Ⅻ 魔導師の勧誘(2)

「──よろこべロシナンデス、そなたの仇はちゃんと取ったぞ……ま、修理してまた使うそうなので、そのは後で村の者に返さねばならんがの」


 小屋へと戻ったキホルテス達は、まずロシナンデスの墓前に討ち取った巨人の首──即ち〝風車の軸蓋〟を供え、今は亡き愛馬に本懐を遂げたことを報告する。


「村の人達から飼い葉をもらったから、向こうで食べてね、ロシナンデス……」


 また、サウロも干草を簡素な墓の前に積み上げ、淋しげな眼差しをして主人の愛馬へと語りかける。


「……ところで、僕の造った擬似・・魔法剣の使い勝手はどうだったかな?」


 従者とともに殉職した軍馬の冥福を祈った後、マルクはふと思い出したかのようにそんな質問をキホルテスにぶつけた。


「いやあ、見事な出来にござる! 激しい打ち合いでも刃毀れ一つせぬし、巨人の腕…というか、風車の巨大な羽根だったものもいとも簡単に両断できもうした。いにしえの魔法剣に劣るとはいえ、これほどの剣があれば、それがしは戦場でもまだまだ戦える気がいたしまする!」


 その問いかけに、キホルテスはパッと顔色を明るくすると、いたく満足げにその声を弾ませる。


「それはよかった……でも、それだけで本当に満足かい? もし、本物・・の魔法剣が手に入るんだとしたら?」


 だが、マルクは微笑みをその童顔に湛えたまま、また妙なことをさらっと言い始めた。


「まあ、手に入るものならばそれは欲しいでござるが、埋蔵金以上に見つけるのが困難なのは百も承知にござるよ。さような絵に描いたケーキ・・・を求めるよりも、それがしはこの、マルク殿の与えてくれた素晴らしき剣を頼りとするにござる」


 キホルテスとて、今やその製造技術はすっかり失われ、本物の魔法剣を手に入れるには、遺跡から発掘する以外他に方法のないことはよくわかっている……ゆえに正直なところを口にしつつも、そう返す騎士だったが。


「見つけるんじゃない。造る・・んだよ。僕ら自身の手でね」


 マルクは首を横に振ると、重ねて不可解な言葉を淡々とした口調でキホルテスに述べる。


「ハハハ…またそのような戯言を。魔術師ジョークにござるか? なかなかそれはレベルが高い……え? 本気で言ってるでござるか?」


 最初は冗談かと思うキホルテスであったが、マルクの真顔を見つめると、自身も笑みを消してそう尋ね返す。


「え、だってこの前、マルクさんも本物を造るのは無理だって言ってたじゃないですか? だから旦那さまのブロードソードも擬似・・魔法剣だと……」


 それにはサウロも口を開き、怪訝な表情で俄に慌て出す。


「確かに今はね……かつてはあったその技術が完全に失われてしまった今のこの世界では……じゃあなぜ、魔法剣の製造技術は途絶えてしまったと思う?」


 すると、サウロの言葉を一旦は肯定してみせるも、マルクは意味深長な台詞を独り言のように呟き、今度は彼らになぜか謎かけを始めた。


「なぜ? ……やはり、今とは違う大昔の技術だからでござるか?」


「その技術を伝えていた民族が滅んでしまったから……とか?」


 腕を組んでしばし考えた後、主従は各々にそう答える。


「まあ、二人とも半分は正解かな? ……それはね。プロフェシア教会が異教を認めず、彼らの持っていた高度な魔術ごとその文化を消し去ってしまったからさ」


 その答えに50点の評価を与えると、マルクはさらに話を続けた。


「なのに反面、今や禁書政策なんてものでその魔術を独占し、一部の者しかその恩恵に預かれないばかりか、魔法修士なんていう狭い世界に閉じ込めることで魔術の発展を大いに阻害し続けている……だから、いまだ魔法剣の製造技術を復活させることもできないのさ」


 魔法剣の製造が、現在、失われた技術ロストテクノロジーとなっているその原因を理路整然と説明した後……。


「じつは一つ、君達に言っていなかったことがある……いや、医者なのも魔術師なのも嘘じゃあないんだけどね……僕の本名はマルク・デ・スファラニア。〝新天地〟の海賊さ」


 どういうつもりか? これまた唐突にも、そんな告白をマルクはしてくれたりする。


 新天地……それは、エルドラニアが遥か海の彼方に発見した未知の大陸である。


 その後、エルドラニアは新天地の植民地化を進め、この新たに獲得した広大な領土が、エルドラニア帝国に世界最大の版図と銀などの莫大な富を与えることとなった。


 しかし、ゆえにエルドラニアと覇権を争うアングラント王国やフランクル王国などからの移民はエルドラニアの勢力下で疎外され、食いつめた彼らは生きるために、海賊となってエルドラニアの商船を襲っていたりなんかもするのである。


 この、一見、こどものようにも見える小柄で童顔の旅の医者は、自らをその新天地で暴れ回る海賊の一人だと言い出したのだ。

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