Ⅴ 巨人の噂(2)

「――ここが、そのトボーロ村か……」


 旅の商人から話を聞いたキホルテスとサウロは、数日後、さっそくその〝巨人〟が出るとウワサのトボーロ村を訪れていた。


 商人達から聞けたのは、あの席で二人が話していたもの以上のものではなかったが、〝巨人〟が現れるなどとは、まさにいにしえの騎士道物語を彷彿とさせるような話である。


 ついに出会った冒険の臭いがプンプンとする絶好の機会……早々、二人はその村へ直行したというわけだ。


「にしても、とても巨人が出るようには思えぬ長閑さだのう……」


「ええ。間違ってはいないはずなんですが……」


 しかし、いざ来てみれば、どこまでも広がる山一つない平地に灌漑用の水路が縦横無尽に直線を描き、方々で粉挽き用の風車が緩やかにその羽根を回しているという、まさしく低湿地を埋めたてて造られたオランジュラントの穀倉地帯らしい、なんとものんびりとした美しい景色である。恐ろしい〝巨人〟が出るような様子は微塵もない。


「とりあえず、村の中心の方へ行ってみましょう」


 それでも、先ずは住民達から直接話を聞いてみようと二人は村の中心部へと向かう。小さな教会の尖塔が遠くに見えているので、おそらくそこが中心であろう。


「いやあ、なかなかに良い村だのう……」


「はい。気候も穏やかで気持ちいいですねえ……」


 馬とロバの背に揺られ、パカポコ…とゆっくり進んでゆく村内の様子は、やはりすこぶる長閑なものだった。


 畑地を通る田舎道沿いに藁葺き屋根と白い土壁の家々が転々と並び、どこか故郷ラマーニャ領も思い出される、平和そのものといった感じの田舎の村である。


「お! サウロ見よ、第一村人発見だ」


「話を聞いてみましょう……あのお~! すみませえ~ん! ちょっとお話を聞かせてもらえませんかあ~!」


 しばらく行くと、畑を耕している男性が目に入ったので、早々、サウロが声を張り上げてその農夫を道端から呼んでみた。


「……へえ、なんですかいのう?」


「すまぬ。この村に巨人が出ると聞いたのだが…」


 農作業の手を止め、キョトンとした顔で近づいて来た農夫に、今回はキホルテスの方が口を開く。


「…っ! し、知らねえ! おらあ、なんも知らねえだ!」


 ところが、〝巨人〟という言葉を聞いた瞬間、農夫はさっ…とその顔から血の気を失せさせ、明らかに動揺している様子でそれだけを言い残すと、そそくさと畑の奥の方へ立ち去って行ってしまう。


「あ、おい! まだ話が……」


 キホルテスが呼び止めようとするも、まるで聞こえていないかのように振り向こうともしない。


「……ま、他をあたりましょう」


 仕方なく、その農夫に聞くことは諦め、再び歩を進めて行った二人は、次に向こうからやって来る一人の老婆に出会った。


 そこで気を取り直し、再びキホルテスが声をかけるのだったが……。


「ご婦人、ちと訊きたいのだが、この村に巨人が…」


他所者よそものに話すことはなんもねえ! 他所者はとっとと出てってけれ!」


 やはり取り付く島もなく、突然、声を荒げると激しい口調で追い払われてしまう。


 その後も、村人と出くわす度に尋ねてみるのだが、皆、〝巨人〟の名が出た瞬間に態度を一変させ、異口同音に会話を拒絶される有様だ。


 また、中にはこちらの身を案じてくれている様子で……。


「これ以上は関わらねえ方がいいですぜ? それが旦那達の身のためってもんでさあ……」


 と、虚無的ニヒルな笑みを浮かべながら言ってくる者もいたりする。


いずれにしろ、どうやら口に出すのもはばかられるくらいに、この村の者達は〝巨人〟のことを恐れているらしい。


「ダメだ。まるで話にならん……そこまで村人達を恐怖たらしめる〝巨人〟とはいかなるものなのだ?」


「でも、どうやら〝巨人〟と呼ばれるものがいることだけは確かなようですね。ちょうど教会に着きましたし、今度は神父さまに話を聞いてみましょう」


 まったく情報を得られぬまま村の中を徘徊する二人は、気づけば先程、遠目にも見えた小さな教会の傍までやって来ていた。


 だが、少しはまともに取り合ってもらえるかと、その教会の司祭を訪ねてみようと思った時のことだった……。

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