入を開始、目標を回収する』

『宗太郎は陽動作戦を開始』

「了解」

 89式のセレクターを連射に設定すると木陰から乗り出して目標を照準。

 バスッ!

 バスッ!

 バスッ!

 減音器サプレッサーによって抑え込まれた銃声の向こうで人影が倒れた。

「どこだっ!」

 静かな森に絶叫が響く。

 木の陰に再び隠れてセレクターを安全に入れなおした。

 減音器サプレッサーを外してダンプポーチに放り込む。別のポーチから取り出した消炎制退器フラッシュハイダーを装着。敵を引き付けるためにも銃声を立てて目立つのがいいだろう。銃口の交換作業を終えると木の向こうをのぞき込む。まだこちらの場所を特定できていない様子だ。

 近くには照葉大吊橋がある。

 銃声を立ててどんちゃん騒ぎをしながらそっちに後退。逃げ道を遮蔽物もない吊橋に追い込んだと思ってまんまと追いかけてくるだろう。

 ポーチから破片手榴弾グレネードを取り出してピンを引き抜く。チラリと敵の位置を確認。距離はおよそ50メートル。射線も問題ない。

 親指を外してレバーを開放する。自由を手に入れたレバーはバネの力によって弾け飛んだ。

 1、2。

 カウントを終えて目標に向けてM26A1レモンを放り投げる。

 この手榴弾の延期信管は4秒。レバーが外れて4秒後に爆発する。その間に処理されたりしないように少し間を置いて投擲するのだ。

 敵の集団の付近に手榴弾が到達すると同時に炸裂。

 小さく砕けた破片が周囲の人間をなぎ倒す。

 遠くで発生した爆風が頬をなでる。

 生存者に照準。

 パン!

 パン!

 パン!

 パン!

 小口径ライフル弾の銃声が轟く。

「いたぞ!」

 俺の位置を叫んだやつを真っ先に射殺。

 他のやつが反撃してきた。

 多数の銃弾が飛んでくる。

 この音は7・62ミリの大口径ライフル弾だ。

 銃撃が止んだ一瞬の隙を突いて制圧射撃。

 パパパパパパッ!

 目標の位置を特定していたわけではない。

 接近を阻止するための威嚇だ。

 しかしその間に大まかな位置は絞り込めた。

 再び木に隠れて銃撃を避ける。

 威嚇、遮蔽、狙撃。弾数が減ったら弾倉交換。

 ときには別の物陰へと走り、徐々に吊橋のほうへと後退する。

 これを延々と繰り返し、目標のところまで十数メートル。

『むくどりより特殊2。回収地点を視認。着陸は可能か?』

『特殊2。現場に異常なし』

『了解。これより着陸を行う』

 SSTの任務はヤンデレを鎮圧して恋愛のキューピッドとなることだ。

 しかし今は違う。

『こちらむくどり。現在着陸中、着陸中……回収地点に着陸した。現在収容活動中』

 仲間をどうにかしようとしているやつをぶっ殺すために、俺はここにいるんだ。

 左手で新しい弾倉を取り出して一瞬で空弾倉と交換。ボルトストップを押して初弾を装填すると敵との銃撃戦を再開する。

『こちらむくどり、救助目標を回収した。これより搬送を行う』

『了解。回収目標の状態を送れ』

『機動隊員5名を回収。うち負傷者は2名。負傷者の容態は安定している』

『了解。予定通り搬送を実施。特殊2はポイントデルタへと移動せよ』

『了解』

 ヤンデレ本体は俺たちより先に出動した第一戦闘班で対応を行っている。

 あとは彼らがヤンデレの沈静化を完了させるまで、ヤンデレの凶器であり兵器であるヤンデレの分身と戦うだけ。敵が民間人と遭遇しないように食い止めるのが俺たちの任務だ。

 突撃してくる敵兵を撃ち殺す。

 威嚇射撃をしながら別の物陰へと移動する。飛び込んだ大木の向こうで敵の銃弾が弾ける。

 !

 殺気を感じて地面に飛び込んだ。

 さきほど俺が背を預けていた木の表皮が敵の銃撃を受けて砕けていた。どうやら敵は複数方向から俺を追い詰めようとしているようだ。それも当然。兵力では圧倒的に向こうが優勢だ。俺がその立場でもその作戦をとるだろう。

 姿の見えない敵に向かって銃弾をばらまき、彼女たちがひるんだ隙にまた別の物陰へと走り込む。

 戦場には正面という概念はない。

 便宜的にそのように表現することもある。しかし実戦では敵はあらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。

 敵は将棋のように必ず正面から攻めてくるのではないのだ。

 もしも戦闘を将棋にたとえるようなやつがいれば、そいつは馬鹿か新兵かスマホ中毒者のどれかだろう。

 戦闘ではすべての方向を警戒しなければならない。

 敵がいればそこから弾が飛んでくる。

 弾が飛んでくることが問題なのではない。そこに敵がいることが問題なのだ。

 今、俺は二つの方向から攻撃を受けている。

 回り込んで攻撃してきた勢力の精密な位置は絞り込めていない。しかし銃声や弾痕の形から十字砲火クロスファイアを加える意図を持ち、その配置から撃ってきていることは明らかだ。

 しかし二方向からの攻撃だけで済むわけがない。

 敵がこのあたりの地理に詳しければ俺の背後に吊橋があることを知っているはずだ。追い込んでいると油断させるためにあえて俺は逃げ場のない吊橋の方向に後退しているが、敵が俺の誘いに乗っているのであれば彼女たちは俺が吊橋以外の方向に逃げないように手を打ってくるだろう。つまり3方向から攻撃を加えてくるはずだ。

 同士討ちを避けるために攻撃目標の完全な反対側から撃ってくることは滅多にない。もちろん味方の犠牲を払ってでも俺を排除したいのであれば話は別だけど。

 制圧射撃と精密射撃を切り替えながら後退する。

 追い込まれているかのように演じながら後退していく。

 89式の銃弾が切れた。

 敵が突撃してきている。リロードは命取りだ。

 小銃を下げてすぐさま拳銃USPを抜いて連射。

 突っ込んでくる敵を排除。

 さらにその後ろから突っ込んでくる敵も撃ち殺す。

 続いて右方向に攻撃。

 隙を突いて別の遮蔽物に威嚇射撃をしながら後退。

 空になった弾倉を抜いて新しい弾倉をぶち込んで空弾倉をダンプポーチに放り込む。

 ほとんどの拳銃の有効射程は50メートルほど。それはこのUSPも例外ではない。弾薬が小さいという理由もあるが、照星フロントサイト照門リアサイトの感覚が狭いためライフルのような精密な照準ができないのだ。

 その短い射程でも問題がないほどに俺と敵は接近していた。さっきまではライフルを使わないと意味がないような距離で撃ち合っていたが、時間が経過するにつれて交戦距離が近くなってきていた。

 それは俺が追い込まれているからだろう。

 しかし圧倒的に俺が不利というわけではない。

 俺の任務は救助目標を搬送していた本隊から敵の注目を引き付けること。単独での囮作戦だが、すでに俺ひとりで多数の敵をぶっ殺している。多くの戦力を喪失した敵勢力が焦って距離を詰めてしまっているとも考えることができる。

 その考えは合っていたようだ。己の劣勢を悟ったのだろう。これまでは散発的な突撃だったが、敵は一斉に突撃をかけてきた。

 新しい弾倉をぶち込んだ拳銃USPで迎撃する。最も近いやつに向けて短連射。無力化を確認したら次に近いやつに向けて再び短連射。

 5人ほど倒したところで拳銃の残弾がなくなった。

 それでも敵は突入してくる。

 距離が近い。

 もうリロードをしている余裕はない。

 弾切れとなった拳銃USPをホルスターに戻し、コンバットナイフを抜いて俺は向かってくる敵に突っ込み格闘戦を仕掛ける。彼女が持っていたリボルバーをもぎ取って彼女の胸にナイフの刀身を叩きこむ。

 奪った拳銃で後続の2人に発砲。

 リボルバーを使うのは初めてだったが一発必中だった。

 近くの木に飛び込んで銃撃を防ぐ。銃声と木が砕ける音。

 射撃を止めて敵が3名接近。

 1人1発ずつ鉛玉をプレゼント。彼女たちももれなく肉塊となった。

 左方向から単独の敵が突っ込んでくる。突き出された敵のリボルバーを叩き落とし、彼女の体を引き寄せて盾にする。

「殺すのは最後にしてやる」

 そう囁くと彼女の首に回した腕をさらに締め上げる。

 別方向から2名接近。彼女たちは銃を持ち上げるがすぐに撃つことはなかった。自分と同じ顔をしたやつが肉壁とされたことで躊躇したのだろう。

 しかしその一瞬が戦場では命とり。

 それぞれが1発で地面に伏した。

 さらに単独で突入してきた奴にも鉛玉を撃ち込む。

「………………」

 彼女が最後の1人だったようだ。

 接近する脅威はすべて排除した。

 敵勢力はもういない。

 役目を終えた盾を地面に突き飛ばす。両手をついて受け身を取った彼女は怯えた表情で振り返った。彼女の頭部に銃口を向ける。

 ぎゅっと目を瞑った彼女は死を覚悟しているようだ。

「………………」

 いや、もう終わったんだ。

 静かに銃を下げる。

「アンタたちの負けだ」

 彼女のそばで膝をつき、左手で逆手に持っていたナイフを彼女の首筋に当てる。

「これ以上戦っても死体が増えるだけだ。もう戦闘は終わった。仲間を弔ってやれ」

 もうこれ以上は無駄な戦闘だ。

 彼女からは戦意を感じられなかった。

 俺は立ち上がって周囲を見渡した。

 血の生臭さが混じった硝煙の匂い。

 あたりにはただ死体が転がっているだけ。

「姪乃浜、戦闘が終了した」

『了解。針葉樹林文化館ポイントデルタに移動し、ありさ達と合流せよ』

「分かった」

 ……さてと。

 このリボルバーはどうしたものか。

 戦意喪失している目の前の敵に返すわけにはいかない。

 降伏したとはいえ手元に銃があったら意思が変わるかもしれないからな。

 まぁこいつは没収しておこう。

 第1戦闘班はまだヤンデレ鎮圧を行っている。彼らが無事に作戦を成功させればヤンデレワールドの消滅と同時にこいつも消えてしまうだろう。

 彼女たちには悪いがリボルバーなんて骨董品は趣味じゃない。

 だけどたまには腰にこいつを持って森の中を歩くというのもいいかもしれない。

 一通り全体像を眺めたのちにリボルバーをダンプポーチにぶち込んだ。

 そして弾切れとなっていた89式小銃に新しい弾倉を差し込んで初弾を装填する。

 さて、後は目標地点で姉ちゃんたちと合流。

 そして第1戦闘班の作戦成功を待つだけだ。

 俺は振り返ると姪乃浜に指定された針葉樹林文化館ポイントデルタへと向けて足を進めた。


 む?

 先ほどの場所を離れて10数秒ほど。

 背後から人が近づく気配を感じた。手にしていたリボルバーを向けて遭遇に備える。

 その人物が出てくるまで時間はかからなかった。

「待って!」

 現れたのはそこにはさっき見逃したばかりの敵だった。

「全員に手を合わせたのか?」

「アンタは絶対に生きて返さないっ!」

 彼女の手にはリボルバーが握られている。

 仲間の死体から手に入れたものだろう。それを突き付けて俺を睨んでいる。

「お前に人を撃つ覚悟はあるか? 人に撃たれる覚悟はあるか?」

「………………」

「ほら、撃ってみろよ」

 俺は銃口を外し、両手を広げてみせる。

 やつにとってこれ以上に有利な状態はないだろう。彼女はただ人差し指を曲げるだけで俺を殺すことができるのだから。

 しかし彼女は俺を撃つことはなかった。

「どうだ、撃てないだろ」

 やつは悔しそうに唇をかみしめた。

「銃が好きなやつをなんと言うか知っているか? 普通の人間っていうんだ」

 拳銃が好きなやつ、小銃が好きなやつ、狙撃銃が好きなやつ。好みはさまざまだがみんな銃が好きな普通な人間であることには変わりない。

「それじゃあ銃で人を撃ったやつをなんと言う? そいつは『イカれた人間』だ。1人だろうが10人だろうが変わらない。もう普通の人間には戻れない」

 正当防衛のようなやむを得ないものであれば別だ。しかし一度人を撃てばもう普通には戻れない。たとえ後で生き返るとしても人を撃った事実は変わらない。

 人を撃つからイカれるのか、イカれているから人を撃つのか。

 はたしてそれはどちらなのだろう。

「アンタは普通の人間だ。人を撃つのは向いていない」

 こっち側の世界には正義も悪も存在しない。

 撃つか撃たれるか。

 殺らなければ殺られる。

 こっちの世界はただそれだけだ。

 イカれた人間は俺たちで十分。

 アンタはこっちに来るんじゃない。

「俺はここから立ち去る。もしどうしても俺を殺したければ後ろから撃て」

 その時はあいつを殺さないといけなくなる。

 俺はイカれている。

 躊躇もしなければ容赦もしない。

 彼女と別れてギシギシと軋む橋を歩いていく。

 綾の照葉大吊橋。

 全長250メートル。

 高さは約140メートル。日本で2番目に高い吊橋だ。

 眼下には青々とした照葉樹林。

 昔ならば怖くて仕方なかったが、今では何とも思わない。

「待って!」

 ちょうど真ん中まで進んだところで後ろからさっきのやつが走ってきた。

「アンタに決闘を申し込むわ」

「……撃てるのか?」

「必ず撃つ」

「イカれた人間になる覚悟はできているのか?」

「私はもう狂っているわ。ねぇ、私と決闘してよ」

 彼女は懇願する。

 その瞳には怯えはなく、戦意に満ちていた。

「……いいだろう」

 敵討ち。

 それは彼女なりの仲間への追悼の形だろうか。

 俺はホルスターに収納していた拳銃USPをダンプポーチへと放り込み、空になったホルスターに敵から奪ったリボルバーをぶち込む。

「5歩進んで撃つ。それがルール」

「分かった」

 俺と彼女は歩み寄り、互いに背中を合わせて立つ。

 ここは照葉大吊橋のど真ん中。

 宮崎県最大の吊橋の中央で、これから時代遅れの決闘が始まるのだ。

「覚悟はできた?」

「それはこっちのセリフだ」

「……1」

 大粒の雨が体を打つ。

「……2、……3、……4」

 強い山風が吊橋を揺らす。

「……5!」

 その声を合図に俺はリボルバーを抜きながら振り返る。

 拳銃を抜きながらこちらへと振り返る決闘相手の姿が写り込む。

 しかし彼女は拳銃を取り落としてしまった。

 だけど容赦はしない。

 これは彼女が臨んだ決闘だ。

 相手が銃を落下させたからといって撃たないのはそれこそ失礼だろう。

 足元のリボルバーに手を伸ばす彼女に銃口を指向してトリガーを引く。

 カチャッ!

 不発弾だ。

 しかし慌ててはいけない。オートマチックピストルと違ってダブルアクションリボルバーは再び引き金を引くことで次の弾薬が回ってくる。

 俺の判断は一瞬だった。

 カチャッ!

 カチャッ!

 カチャッ!

 カチャッ!

 カチャッ!

「なにっ!?」

 弾薬が入っていないことに気づいた俺。

 視界の端に映るのは銃を向ける敵の姿だった。


【SOTARO IS DEAD】


「……宗太郎の死亡を確認。残りライフ1つ」

 溜息をつき、呆れたような声色で姪乃浜はいつも通りの宣言を行う。

「あのなぁ?」

「分かってるよ」

 ちくしょう。

 これだからリボルバーは嫌いなんだ。

「いいか宗太郎。生き返ったら決闘を中止しろ。それが無理ならばせめてUSPを使え」


【CONTINUE】


「……4」

 振り返る直前のところに生き返ってきた。

 姪乃浜は決闘を中止するように言っていたが手遅れだ。いまさらダンプポーチからUSPを取り出す余裕なんてものもない。

 しかしもう大丈夫。

 リボルバーが弾切れを起こしていることを知っているから。

 もうアクシデントは起こらない。

「……5!」

 その声を聞いてすぐさま振り返る。

 先ほどと同じように敵は銃を取り落とした。

 リボルバーは弾切れだ。こいつに頼ることはできない。

 しかし俺はそいつを引き抜いて、敵の頭にめがけてぶん投げた。

 1キロ近い重量がある鉄のガラクタは頭部に命中して彼女はよろめいた。すかさず俺は突進して彼女を突き飛ばす。

「この卑怯者!」

「卑怯でなにが悪い」

 高潔だとか卑怯だとかそんなくだらない概念を戦場に持ち込むんじゃない。

 生き残ることだけを考えろ。

 彼女は激高して掴みかかってくる。

 残念だけども格闘戦であれば俺の得意分野だ。掴みかかろうとする手を弾いて彼女の胴体に肘を撃ち込む。胸に強烈な打撃を受けたことにより彼女は苦しそうな吐息をもらした。

 とどめだ。

 俺は敵の胸倉をつかんで橋の外へと放り投げる。

 しかし彼女は俺の迷彩服をがっちりとつかんでいた。俺は彼女に道連れにされて谷底に吸い込まれる。

「うおおおおおああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


【SOTARO IS DEAD】


「おい!」

「……分かってる」

「何やってるんだ! もう宗太郎のライフは残っていないぞ!?」

「分かってるって」

「89式を装備しているんだろう? 素直にそれを使え」

「分かったって!」

 姪乃浜の言葉が耳に痛かった。

 敵を橋から放り投げたはずなのに道連れにされたなんて基地に帰還したら笑いものだろう。


【CONTINUE】


「……4」

 そうなんだよ。

 なんでこれを使わなかったんだよ。

「……5!」

 振り返ると同時に下げていた89式小銃を持ち上げて敵に照準する。

 頭を吹っ飛ばすのが一番だが、敵は落としたリボルバーを拾おうと動いている。

 一撃で殺るのは無理だ。

 苦しみなく1発で葬ってやりたかったが仕方ない。

 敵のシルエットの中央部分を照準して発砲。

 胴体に3発の銃弾を受けた敵は武器を拾うことができずその場に倒れた。

 さっきのは致命傷だが即死はしていない。

 俺は89式小銃を指向したまま彼女のもとへと歩み寄る。

 想定外の反撃を受けないように転がっていたリボルバーを遠くに蹴りとばす。

 橋の床に倒れた彼女は息苦しみながらもなにかを達成したかのような表情で天を仰いでいる。

 彼女は何がしたかったのだろう。

 仲間の仇を討ちたかったのか。

 自身も仲間のところへ行きたかったのか。

 それともただ単純に俺を殺したかったのか。

 いずれにせよ俺に決闘を申し込んできたのは立派だった。

 彼女の頭部に照準。

 口には出さなかった。

 表情も変えなかった。

 しかし俺は最大の敬意を込めてトリガーを絞った。

 大雨が地面を音の中に1発の銃声が響く。

「姪乃浜、敵を排除した」

『了解。そのまま目標地点に向かえ』

 俺は遺体を残して移動を開始した。

 橋を渡り終えるとすぐに合流地点があった。

 姉ちゃんたちや他の部隊と合流したのちに警戒態勢で待機。

 第1戦闘班がヤンデレを鎮圧をしたのはそれから30分ほど経過した後のこと。

 数名の負傷者を出したものの、愛情保安庁側に死者は出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る