Ⅺ 巨人の正体(2)

「魔術師とはいえ所詮は若僧……考えが浅はかだな。ここは我が意のままに操れる巨人の腹の中。そこへのこのこ入ってくるなど自ら喰われに来たようなものだ……悪魔よ! 外のハエは適当にあしらって、こやつらを先に始末せい!」


 そして、パーネス司祭は悪どい笑みにその顔を歪ませると、左手に持った金属円盤ペンタクルを頭上へと掲げ、巨人を造り出したその悪魔に吼えるようにしてそう命じる。


「………………」


 ところが、司祭の言葉に悪魔は応えない……いくら待っても返事はおろか、その狭い円形の室内になんら変化は起きないのだ。


「どうした悪魔よ!? 我が命が聞こえぬか!?」


「浅はかなのはあんたの方だよ、パーネス司祭。どうやらドン・キホルテスを甘く見すぎていたようだね。頼りの悪魔は今現在、そんな適当にあしらえる状況にはないらしいよ?」


 予期せぬ悪魔の反応に少々慌て出す司祭に向かって、マルクは愉悦の笑みを浮かべながら、壁の外側を見つめるようにしてそう嘯いた。


「……ウギャアアアアアーッ…!」


 とその時、外からは巨人のものと思しき断末魔の叫び声が、室内の空気をもビリビリと振動させて響き渡る。


「ほら、あの叫び声が聞こえるろう? 適当にあしらうどころか、そのハエ・・に何かやり返されたようだね」


「バカな! 悪魔の力で魔術武装のなされた巨人だぞ!? この前はあれだけコテンパンにやられていたというのに……非力な一介の騎士に何ができる……」


 明らかに攻撃を食らったことを示すその叫び声に、さすがの司祭も驚きを隠しきれずにいる。


「ドン・キホルテスの剣にはサブノックの要塞化の力が施されているからね。その擬似魔法剣は同じく魔術でなされた武装を無効化する……悪魔の造った巨人なら、その身体を斬り裂くのもわけのないことさ」


「それに旦那さまは非力な騎士などではありません! 〝百刃の騎士〟の異名で呼ばれる、剣をとってはエルドラニア一の…いいえ、エウロパ世界一の最強の騎士です!」


 まるで信じられないという様子のパーネス司祭に、マルクとサウロはそれぞれ自信を持ってそう反論をする。


「さあ、これでわかっただろう? あんたにもう勝ち目はない。手荒な真似をされたくなかったら、おとなしく悪魔を解放して巨人化を解くんだ。でないと悪いが容赦はしないよ? このサウロくんがね」


 いまだ自身の敗北が受け入れられず、呆然と立ち尽くすパーネス司祭に、マルクはサウロを指差しながら改めて降伏を勧告する。


「……え? 私ですか?」


「だからナイフ投げをお願いしたろう? 僕、魔術や医術なら得意なんだけど、ケンカや体を使う仕事はからっきしなんだよ……てことで、あとは任せたよ、サウロくん」


 不意に自分に振られ、時間差で聞き返すサウロに対して、マルクは口元に手を添えると声を潜めて今さらな重要情報を告げる。


「ええぇ〜……」


「フン! たとえ悪魔が使えなくとも、軟弱な若僧二人ごとき如何なるものぞ! それに我にはこの魔導書『ソロモン王の鍵』掲載の、敵の武器に傷つけられることを避ける〝火星第六のペンタクル〟があるからな。貴様らこそ返り討ちにしてくれるわ!」


 眉を「ハ」の字にして困惑の表情を浮かべるサウロの一方、パーネス司祭は傍らに置いてあった鋼鉄製の棍棒メイスを手に持ち、また、懐から先程とは違う金属円盤ペンタクルを取り出して二人に見せつける。


「おお、そうだ! 巨人による悪事はすべて貴様らが仕組んだことにして、外の騎士が仲間割れで貴様らを殺したという筋書きにしよう……だいぶウワサも広まり、聞きつけた領主が討伐の兵を寄こすのも時間の問題。そろそろ足を洗う潮時だったかもしれんし、後始末には一石二鳥だ……」


「またそんな悪巧みを……ハァ…まったく。往生際の悪い神父さまだねえ……」


 さらには今思いついたというように、彼らを殺して罪まで擦りつけようとする極悪司祭に、マルクは呆れ顔で大きな溜息を吐いた。


「いずれにしろ、秘密を知られたからには生かしておけん! さあ、今ここで死にくされえいっ!」


 だが、パーネス司祭はまるでおかまいなく、また、微塵の容赦もするつもりはないらしく、速攻、鋼鉄の棍棒メイスで殴りかかってくる。


「サウロくん!」


「はいっ!」


 重たい棍棒メイスが振り上げられた瞬間、マルクはサウロの名を大声で叫ぶ……すると、咄嗟にサウロは腰のホルダーからマルクの短剣ダガーを引き抜き、それを迫りくる司祭に向けて無意識に投げつけていた。


「……ぐっ!」


 刹那の後、その短剣ダガーは司祭の胸を見事に貫き、みるみる白い祭服は真っ赤な血の色に染まってゆく。 


「……コハっ……な、なぜだ……火星第六のペンタクルが……あるのだぞ……?」


「それも僕が聖別した魔術武器の短剣ダガーだからね。魔術による武装は相殺されるから普通に刺さるよ……いやあ、用心して短剣ダガーをサウロくんに渡しといてよかったよ」


 口からも血を吐き出し、息も切れぎれに唖然と目を見開くパーネス司祭に、マルクは世間話をするかのように平然とそう嘯く。


「す、すみません! 思わず、つい……」


「……まさか……この…我が……こんな…若僧どもに……」


 不可抗力にもやりすぎてしまったと、慌てて謝るサウロを他所よそにして、司祭はその瞳から光を失うと、いまだ信じられないという表情を固めてそのまま息絶えた。


「……! こ、今度はなんですか!?」


 わずかの後、円形の室内がガタガタと激しく揺れ始め、ぐにゃりと空間が歪むような感覚にサウロ達は襲われる。


「……お! 野郎、死にやがったか!? んじゃあ、これで契約は終了だな……ふへぇ…騎士には首と腕を斬り飛ばされるしよう、まったく、ひでぇ目に遭ったぜ……」


 すると、何処からともなく部屋中央の宙空に、子供ほどの身の丈で、尖った角とコウモリの羽、矢印形の尻尾を生やした見るからに〝悪魔〟という存在が、透けたその黒い姿を突然、浮かび上がらせる。


「あ、悪魔……!?」


「君がこれ・・に取り憑いて巨人にしていた悪魔だね? ああ。契約してたパーネス司祭は僕らが始末した。どこの悪魔か知らないけど、ま、そういうことなんでもといた世界へお帰りよ。どうせ教会からも破門されて地獄行きだろうし、なんならパーネスの魂、しらばっくれてもらってったらどうだい?」


 またも目を見張るサウロの傍ら、マルクは人間と話すように笑顔でその存在に語りかけ、なにやら恐ろしいことをさらっと悪魔に吹き込んでいる。


 このマルクという旅の医師…いや、魔術師、カワイイ顔してじつは悪魔以上に悪魔な性格だったりする……。


「え! いいのか? そいつは苦労した甲斐があったってもんだぜ……あんたもどこの誰だか知らねえが、いいアドバイスをありがとよ。んじゃあな、俺は魂みやげに地獄へ帰らせてもらうぜ……」


 マルクの提案にパッと顔色を明るくした悪魔は、いたく上機嫌にそう答えると、高い天井の暗闇に溶け入るようにして消え去っていった。


「ま、マルクさん、いったい何がどうなったんですか?」


「術者が死んで、悪魔による魔術が解けたのさ。巨人ももとの姿に戻ってるはずだよ? ……さてさて、お楽しみの魔導書チェック・・・・・・・といこうじゃないか……」


 今度も一人置いてけぼりのサウロが尋ねると、マルクは淡々とした調子でそう答えながら、司祭の落とした魔導書を拾ってその中身を確認する。


「なんだ、『ホノリウス教皇の魔導書』かぁ……ま、そんな珍しい本でもないし、今回は回収せずに置いてくとするかな……審議の際、悪事の証拠としても必要だろうし……さ、これで一件落着だ。見事、巨人退治を果たした騎士殿を讃えに行こうじゃないか」


 そして、なにやらブツブツと呟きながら魔導書を司祭の手に返すと、代わりに短剣ダガーを胸から抜き取り、サウロを促して入って来たドアをまた潜った――。

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