Ⅷ 再戦の支度(3)

 そして、その翌日の朝……。


「――それじゃ、行って参ります」


「うむ。よろしく頼む」


「気をつけてね〜!」


 昨日、となり町サブロゴンザの鍛冶屋へ仕事を依頼しに行った後、一旦、トボーロ村へ戻って来たマルク達であるが、一夜明けるとサウロだけは預けてきた剣と武具を受け取るために再びとなり町へと出立してゆく。


「さてと。それじゃあ、僕もちょっと調べものに行ってくるんで、君はちゃんとおとなしくしてるんだよ? いいね?」


「うむ。わかっておるでござる」


 そのサウロを見送った後、安静にしてるようキホルテスに念を押してから、マルクも農作業小屋を後にして村の中心部の方へと歩き出した。


 まあ、素直に頷きはしているものの、今日もキホルテスは素振りして過ごす気満々であるのだが……。


「よし。まずは現場検証からだな……」


 キホルテスと別れたマルクがまず向かった先は、あの〝供物台〟と呼ばれている巨人への貢物の置かれる四辻だった。


「巨人はこの辺りに現れたはずなんだけど……やっぱり足跡もなんにもないな……」


 四辻の真ん中に立ち、四方を囲む畑地をぐるっと見回してみるが、霧の出ていない晴れた日に見るその景色は、相変わらずの長閑そのものである。


 あれだけの巨人が出現したにも関わらず、巨大な足跡はおろか、その存在を示す痕跡のようなものも何一つ残されてはいない。


 ただ、あるといえばキホルテスと彼の愛馬ロシナンデスの駆け回った跡と、殴り飛ばされ、地面を転がったその名残りだけである……。


「でも、両手剣をへし折って、ドン・キホルテスや愛馬にあれほどの手傷を負わせたことから考えれば、物理攻撃ができるってことだから悪魔や悪霊の類とも思えないし…… いつも濃い霧が出ているというのにも何か理由が…」


 腕を組み、眉根をしかめて独り考え込むマルクだったが、その時、一陣の風が四辻の道をぶわっと勢いよく吹き抜けた。


「うぷ……ん? ……ああ!」


 飛ばされそうになる尖り帽子を片手で押さえ、広いつばの下で目を瞑るマルクであるが、風が通り過ぎて顔を上げた彼は、四辻のすぐ側に立つある建造物・・・・・の存在に今さらながらに気づいた。


 それは、この長閑な風景の中に自然と溶け込み、あまりに当たり前のようにそこにあったために意識していなかったのだ。


「……そうか。そういうことか……つまり、向こうも僕らと同じようなこと・・・・・・・をしてたってわけだ」


 風を受け、ギシギシ…と音を立てるその建造物を頭上に見上げ、マルクは〝巨人〟の正体についてようやく思い至る。


「僕としたことが今まで気づかなかったとはな……でも、となると棚ぼたで僕の目的・・・・も果たせるかもしれないな……こいつはますますおもしろくなってきた!」


 それに気づくと、童顔には似合わぬ不適な笑みをその口元に浮かべ、マルクは独り言を呟きながら、次なる情報収集へ向けて再び歩き出した――。




「――あんた、ほんとにあの騎士達の仲間じゃねえだだか?」


「やだなあ、違いますって。僕は偶然、あの場に居合わせた通りすがりの医者で、医者としては怪我人をほっとくわけにもいかないんで治療してるだけのことです。彼らとはなんの縁もゆかりもない、ただの医者と患者の間柄なんですよぉ」


 村のとある畑の片隅、一服する一人の農夫の前で鞄を拡げ、板切れの上で薬草を調合しながらマルクはそう答える。


 四辻を後にしたマルクが次にしたことは、医者の往診を偽り…というか一応、本当に医者ではあるのだが、そうして村の人々の警戒心を解きつつ、〝巨人〟についての話をもっと詳しく聞いて回ることだった。


 無論、キホルテス達とはぜんぜん親しくないということにして、それをその都度、声を大にして主張している……村を巨人から救おうとしているというのに、どうやらほんっとに村人達から嫌われているらしい……。


「しかし、皆さん大変ですねえ……月に一度の貢物に加えて人身御供まで……巨人が村の娘さんを要求してくるのは前からなんですか?」


 そんな村人に、世間話のていを装ってマルクは聞きづらいことを無遠慮にも尋ねてみる。


「いや、今回ぇが初めてだ。これまでは一度もなかった。いってえどこで巨人に目をつけられたのか……村一番の別嬪だってえのにドゥルジアーネもかわいそうなだ……」


「え? じゃあドゥルジアーネさんが初めてなんですか? それも、いきなり彼女を名指しに? どうして彼女なんでしょう? もしかして、神の言葉を聞くことができる聖女だったり? そうでなくても、なにかそうした不思議な力を以前から持っていたとか?」


 農夫の言葉に、マルクは少し驚きながら、さらにそこを掘り下げるようにして再び質問をぶつける。


「いや、人一倍別嬪なだけで、あとはいたって普通の娘っ子だ。ま、かわいかったから巨人に見初められちまったんでねえか? 美人に生まれるってのも、案外、幸せとは限らねえのかもしれねえな」


 しかし、カマをかけたマルクのその問いを、農夫は大きく首振ってあっさりと否定してみせた。


「なるほど。じゃあ、あくまで俗的な理由からってことか……確か、巨人が現れるようになったのは半年くらい前からだと聞きましたが、その頃、村で何か変わったことはありませんでしたか? あるいは誰か引っ越して来たとか?」


 その答えに難しい顔で考え込んだ後、手では薬草を捏ね繰り回しながら、また違ったことについてマルクは農夫に尋ねる。


「変わったこと? いやあ、別になんもなかったと思うだが……ああ、でも、引っ越して来たっていやあ――」


 通りすがりの余所者がなんとも不躾ぶしつけな質問であるが、〝医者〟という肩書が功を奏してか? 意外やすんなりと包み欠かさずみんな話してくれる。


 そんな感じで、マルクは村の人達の所をあちこち回りながら、〝巨人〟の正体へと繋がる情報を順調に集めていった――。




 そして、その日の夕刻……。


「――うん。いい出来だ。刀身も刃こぼれ一つない。鍛え直してくれたんだね? さすがはマクロン親方だ」


 小屋へ帰って来たサウロから〝ブロードソード〟を受け取ると、その刃根元に刻まれた悪魔の印章シジルを傾きかけた西日にかざし、マルクはその仕上がりにいたく満足げな様子で頷く。


「うむ。盾と甲冑も見事に直っておる! 欲を言えば盾にラマーニャ家の紋章も描き直してもらいたかったが……まあ、贅沢は言うまい」


「すみません。とにかく時間がなかった上に盾の紋章はまた別の職人に頼まなければいけないものでして……」


 また、新品同然に輝く銀色の盾と甲冑をその手に抱き、たいそう悦びながらも少々不満を呈する主人の騎士に対して、従者であるサウロは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪をする。


 ラマーニャ家の紋章である〝交差する剣と横向きの兜〟が描かれていた彼の〝カイトシールド〟は、幾多の戦いで刻まれた凹凸を打ち伸ばされているばかりか、今やツルツルに磨かれて鏡の如くピカピカと光っている。


 まあ、先祖代々の騎士として盾の紋章にこだわるキホルテスの気持ちもわからんではないが、遣いのサウロを責めるのはなんとも酷というものである。


 昨日はロバートに載せて運んで行ったのであるが、今日は一人、市場で背負い籠を買うとその中に入れ、重たい武具一式を徒歩で持ち帰って来たのである。こう見えてサウロ、常に戦場では主人の各種刀剣類を持ち運んでいることもあり、小柄ながらもかなりの力持ちさんなのだ。


「いや、別にそなたを責めているわけではござらぬ。むしろ、長い距離をご苦労であったな。疲れたであろう?さあ、今日はもうゆっくりと休むがよい。夕餉ゆうげの支度も整っておる」


 無論、キホルテスにしても、そんな実直な従者を叱りつけるような極悪主人ではないので、彼に優しく労いの言葉かけると、小屋の奥にある簡易的な竈の方をそのどんぐり眼で指し示す。


「ああ、それじゃあ、みんな集まったところで夕飯にしようか? 今夜は僕が作ったんだ。滋養強壮に効く特製ハーブスープだよ?」


 すると、マルクも持っていた剣をキホルテスに返し、そう口にしながら竈の方へと歩み寄った。


 昨日はドゥルジアーネの差し入れてくれた食料で飢えを凌いだが、それもとっくに食い尽くしてしまった。そこで、情報収集に廻りがてらマルクが芋などを村で買い求め、薬用に持っていたハーブを調味料にそれを料理したのだった。


「ありがとうございます。へえ〜…ハーブのスープですかあ……お医者さんの作ったスープなら確かに健康に良さそうだし楽しみです。私もパン買ってきたのでこれもどうぞ」


 一方、できる・・・従者サウロもとなり町行ったついでにパンを買い求めており、そのこんがりと焼けた丸いパンを籠から取り出すと、三人はあるを尽くしての晩餐をとることにしたのだった……。

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