Ⅸ 魔改造の剣(2)
「――田舎だと、街中と違って儀式をやる場所に困らないからいいよねえ……」
しばらくの後、農作業小屋から少し離れた果樹園の奥、夜の闇に一人立つマルクは、鞄から一枚の大きな布を取り出すと、独り言を呟きながら樹々の間の地面にそれを広げる。
同じく地面に置いた燭台の仄かな灯りに照らしてみると、その布には黒地にとぐろを巻く蛇の同心円と
また、敷いたその布の中央へと踏み入る当のマルクは、羽織ったフード付きマントの左胸に黄金の
「さて、ちゃんと魔法剣を造ってあげなきゃいけないし、今回は一応、本式でやるとするか……」
頭にはいつもの〝ウィッチ・ハット〟を被り、そんな魔術儀式を行うための正装をしたマルクは、魔法円の所定の位置に蝋燭と香炉を置いて燭台から火を移し、甘ったるい煙が立ち込める中で今度は〝ヒソップ(※ヤナギハッカ。ハーブの一種)〟の小枝を手に取ると、それを聖水で満たした壺の中へ浸し、何度か振るって魔法円の上に散水をする……そうして儀式を執り行う〝場〟を浄めているのだ。
「よし! 準備完了っと。んじゃあ、いっちょいきますか……スぅぅぅ〜…」
そして、とぐろを巻く蛇の同心円の真ん中に立つと、マルクは思いっきり息を吸い込み、鞄から取り出したラッパをプゥゥゥゥゥゥ〜っ! …と豪快に吹き鳴らした。
「霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる! 汝、堕落の侯爵サブノック!」
続いて、ラッパを鞄にしまったマルクは替わって右手に
鈍い銀色をした円盤に描かれる〝風見鶏〟みたいな模様の
「… 霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる! 汝、堕落の侯爵サブノック! ……霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命じる! …」
両手を真っ暗な闇に向かってかざしたまま、マルクはその召喚呪を何度となく丁寧に唱え続ける……。
「……霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって……ん? やっとおでましだね」
やがて、唱えることすでに十数回を数えようというその時、何処からか「ヒヒィィィーン…」という馬の
と、その瞬間、魔法円の前方に描かれた〝深緑の円を内包する三角形〟の表面からモクモクと黒い煙が噴き出し始める……それは瞬く間に周囲を覆い尽くし、ついにはその黒煙を掻き分けるようにして、蒼白く醜い馬に跨り、
「やあ、サブノック。この前、
その不気味な馬上の兵士を前にして、マルクは朗らかな笑みを浮かべながら気さくに声をかける。
「ああん? ……ああ、なんだ。誰かと思えばまたあんたかい」
なんとも場違いなその挨拶に、騎馬武者は訝しげに小首を傾げた後、相手がマルクであることを認識すると、拍子抜けしたように獅子頭の兜を脱いでみせた。
すると、その兜の下からは長い銀髪を振り乱し、蒼白い肌をした美麗な女性の顔が意外にも現れる。
だが、見た目は美しい女性であっても、無論、それは人間などではない……魔導書『ゲーティア』に記された、伝説の王ソロモンが使役していたという72柱の悪魔の内の一柱、〝堕落の侯爵サブノック〟なのだ。
「あんた、いつの間にかエウロパに来てたんだね。で、今日はなんの用だい?」
「まあ、いろいろあってね。今回はこの剣を君の力で強化してもらいたいんだ。石造りの要塞並みに頑丈にね」
それでも、やはり悪魔とも思えぬ親しげな調子で尋ねてくるサブノックに、マルクは
このサブノック、大地から城や塔を出現させて要塞化したり、召喚者に武器や使い魔を与える能力を持った悪魔なのだ。また、けして治ることのない傷を与えたり、逆にあらゆる怪我を治すこともできるとされ、人間を石に変える力もあると云われている……。
「たかだか剣一本のためにあたいを呼びだしたのかい? ずいぶんと軽く見られたもんだね……ま、そんなのお安い御用だけど、それには条件があるよ? 望みをかなえる対価として、あんたの魂をいただこうか。魂を渡す契約さえすれば、あんたの望みはなんでも思いのままさ」
マルクの告げる願いごとを耳にすると、召喚した悪魔お決まりの台詞を口にするサブノックだったが。
「……なーんてね。あんたが契約なんてするわけないのは承知の上さ。いやだねえ、まったく。これだからベテランの魔術師は嫌いさね。どうせなら、なんにも知らない
そうした悪魔の甘い誘いに耳を貸さないのはよく存じているらしく、サブノックは甲冑姿で肩を竦めると、ほんと嫌そうな顔で首を横に振ってみせる。
「よくわかってくれてるから話が早くて助かるよ。ま、対価はないけどさ、この剣の持ち主は百戦錬磨の騎士だからね。きっと君が強化した剣でめざましい活躍を見せて、君の名声も世に轟かせてくれるはずさ。ここはそいつを対価代りに、なんとか一つよろしく頼むよ」
対してマルクの方は余裕綽々の笑みを浮かべると、悪魔を
「仕方ないねえ。ま、あんたとは知らない仲じゃないし、お望み通りにしてやるよ。でも、あたいの剣でろくな戦働きしなかったら、そいつの魂もらいに行くからね……」
童顔の若輩にして、どうやら顔馴染みの悪魔も多いらしいベテラン魔術師マルクの依頼に、サブノックは溜息混じりにそう愚痴ってから、彼の持つブロードソードの刀身に指先で静かに触れる。
すると、刄根元に刻まれた悪魔の
「さ、できたよ。これで岩に叩きつけても折れない頑丈さになったし、逆に悪魔の力で武装強化したものでも簡単にぶった斬れるはずさ……じゃ、用が済んだんならあたいは帰るよ? 魂奪えないんじゃ長居してても仕方ないからね」
「ああ、ありがとうサブノック。また何かあったらよろしく頼むよ」
さすがは名だたる高位の悪魔、一瞬にして事を成し終え、つまらなそうに断りを入れる堕落の侯爵サブノックに、マルクは満足げな笑みを浮かべて人と対するが如く礼を述べる。
「ハン! 二度とごめんだね……」
そんなマルクに捨て台詞を吐くと、騎馬武者姿の女悪魔は霧散するようにして暗闇の中へと姿を消した。
「ふぅ……さ、これで巨人との再戦の準備はすべて整った。あとはドン・キホルテス、君の働き次第だ……」
悪魔が去った後、出来上がった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます