第2想定 第1話

 海面で反射した太陽の光が目に刺さる。

 今は夏本番。

 人々が涼を求め、海へと殺到する季節。

 海に行こう――俺の提案で二隊のみんなは海に来ていた。

 ――うぷっ。

「おい宗太郎、遅れてるぞ」

 ボートに乗った副隊長の激が飛んでくる。

 違う。

 俺が行きたかったのはこんな海水浴じゃない。

 ウェットスーツ、シュノーケル、フィン、89式小銃にサバイバルナイフ。

 色気もへったくれもない。

 今やっているのは水路上陸訓練。

 機動隊がヤンデレを引きつけている間に海岸から隠密潜入するという訓練だ。

 ――うぷっ。

 正直なところ宮崎SSTではあまり重要視はしていない作戦だ。

 確か九州を管轄する第七管区では長崎SSTが得意って姪乃浜が言っていた。いざというときは部隊を回してもらって対処するらしい。

 得意な分野で助け合う。

 合理的な考え方だ。

 だからといって訓練を実施しないわけにはいかない。

 何らかの状況で部隊を回せなかったり、時間がない場合も――

 げぷっ!

 ごぷっ!

 あっ、もうダメ――――――



「……ふぅ」

 シャワーで海水を洗い流した俺は格納庫へと出てきた。

 その中央ではこの空間の主むくどりが鎮座し、テールムーブ内部の点検を受けている。

 操縦席のドアに塗装された『むくどり』という愛称。その下にはうっすらと『わかたか』の文字が見える。

 こいつは昔、海上保安庁で活躍していたのだ。巣箱はPLH巡視船の格納庫。

 その横っ腹のホイストで、何人の要救助者を吊り上げたのだろうか。

 まさか移管された愛情保安庁こっちでも海難救助をするとは思っていなかっただろう。しかも要救助者は身内ときたもんだ。

 俺は彼の機首に手をあてる。

「おう宗太郎、感傷に浸ってどうしたんだ?」

 茶化すんじゃねぇよ。

 せっかく絵になってたのに。

 俺は雰囲気をぶち壊した張本人に、ムッとした声で、

「助けてくれてありがとうって言ってたんですよ」

「らしいな」

 彼は1隊所属の三間坂二等愛情保安士。たしか短大の1年って言ってたな。

「副隊長に助けて貰ったんだろ?」

「えぇ」

「待機室で話題になってたぞ」

 まぁそうなるわな。

 体の動きが遅くなったと思ったら、すーっと海へ沈んでいったらしい。

 要するに溺れたわけだ。

 そりゃ話題にもなる。

「副隊長にしがみついて「姉ちゃーん!」だもんな」

 想像以上だった。

 どうしよう。待機室に行きたくない。

 このあと書かないといけない書類があるってのに。

 司令室で書くか?

「ちなみにバラした犯人は郁美だ」

「あの野郎!」

 一言文句をつけてやりたい。

 だけど正直苦手なんだよなぁ。

 何を言ってものらりくらりとかわすし、やたらと俺のムスコ大佐に手を延ばしてくるし。

 どう苦情をつけてやろうかと考えていると、三間坂さんは持ってきたゴツいケースを置いた。それには白いステンシルで内容物が記載されていた。

84mm無反動砲カールグスタフ!?」

「あぁ」

 それがどうしたと言わんばかりに、三間坂さんはケースの留め具を外す。

 オリーブドラブの砲身。二本のグリップ。閉鎖器を兼ねたノズル。

 間違いない。正真正銘の84mm無反動砲だ。

「なんでカール君がここに!?」

「援護用だ」

 なんで警察系特殊部隊が無反動砲なんて持ってるんだよ。

 それともあれか。

 うちはテロ部隊だからか?

 テロリストっぽいことをしろってか?

「照明弾とかを打ち上げるときに使うんだ」

 たしかにそれだったら使い道はあるよな。

 破片手榴弾グレネードがあって閃光音響手榴弾フラッシュバンがあるように、無反動砲にもさまざまな砲弾があるのだ。

 HE弾に対戦車榴HEAT弾。そして非殺傷の照明弾に発煙弾。

 無反動砲の使い道は砲撃だけではない。

「榴弾もあるけどな」

「マジでなんなの!?」

 オーバーキルじゃねぇか!

 ……いや、狂気に支配されたヤンデレはそのぐらいでは制圧できない。

 期間は短いがこれまでに数人のヤンデレと戦ってきた。

 俺なら分かる。

「注目すべきなのはエアバッグ弾だ」

「エアバッグ弾?」

「飛び降り自殺をしようとしている奴をマットで受け止める作戦があるだろ?」

「あの数人で抱えて落下地点で待ち構えるやつ?」

「そう、それだ」

 昔、消防とかの特集で見た気がする。

 だけど最近見ない気がする。あれって今も使われているのか?

「あのマット――むしろエアバッグを砲弾に詰め込んで、それを落下地点に撃ち込んで使おうって考えで作られたのがクッション弾だ」

 おぉ!

 その……ハイテクって感じだな。

 従来型のマットでは展開できない狭い場所にも使えるとか、落下地点が急に変わっても照準しなおすだけで対応できる。とかの特徴を三間坂さんが語っていく。

 なんというかその……ハイテクだな。

「だけど発射位置の制限はあるぞ」

「屋内からは無理ってやつでしょう?」

 84mm無反動砲は発射の反動を相殺するために砲尾から発射ガスが噴射される。いわゆるクルップ式。

 あれを屋内で発射するなんてバカのすることだ。

「それもあるんだけど、着弾地点に対して砲弾がどの角度で進入するようにって制限があるんだ」

 ……は?

「浅い角度で地面に撃ち込んでも信管が作動しない。仮に作動したとしても慣性が働いて着弾地点からすっ飛んでいってしまう」

「ダメじゃねぇか!」

 なんだよそれ。

 新型の列車を作ったけど、大きすぎて駅にはいりませんでしたってぐらいのマヌケさだ。

「それで使い物にならねぇってことで、ロックオン機能がついた新型が開発されてるらしいけどな」

「新型?」

 そいつも何か欠陥があるんじゃねぇの?

「発射したら上昇してさ、落下地点にほぼ垂直で突入するんだと」

「つまりトップアタック?」

 アタックっていうのか分からないけど。

「まぁそんなところだ。ただ今度は落下高度とか発射距離とかの制約があるって話だけど」

 ほらね。

 もう従来のマットでいいんじゃねぇの?

 使いにくいハイテクよりも、使いやすいローテクだ。

「なんて名前だったっけ。A‐MATエーマットとかB‐MATビーマットとか……」

01式軽対戦車誘導弾軽MATっぽいですね」

「見た目はそっくり――」

《ビ―――――――ッ!》

 ドキリとする警報が会話に割って入る。

『出動指令。延岡市春日町●丁目、イ●ン延岡ショッピングセンター。屋内作戦第二出動』

 またとんでもないところに出動がかかったな。

 俺も休みの日に遊びに行ったりするが、あそこはいつ行っても人ごみだ。

 まったく休みの日くらい家でゆっくりしておけよ。

 それはともかく、どっちの部隊が出動だ?

『出動部隊、特殊1、708空、機動4、延岡1、延岡2』

 1隊の出動だ。

 つまり三間坂さんの出動。彼はこのあとすぐに司令室に行かなければならない。

 話の続きは数時間のお預けだ。

「カール君戻しときますよ」

 俺はケースを持って立ち上がった。

「貸せ。リア充どもを爆破してくる」

「いいわけないでしょ!」

 緊急発進SCRAMBLEの表示板が点灯し、格納庫内にアラートが響き渡った。

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