第1想定 第14話

「ねぇ宗太郎、聞いてるの?」

「!」

 姉ちゃんの声で目が覚めた。

 おかしいな? 俺は出血多量で死んだはずなのに。

「迎えのヘリが着いたよ?」

「分かった。でも、その前にちょっとやりたいことがあるから先に行ってて」

「うん。早く来てね」

 そう言い残すと、姉ちゃんは音楽室の外に消えていった。

 一人になったことを確認する……大丈夫だ。壁にもたれかかるようにして床に座る。あぁ音楽室の床ってこんなに安心するんだな。

 疲れがどっと出てきた。

「……俺はどうして生きているんだ?」

『なんだ死にたかったのか?』

 そんなわけねぇだろ。

『瀕死の宗太郎を見てありさが正気に戻った。そして宗太郎が完全に死亡する前にヤンデレワールドが消滅した……ってとこじゃないか?』

「致命傷の状態で任務成功になったと」

『そういうことだ』

 なるほど。

 瀕死であれば死亡ではない。あっちの世界に片脚を突っ込んではいるが、もう片脚はこっちの世界にある。半分死んでいるだけであって、完全に死んでいるわけではないのだ。

 それにしても俺、よく鎮圧できたな。

 しかも瀕死の状態で姉ちゃんを……ん?

「俺……何もしてなくね?」

『……そうだな』

 今回の作戦、恐ろしいほどに何もしてないぞ。

 校内に潜入してすぐに発見され、生指部に連行された。うっかり声を出して生徒会役員に発見されそうになった。

 どっちも姉ちゃんが始末したけど、特殊部隊員にあるまじき失態だ。

 それに加え、音楽室に入ってからも何もしていない。

 姉ちゃんに格闘戦で負け、選択肢を誤って殺された。

 生き返ってすぐに地雷を踏んで殺された。

 ハッタリに気を取られた隙に、銃を奪われて殺された。

 弾切れに気づいてテンパった。

 USPをなくした。

 舞香を守ることができなかった。

 もうちょっとというところで、また地雷を踏み抜いた。

 ……本当になにもしてねぇな。

 強いて言うならばヤンデレワールドの崩壊を食い止めたぐらいだ。

「というか俺、どうして姉ちゃんを鎮圧できたんだ?」

 最後の地雷を踏んでから、俺はろくに会話をしてないぞ。

『さあな。死にかけの宗太郎を見て正気に戻ったんじゃないのか?』

「俺、あの前に三回死んでるんだけど」

『あれは即死だったからな』

 喉を掻き切られて即死。

 頭を撃たれて即死。

 どちらも特殊部隊が使用する的確な殺害方法だ。

『正気に戻るよりも先に宗太郎が死んだから意味はない』

「死に損じゃねぇか!」

 なんだよ。

 即死じゃなくて瀕死に止めればよかったのか?

 そんな器用なことできるわけないだろ。

『ところでありさの拳銃に撃発できる銃弾が入っているってどうして気づいたんだ? ありさの銃弾はすべてロックしたっはずだ。撃てるわけがないはず……』

「………………」

『なんだ?』

「俺と出会った時のことを忘れたのか?」

『それがどうした』

「あのとき俺に拳銃自殺させただろ?」

 マガジンを抜いて、チェンバーから銃弾を抜いて、それをイジェクションポートから再び装填してという手順だった。

『そんなこともあったな。それがどうした』

 まだわかんねぇのかよ。

 姉ちゃんは銃弾がロックされているのを知っていた。つまりあのマガジンをそのまま装填していてもなんの意味もないと知っていたのだ。

 そして俺が撃発できる銃弾を捨てた。

 そのあと下腹部に蹴りを食らってうずくまった俺はあの時、姉ちゃんのUSPにマガジンが入っていないのを確認した。 

 あれはただ単に脱落しただけだと思ってたんだけど、実はそうじゃなかった。意図的に捨てたんだ。

 じゃあ何のためにマガジンを捨てたのか?

 それは簡単。俺が捨てた銃弾を装填するためだ。

 ほとんどの銃は発砲すると薬莢が排出される。この排出口のことをイジェクションポートというんだけど、マガジンに銃弾が入っていなければここから銃弾を装填することもできる。

 つまりマガジンが入っていないという状態は、俺が捨てた撃発できる銃弾を装填できる状態でもあった。それに銃には「自分自身で安全を確認するまで、銃弾がはいっているものとして扱え」という鉄則がある。

 姉ちゃんのUSPには少しでも撃てる可能性があったし、俺は自分の目で安全を確認できていなかった。だから俺はアレが撃てるものとして奪い取ったのだ。

『そういうことならば納得がいく。だけどあれは――』

「戦闘中にできるような芸当じゃないな」

 ただマガジンが空だったら銃弾を放り込んでスライドを前進させればチェンバーに送り込まれる。だけどマガジンを抜いた状態だったら直接チェンバーに押し込まないといけない。

 前に姉ちゃんのモデルガンでやってみたことがあるんだけど、あれは戦闘中にできるようなものじゃないぞ。

『まぁあんな一瞬でよく気づいたな。だけど銃を奪うときに銃口を自分に向ける奴があるか。ちょっとずれていたら心臓に当たっていて間に合わなかったかもしれないぞ。「銃口を自分に向けるな」ってありさに習わなかったのか?』

「……習った」

 あの時は姉ちゃんから銃を奪うことしか頭になくて、すっかり抜け落ちてたんだよ。

 だいたい今の俺じゃそんな高度なことはできない。

「それより、命令を無視して悪かったな」

『あぁ、よくも身勝手な行動をとってくれたな、お前の勝手な行動のせいで取り返しのつかないことになるとこだったぞ』

「悪いと思っているよ」

 俺は射殺命令を無視して姉ちゃんを助けようとした。結果的にうまくいったからいいものの、もしかしたら大変なことになっていたかもしれない。

『だがよくやった。命令違反をしたとしても、任務を成功させたのであれば文句ははない。宗太郎は誰も死なせたくなかったんだろ? 俺はありさの射殺を命令したが、宗太郎が背いたおかげで誰も死なずに済んだ。仮にそれが偶然だったとしても、任務成功ということには代わりはない』

「……悪かったな」

 今回の作戦、俺はなんとか犠牲者を出さずに成功させることができた。

 だけど裏を返せば舞香たちを危険に晒したことには違いない。一歩間違えれば彼女たちが生き返ることはなかったのだから。

 1人を守るか、4人を守るか。

 生指室に連行された件だって、1人の犠牲を躊躇したがために9人もの犠牲者を出した。そして作戦の続行が危ぶまれた。

 今回は無事に終わったからいいものの、今度同じ状況になったら俺はどちらを選ぶのか。

 ……新人の俺にはまだ分からない。俺はそのレベルにはまだ達していないのだ。

『……よし! この話は終わりだ! ヘリに乗って帰投しろ!』

 この暗い空気を追い払うように、姪乃浜が大声を張り上げる。

『基地で始末書が待ってるぞ!』

 はぁ!?

「命令違反は目をつむるんじゃなかったのか?」

『教員に拘束されたことの始末書だ。それと拳銃を紛失したことのな』

 こっちは見なかったことにはできない。と姪乃浜は冷酷に告げる。

 俺、とんでもないところに来てしまったな。

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