Ⅻ 魔導師の勧誘(3)
「新天地の? では、遠く海の向こうから渡って来た海賊なのでござるか!?」
「え、マルクさんが……海賊!?」
なんの前触れもなくであるが、思わぬその告白に今回も主従二人は信じられないというような顔をして目をまん丸くする。
「ああ、そうさ。こう見えて、一応、自分の船持ってる船長なんだよ? ま、今んとこ正規の船員はまだ一人もいないんだけどね……でだ。この前、僕が魔導書の禁書政策に反対していると言ったのを憶えているかい? そして、そんなものぶっ壊したいとさえ思っていると」
だが、マルクはさらに大法螺吹きにしか聞こえないようなことをつけ加えると、苦笑いを浮かべながら重ねて主従二人に尋ねる。
「……え、ええ。そういえば、そんなこと言ってたような……」
「うむ。言っておったな……」
「僕もこれまで、禁書政策のせいでいろいろと苦しめられてきた身の上でね……だから、僕は海賊としてエルドラニアが新天地経営のために運んでくる希少な魔導書を奪い取り、その写本を作って世にバラ撒こうと考えているのさ……禁書政策をぶっ潰し、誰もが自由に魔導書の力の恩恵に預かれるようにね」
そして、先日のことを思い出しながら頷く二人に、さらにマルクは能弁に自論の演説を続けた。
「誰もが自由に……」
「魔導書の恩恵に預かれる……」
突然の告白の後に始まったなんとも壮大な話に、最早、完全についていけてないキホルテスとサウロは譫言のように呟く。
「もちろん、君達もだ。そうして希少な魔導書をたくさん集め、その中に秘められた魔術の研究を進めていけば、いつか失われた魔法剣製造の技術も復活できるかもしれない……今回の疑似的なものを超える、はるかに強い魔力を込めた本物の魔法剣がね」
「……!」
しかし、次に続けたマルクの言葉に、なぜ彼が突然、自分は海賊であるなどと身の上を打ち明け始めたのか? その理由を二人は理解することとなる。
「ドン・キホルテス、君の望みは火器に対抗できるような
「確かに、それで魔術が発展するのであれば、いずれ本物の魔法剣とて……」
「禁書政策への抵抗……その先に旦那さまと僕の未来も……」
図らずも、騎士の身分を剥奪され、旅をすることとなった自分達の目的と、マルクの明かした彼の野望がここへ来て重なりを見せ始める……擬似的にも実際に魔法剣を作り出した彼の言葉には、確かにそれなりの説得力がある。
「こうして僕が新天地からわざわざエウロパまで帰って来たのにはね、大きくわけて二つの理由がある……一つはやはり禁書政策への抵抗として、世に埋もれている希少な魔導書を探し出して集めるため……もう一つは、こっちの方がメインなんだけど、僕と志を同じくする、僕の船の船員を集めるためさ」
予想もしていなかった展開に、唖然と聞き入る二人を前にしてマルクはまたしても話題を変える。
「大国や教会相手に海賊するとなれば、当然、それ相応の人材が必要だからね。でも、ただ腕っぷしが強かったり、才能があるってだけじゃダメだ……僕と同じような境遇にあり、禁書政策に対する考えを共有してくれるような同志でなくては……」
「同志……」
ここまで聞くと、なぜ、マルクがこんな話を不意にしだしたのか? その理由がなんとなく二人にも見えてくる。
「ドン・キホルテス、それにサウロくん、僕と一緒に海賊をやってみる気はないかい? 今言ったように、僕の目的を果たすことは君達の望みをかなえることにも繋がる。それに、剣の腕の立つ騎士とその従者なんて、ぜひとも欲しい人材だからね」
長々と遠回りをしてきたが、そんな主従の顔を交互に見つめながら、マルクはようやくにしてその真の目的を二人に告げた。
「それに、昔の海賊仲間にも君みたいに古風な甲冑を着た人がいてね。懐かしいっていうか、妙に親近感湧くんで一味に加わってほしいっていうのもあるんだけど……まあ、海賊になるってことは、つまりはお尋ね者の
「…………」
驚くべき話に続く、思いの他のマルクの勧誘に、キホルテスとサウロは茫然と彼の顔を見つめる。
「もし、僕の船に乗ってくれる気があるんなら、年明け4月の新月の夜、エルドラニア最大の港町ガウディールにある宿屋〝宝島亭〟に来てくれないかな? 他にも有望株がいれば声をかけるつもりなんだけど、その日、そこへ集まった者達で新たな海賊団の旗揚げをし、そのまま新天地へ向かう計画になってる」
そして、来たるべき日と約束の場所を口にすると、肩にパンパンに膨らんだ鞄をかけて旅支度を整え始めた。
「それまで、僕はもう少し各地を回って、ゆっくり魔導書と団員探しでもするとしよう……さて、やるべきことは果たした。僕はそろそろここを発つよ」
「……ぬ! もう行くでござるか? 少しぐらい休んでいかれたらどうでこざる?」
「そうですよ。せっかく村にいていいって言われたのに……」
そのまま、また唐突にも別れを切り出すせっかちなマルクに、気を取り戻した主従二人は慌てて彼を引き留めようとする。
「いや、まかりなりにも村の司祭が悪事を働いて殺されたとなれば、領主や教区の司教、異端審判士なんかも出張ってくるだろう。脛に傷を持つ身の上としては、異端の罪で火炙りになる前に早々尻尾を巻いて逃げることにするよ」
だが、冗談めかした口調でそう答えると、すぐにも道のある方へ向けて歩き出してしまう。
「気が向いたらガウディールの港でまた会おう! 君達がこの愉快なくわだてに乗ってくれることを期待しているよ……じゃ、
「…………」
一度だけ振り返り、大きく手を振って立ち去って行くマルクの後姿を、キホルテスとサウロの二人は呆然と眺めながら静かに見送った……。
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