Ⅴ 巨人の噂(1)

「――うーむ……魔法剣はもちろん、冒険に出逢うこともなかなかないのう……」


「それはそうでしょう、旦那さま。冒険が石ころのように落っこちてるわけないですよ」


 広い青空の下、どこまでも荒野に続く長い街道を、馬とロバのくつわを並べて歩み行きながら、ドン・キホルテスとサウロの主従はそんな何気ない会話を長閑に交わす。


 もと所領にして故郷でもあるラマーニャ領を旅立ったドン・キホルテスとサウロの二人は、エルドラニア本国をも飛び出すと、エルドラニアの支配下にある地方や、国王カルロマグノ一世が皇帝も兼ねる神聖イスカンドリア帝国内の領邦国家(※公国のような王国未満の小国)や自由都市などを巡った。


 エルドラニア王国の騎士としての身分は奪われたものの、だからといって敵国に仕えるのはやはり騎士道にもとる行為のように思われたので、できることなら同じ君主カルロマグノの治める他国の権力者に再仕官することをキホルテスは望んだのである。


 しかし、一月ほど旅をしてはいるものの、この旅の目的の一つである〝魔法剣〟を見つけることはなかなかどうしてできなかった。


 まあ、それも当然といえば当然というものであろう……今でも魔導書の魔術を使って悪魔の力を剣に宿し、ある程度の擬似・・魔法剣を造ることは可能であったが、ドン・ハーソンが持つ〝フラガラッハ〟ほどの強力な魔法剣を生み出すことは、この時代においてすでに失われた技術ロスト・テクノロジーとなっているからだ。


 〝フラガラッハ〟のような本物の・・・魔法剣は古代異教の魔術で造られたものなのであるが、エウロパ世界の霊的権威であるプロフェシア教会は異教をけして認めないため、古代イスカンドリア帝国が国教と定めて以降、教圏を広めるにつれて異教を奉じる者達は迫害を受け、その消滅とともに持っていた技術も失われてしまったのである。


 だから、もしもそれを欲するならば、まさしくドン・ハーソンのように古代遺跡を巡り、そこから発掘するような方法でしか今のところ手に入れることはできないのだ。


 また、もう一つの目的、武功を上げ、世に名を知らしめるような冒険に関してもあまりかんばしいとはいえない状況だったりする。


 それでも、峠道で出会った商隊がキホルテスの騎士道をバカにしたために口論となり、襲いかかってきたので全員ぶちのめしたらじつは山賊だったという珍事は一度あったものの、まあ、武功と呼べるようなものはあってもその程度のものであり、恐ろしいドラゴンを退治するだとか、悪い騎士に囚われ、塔に閉じ込められている貴婦人を救い出すだとか、そうした騎士道物語のような類の話はもちろん皆無である。


 しかし、そうして目的を果たせぬまま、悶々とした旅の日々を過ごしていたある日のこと、ついに彼らは望むべき冒険の話に出逢うこととなった……。


「――ああ、そうだ。おもしれえ話聞いたんだけどよお。おまえ、トボーロ村のウワサ知ってるか?」


「トボーロ村のウワサぁ? なんだよ、そのウワサって?」


 神聖イスカンドリア帝国ガルマーナ地方の北東、エルドラニアが領有するオランジュラント地方の街道沿いにある酒場で主従が昼食をとっていると、旅の商人らしき二人の客が語り合う、そんな世間話が聞こえてきた。


「いや、それがさ。トボーロ村で巨人・・を見たってやつがいるんだよ」


「……っ!?」×2


 不意に聞こえてきたいにしえの冒険譚を思わすようなその単語に、名物クロケット(※コロッケ)とフリット(※フライドポテト)の定食を食べていたキホルテスとサウロは、思わずその手を止めて聞き耳を立てる。


「なんでも、やけに霧が深え日にあの辺りを通りかかった行商人がよお、白い霧の中に巨大な人型の怪物がいるのを見ちまったそうなんだよ。しかも、腕が四本もある異形の巨人なんだってよ」


「それ、ほんとかあ? 巨人なんて、昔話じゃあるまいし、風車かなんかを見間違えただけなんじゃねのかあ?」


 主従二人してこっそり聞いていると、まことしやかに語る一人に対し、もう一方ははなから眉唾ものだと疑っている様子だ。


「さあ? 俺も聞いた話だから知らねえけどよお。その巨人を目撃したってやつは命からがら逃げ帰ったものの、それ以降、気が触れちまったって話だぜ?」


「どうにも怪しいなあ……でも、ま、用心に越したこたあねえ。霧の出る日はあの辺りに近づかねのが身のためってもんだな…」


「その話、もっと詳しく聞かせてはくれまいか?」


 半信半疑ながらも話を続けるその商人達に、キホルテスは彼らのテーブルへ歩みよると、我慢できずに声をかけていた――。

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