Ⅱ 昔気質の騎士(2)
そして、翌朝……。
「――
プゥアァァァァ~っ…! とラッパの音が戦場に鳴り響いた後、
「サウロ、参るぞ!」
「はい! 旦那さま!」
その中に、愛馬ロシナンデスを駆るドン・キホルテスと、その背後に乗る従者サウロの姿も見られた。
クロウズヘルムにカイト・シールドまで肩に着けた完全武装のキホルテスに対し、サウロはハーフアーマー(※胴だけを覆う鎧)にモリオン(※つばのある帽子型の当世風兜)だけという軽装だ。
「ハァッ! 行けえ! ロシナンデス!」
敵陣のパイク隊列に向かって一斉に突き進んだ後、100mほど前で急停止すると下馬して射撃を始める
また、そのすぐ後から数十の胸甲とキャバセット(※つばのない帽子型の兜)だけを着けた
「サウロ、ロシナンデスを頼む!」
「はい! 旦那さま!」
先頭を走るドン・キホルテスも下馬すると同時に、馬の脇腹に下げていたツヴァイヘンダーを引き抜くと、愛馬を従者に任せてすぐさま槍襖へと斬り込んでゆく……。
「エルドラニアが騎士、ドン・キホルテス・アルフォンソ・デ・ラマーニャ、参るっ! フンっ…!」
キホルテスが振うツヴァイヘンダーは、突き立てられた鋭利なパイクの穂先を次々とへし折り、事もなげに斬り落としてゆく……柄が長くしなりがあり、斬撃を逃しやすいパイクではあっても、両手剣の大質量を食らってはさすがに無事ではすまされない。
「クソっ! 突け! 突け! 突けえぇぇぇーっ!」
「……フン! ……ハァっ! ……せやっ…!」
無論、敵方もやられてばかりではおらず、その長大な槍を間合いの外から組織だって繰り出し、幾本もの槍先がキホルテスを突き殺そうと襲ってくるが、この古風な出立ちの騎士は驚くほどに強い。逆にその穂先を弾くとともに返す剣で斬り払ってしまう。
騎士道文化を重んじるだけあって、このドン・キホルテスという騎士はべらぼうに剣の腕が立つのだ。
そもそも、起伏に富んだ土地に無数の城郭が点在するエルドラニアでは、フランクル軍などと違って重装騎兵のランス突撃より、剣と盾で武装した歩兵による白兵戦の方が重要視され、それ故に高度な発展を遂げてきた……そうした伝統の中で育ってきた彼の剣技は、無類の強さを誇っていたのである。
「キホルテスの旦那に続けえぇぇぇーっ!」
「これがエルドラニア兵の戦い方だコラぁっ!」
また、彼の後を追って同じ想いの
「どうだ! このやろうっ!」
「せいっ! …うぐっ……ぐあぁぁっ…!」
ただし、キホルテスと同様に見事、パイクの穂先を斬り落とす者もいれば、剣の腕に劣る者は逆に身体を串刺しにされ、哀れ命を落としたりもする……それでも
「うぐ……」
「ぐあっ…!」
その一方で、下馬して射撃する
ところが、彼らを突然の不幸が襲う……。
「パイク隊、伏せろぉぉぉーっ! 小銃隊、放てぇぇぇーい!」
そんな敵将の大声とともに、パイク兵が一斉に低く屈んだかと思うと、 背後に控えていたマスケット銃を持つ投射兵の隊列が、その無数の銃口から同時に火を放ったのである。
「……がっ…!」
「ぐっ……」
「なに……がっ…!」
パン、パン…! と乾いた銃声と白い煙が上がる度に、軽装の
「皆、伏せろ! …うぐっ…!」
慌ててキホルテスは仲間達に注意を促そうと叫ぶが、そんな彼の胸にも一発の銃弾が命中した。
「旦那さまっ! …くっ……ロシナンデス、身を屈めるんだ!」
吹き飛ぶ主人を目の当たりにし、後方で彼の愛馬を預かっていた従者サウロは慌てて駆け寄ろうとするが、飛んでくる無数の銃弾に自身も馬とともに身を屈めざるを得ない。
「……うぐっ……ふぅ~…当世風の鎧のおかげで命拾いしたの……」
ところが、胸に銃弾を受け、派手に背中から地面へ倒れ伏したキホルテスではあったが、わずかの後に何事もなかったかのようにむくりと起き上がる。
従来のプレートアーマーよりも厚さを増し、衝撃を逃す特異な曲線を描くキュイラッサー・アーマーの胴部は、丸い傷こそ残ったものの銃弾の直撃にも耐えられたのだ。
「旦那さま……ハァ…よかったぁ~……」
馬とともに地面に這いつくばるサウロも、それを見てホッと安堵の溜息を吐く。
だが、その一方で、軽装の
「クソっ! 敵も撃ってきやがった……」
「もっと身を低くしろ! 狙い撃ちされないよう一発撃ったら動け!」
また、
「う、うわあぁ! せ、攻めてくるぞお!」
「チッ……一旦、退けえぇぇぇーっ!」
さらには一斉射撃の後、再び立ち上がったパイク隊が穂先を突き出しながら前進を始め、迫り来る針の山の威圧感に
隊列を組んだフランクルの小銃部隊の登場により、一転してエルドラニア軍は劣勢に立たされ、つい先刻とは打って変わって逆に押され始めた……。
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