Ⅸ 魔改造の剣(1)

「――さあ、食べて、食べて!」


 橙色オレンジの暖かな火に照らされる薄暗い小屋の中、竈にかけられた黒い鉄鍋から芳しい香りのするスープを掬い、旅道具に携帯している木の椀へとマルクはそれをよそう。


「では、馳走になるといたそう」


「いただきまーす」


 ゆらゆらと白い湯気の立ち上る椀をそれぞれに受け取り、膨らむ期待とともに木の匙で同時に口へ運ぶ主従だったが。


「…うぐっ!?」


「…ブふっ!」


 二人はその液体を一口含んだ瞬間、目を皿のように見開くと思わず噴き出しそうになる。


「味はどうかな? なかなかうまくできたと思うんだけど」


 ところが、そんな二人の反応とは裏腹に、マルクは自信満々な笑顔を浮かべて感想を求めてくる。


「…ゴクン……な、なんというか、独創的な味ですね……確かに体には良さそうな……」


「…うく……というか異様に苦くはござらぬか? スープというよりも最早、薬草の煎じ薬でござる」


 そのポジティブ過ぎる料理人に対してサウロは遠回しに言葉を選んで食レポをし、遠慮を知らぬキホルテスはどストレートに批判的意見を述べる。


「ええ? そうかなあ? ……うーん。いつも通りの味なんだけどなあ……まあ、昔から仲間・・内でも苦いって言われてたけど……」


 しかし、自分も一口味見したマルクは、その恐ろしいほどの不味さをぜんぜん理解していない様子だ。


 じつはマルク、医者として健康に気をつかうあまりにハーブを大量に入れるため、けっこうな料理音痴なのである。


「ま、まあ、薬だって思って飲めば飲めないことも……旦那さまの怪我にも効きそうですし……でも、明日の朝は私が作りますね……」


 主人の恩人であるし、せっかく作ってくれたのに文句を言うのも悪いので、サウロは最大限のフォローを入れつつ、再びマルクが料理することをさりげなく阻もうとする。


「あ、それより今日は村を廻って〝巨人〟の話を集めてたんですよね? 何かわかりました?」


 そして、今思い出したかの如く、とって付けたように質問をマルクにぶつけ、話題を激苦スープから無理矢理にも逸らそうとした。


「……ん? ああ、それね。いやあ、聞き込みをした成果は充分にあったよ。〝巨人〟の正体がわかったんだ」


 すると、マルクもその話をもとからしたかったらしく、思いの外によい食いつきを見せると、愉悦の笑みを浮かべながらそんなことを言い出す。


「巨人の正体……ですか?」


「正体も何も、巨人は巨人でござろう?」


 だが、彼のその言葉にサウロとキホルテスは、あまりピンとこない様子である。


「いや、考えてもみなよ。〝ラグナロク〟や〝ギガントマキア〟があったような神話の時代ならともかく、今の世にあんな塔みたいにバカでかくて、しかも腕が四本も生えてるなんていう非常識な怪物がほんとにいると思うかい?」


「え? 思うかと言われても、実際、この目で見てますからね……旦那さまなんか闘ってますし……」


「うむ。それがしは派手に殴り飛ばされもうした。それに悪魔がいるのだから、巨人ぐらいいても不思議はなかろう?」


 そんな二人にじれったそうに眉根を寄せ、より丁寧な言葉で改めて言い直すマルクであるが、やはりその真意はよく伝わっていないみたいだ。


 まあ、現にあの巨人を目撃してしまっているし、〝悪魔〟などという不可知の神秘的存在も普通にいる以上、魔術に詳しくない者ならばそれも無理のない話ではあろう。


「そう! そこなんだよ!」


 しかし、マルクはキホルテスの言葉を受けて、我が意を得たりとばかりにその声を弾ませる。


「いいかい? 確かに悪魔はいる。ドラゴンみたいな巨人並に大きいやつもね。でも、悪魔同士ならばいざ知らず、霊体である悪魔は相手に物理的干渉ができないはずなんだ。でも、あの巨人はご存知の通りドン・キホルテスと派手にやり合えた……つまり、霊体ではなく実体があるってことなんだよ!」


「なるほど……それじゃあ、あの巨人はやっぱり人間と同じような生き物なんですか? …いやでも、そうなるとむしろあり得ないっていう話なのか……」


「むむ? ドラゴンも巨人も生き物ではないのでござるか?」


 饒舌なマルクの説明に、現実主義者で利発なサウロはすぐにも言わんとしていることを理解し、一方の騎士道物語を地でいくようなキホルテスはなおも巨人の実在を信じて疑わない様子だ。


「ま、僕がまだ遭遇していないだけで、この広い世界のどこかに存在しているのかもしれないけどね。でも、少なくともあの巨人は生き物でも単なる悪魔や悪霊の類でもない。あれは、ある方法・・・・を使って何者かが造り出したものなんだよ」


「何者かが造り出した!? あんな巨人をですか?」


「なんと! いかなる方法を使えばあのようなものを……それはいったい何者なのでござるか!?」


 毎度のことながら、さらっとしてくれるマルクの予想外の発言に、サウロとキホルテスは一転して驚きの声をあげる。


「まあ、〝悪魔〟ってのは半分当たってはいるんだけどね。僕の推理が当たっているのなら、十中八九、巨人を造りだして操っているのはあいつだ……でも、まだ確証はないし、聞けば闘いに影響があるかもしれない。とりあえず、その時までのお楽しみってことにしておこう」


 だが、マルクはそう口にすると、主従の疑問に対して肝心なところをはぐらかす。


「ドン・キホルテス、とにかく君は巨人との闘いに集中してくれ。それからサウロくん、君にも頼みたいことがある」


「え? 私にですか?」


 そして、キホルテスにそれだけを告げると、さらにサウロにも巨人退治のための役目を与えようとする。


「確か君はナイフの投擲とうてきが得意だと言っていたね?」


「あ、はい。まあ、得意というか、旦那さまに各種刀剣類を投げ渡すことを長年やってましたので、自然とナイフ投げも身についただけのことですが……」


 尋ねるマルクに、先日、世間話の中で言ったことを思い出しながら、サウロは謙遜気味にそう答える。


「これはとなり町の市場で買ったマクロン親方作のものを僕が手慰みに聖別した短剣ダガーだ。魔術の儀式に使ういわゆる〝魔術武器〟っていうやつさ。刀身の神聖文字や魔術記号は僕が書いたものなんで、親方みたいに綺麗じゃあないけどね。そこはまあ、ご愛敬だと思っておくれよ」


 すると、マルクは懐より両刃のナイフを一本取り出し、革製の鞘から抜いてサウロの方に見せるようにした。


 竈でチラチラと揺れる橙色オレンジの火を映すその刀身には、なにやら文字や図形がタガネとヤスリを使って無数に彫り込まれている。


「場合によってはこいつで君に留めを刺してほしいんだ。別に普通のナイフでもいいんだけど、向こうも魔術的防衛を施してるかもしれないから、ま、念のためにこの短剣ダガーを使ってね」


「え!? ……この短剣で……あの巨人をですか?」


 そして、なんとも無茶なことを言うマルクに対して、サウロはその小さな刃を見つめながら、またも驚きの声をあげる。


「なに、巨人自体の相手はドン・キホルテスがしてくれる。巨人の心臓・・を貫くのにはこの短剣で充分だよ……さて、再戦の準備も大詰めだ。夕飯が終わったら、君達は明日に備えてよく休んでおいておくれよ。僕の方は、いよいよ魔法剣の作製に取りかかるとしようじゃないか……モグ…」


 そんなサウロになにやら意味深な言葉を返すと、マルクはニヤリと笑みを浮かべながら、再び苦いハーブスープを旨そうに食べ始めた――。

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