Ⅺ 巨人の正体(3)
さて、それより若干遡ること、外で巨人と対峙するキホルテスはというと……。
「――なんだか気持ち悪いでござるな……」
さらに暴れる腕を短く斬り落とすも、まだうねうねと動き続ける四本の腕を見上げながら、ものすごく嫌そうに顔を
ちなみにもう戦闘はさすがになさそうなので、今はブロードソードを鞘に戻し、兜のバイザーも額に上げて顔を覗かせている。
「…クソオ! オレノウデガァアアアアーッ…!」
また、その傍らでは横になって転がった顔も、いまだうるさく恨み節を喚き叫んでいる。
「ああもう! やかましいでござる! そもそも、なぜ首がとれても動けるでござるか……?」
苛立ちを覚えつつ、それでもなお死なぬ巨人を警戒して監視していたキホルテスだったが。
「……ん!?」
その時、突然巨人の巨体がガタガタと激しく揺れ始めた。
「なっ!? こ、これは夢か幻か……?」
次の瞬間、さらには巨体がぐにゃりと曲がり、いつの間にやら、それは古い石造りの塔へと変貌しているではないか!
……いや、それはただの塔ではない。よく見るとその上方には、木の骨に布を貼った、十字型に組み合わさる羽根が四枚、千切れてずいぶんと短くなった状態でくっ付いている……どうやらそれは、壊れた風車の建物であるらしい。
「……むむ! もしやこれは……」
また、足下に目を向ければ、その羽根の残骸と思しきものが方々に散らばっており、何かを察したキホルテスが振り返ってみると、つい先程まで騒いでいた巨人の頭も、丸い車輪のような木の部材へと変化している……おそらくは風車の軸部分に付いていた蓋であろう。
「そうか……マルク殿の言っていた〝巨人を造り出す〟悪魔の力が解けたのでござるな……あの四つ腕の巨人の正体は、この風車だったでござるか……」
再び振り返り、壊れた風車をもう一度見上げたキホルテスは、自身の斬った巨人の腕と頭がその風車の羽根と軸蓋であったことを――即ち、その風車が巨人に化けていたということをようやくに理解した。
「……おおそうだ! ドゥルジ姫!? 姫はご無事でござるか!?」
ともかくも巨人を退治できたことがわかると、不意にドゥルジ姫のことを思い出してキホルテスは四辻の中心へと走る。
「ドゥルジ姫ぇぇぇ〜っ!」
「騎士さまぁぁぁ〜っ!」
荷車に縛り付けられて乗るドゥルジアーネは、キホルテスの問いかけに自らも声を張り上げて元気に答える……恐怖に憔悴しきってはいるものの、どうやら無事な様子だ。
「ドゥルジ姫、お怪我はないでござるか!?」
傍まで駆け寄ると、腰の短剣を引き抜いて彼女を縛る縄を切り外しながら、心配そうな面持ちでキホルテスは尋ねる。
「は、はい! 大丈夫です。それより、巨人はいったいどこへ……見間違いかもしれませんが、わたしにはまるで、巨人が風車に変わってしまったように見えましたけど……」
対してドゥルジアーネは風車の方を見つめたまま、不思議そうな様子で訊き返してくる。
あれほど濃かった白い霧もいつの間にやら薄らいできており、今はここからでも風車だとよくわかるほどになっている……おそらくはこの朝霧も、秘密の露見を防ぐためにパーネス司祭が造り出していたのであろう。
「いや、見間違いではござらん。だが、巨人が風車に変わったのではなく、
訝しげに小首を傾げるドゥルジアーネに、兜の中の顔に優しげな微笑みを讃えると、冗談めかした口調でキホルテスはそう答えた。
「おお〜い! おつかれさま〜!」
「旦那さま〜! やりましたね〜っ! この風車が巨人だったんですね〜っ!?」
と、その時。壊れた風車の背後からマルクとサウロが顔を出し、こちらに手を振りながらゆっくりと近づいてくる。
「おーう! そのようでござる〜! どおりでこの場所から一歩も動かぬはずだ~っ! で、そっちは黒幕とやらは捕まえたでござるか〜っ!?」
そんな二人にキホルテスも
「さ、姫、こちらへ……」
「あ、ありがとうございます!」
そして、まさに物語の中の貴婦人を救い出した騎士の如く、ドゥルジアーネの手を取って荷車の上から下ろすと、歩いて来るマルク達の方を再び振り返る。
その内にもみるみる朝霧は風に吹かれて四散し、壊れた風車もキホルテスの斬り落としたその部品も、美しく長閑な村の景色もはっきり一望できるまでに視界は回復している。
「今回は見事、巨人に討ち勝つことができたようだね、ドン・キホルテス」
「うむ。すべてはマルク殿のおかげにござる。心より礼を申そう……して、その黒幕とはいったい誰だったでござるか?」
傍まで歩み寄り、彼の働きを称賛するマルクのその言葉に、キホルテスは深々と頭を下げて礼を述べると、やはり気になるそのことについて思い出したように尋ねる。
「それが驚きなんですよ、旦那さま! 巨人が風車だったのにもびっくりでしたけど……百聞は一見にしかず。とにかくちょっと来てみてください!」
すると、マルクよりも早く、やや興奮気味にサウロが口を開き、風車の方へと主人を誘って、今来たばかりなのにまた戻って行こうとする。
「……黒幕? いったいなんのことなんですの?」
意味深なその言葉には助けられたドゥルジアーネもそれまでの恐怖を忘れ、キョトンとした顔で興味を示している。
ふと気づけば、眩い朝の太陽が地平線の彼方で輝きを放ち、そうして四辻の真ん中で談笑する彼らの姿を、その勝利を讃えるかの如く明るく照らし出していた――。
(El Caballero Anticuado Y El Escudero ~時代遅れの騎士…と、その従者~ つづく)
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