Ⅲ 遊撃の魔法剣

 一方、盛り返したフランクル軍の側では……。


「――パイク隊、伏せろぉぉぉーっ! 小銃隊、放てぇぇぇーい!」


 パイクに押しやられ、じりじりと戦線を下げるエルドラニア軍に、フランクルは再びパイク隊を屈ませ、後方からマスケット銃の一斉射撃を浴びせようとする。


 だが、その時だった……。 


「ぐあっ…!」


「うぐっ…!」


「ひっ……ぎゃあっ…!」


 そのマスケット銃を構えるフランクルの投射兵達が次々と悲鳴をあげ、パン! パン…! とまばらな発砲音を響かせながら、無駄に銃弾を明後日の方向へと放ち始める……。


「な、なんだ!? この剣は!? うぐあっ…!」


「こ、これは、あ、あの、ウワサに聞く魔法剣…ひぎゃあっ…!」


 見れば、驚くべきことにもフランクル兵の絶叫と血飛沫を派手に撒き散らしながら、くるくると高速回転する一本の剣が小銃隊の中を縦横無尽に飛び交っているではないか!


「フラガラッハっ! 思う存分敵を蹴散らせ!」


 そんな、阿鼻叫喚の地獄と化す小銃隊も、その前に群なすパイクの隊列も越え、倒れ伏すキホルテス達や後退する竜騎兵ドラグーン隊の散開するその戦場の中央……そこには、白馬に跨る美麗な騎士が一人、前方に右手を掲げながらそう叫んでいた。


 胸甲騎兵と同様の出立ちではあるが、被ったクロウズヘルムのバイザーを額に上げ、その整った色白の顔と美しい碧眼を覗かせている……。


 彼の名はドン・ハーソン・デ・テッサリオ……やはりエルドラニア王国の騎士であり、そして、今、フランクルの小銃隊を血祭りにあげているのは彼自慢の愛剣――自らひとりでに鞘走り、宙を舞って敵を斬り裂く魔法剣〝フラガラッハ〟である。


 彼もドン・キホルテス同様、一介の地方騎士階級の出身ではあったが、若い頃に遺跡探訪の旅をしていた途中、古代異教の民ダナーン人の遺跡で〝フラガラッハ〟を手に入れ、家督を継いだ後はこの魔法剣によって幾多の戦功を打ち立て、今では総司令官直属の遊撃隊としてこのように重宝がられている。


「フラガラッハ! 遠慮はいらん。斬って斬って斬りまくれ!」


 ハーソンは馬上よりタクトを振るうかの如く右手を動かし、なおもフランクルの投射兵達を空飛ぶ魔法剣で斬り刻む……高速回転する刃に軽装の兵達は防ぐ術もなく、小銃隊の隊列は時を置かずして崩壊した。


「あれは……ドン・ハーソン殿の魔法剣か! うむ。さすがはドン・ハーソン殿……」 


 その様子を、再びパイク隊列に立ち向かっていたドン・キホルテスも遠目に眺め、銃火器をものともしない彼の魔法剣に羨望の眼差しを向ける。


「な、なんか小銃隊がヤバイことになってるぞ!」


「な、なんだ!? あの空飛んでるやつは!?」


 一方、戻ってフランクル軍の方では背後で起きているその騒動に、前方のパイク隊列にも少なからず動揺が広がり、前進しようとしていた彼らも思わずその足を止めてしまう。


「よし! 今だ! 竜騎兵ドラグーン隊、再突撃ぇぇぇーきっ!」


 その隙をエルドラニア軍の司令官コロネルも見逃さない。すぐさま檄を飛ばすと後退していた竜騎兵ドラグーンの戦線を再び上げさせ、兵達もそれを理解して続々と射撃を再開する。


「うぐっ……!」


「ひ、怯むな! 進め…ぐがっ!」


 その銃弾の雨に再びシュヴァイデン傭兵達も長いパイクの柄とともに倒れ始め、背後で恐慌状態に陥る小銃隊とも相まって、フランクルのパイク隊列もついに崩壊の時を迎えるのだった――。




「――いやあ、いつもながらに大活躍だね、ドン・ハーソンは。遊撃隊などに使うのはもったいない。この戦が終わったら、然るべき地位と職を与えてもっと有効活用しよう」


 ハーソンの投入を機に、そうして自軍が再び盛り返す姿を遠眼鏡で眺め、上機嫌な声の調子で国王カルロマグノは呟く。


「はあ、本当なら彼の魔法剣には頼らず、竜騎兵ドラグーンのみでパイクを撃ち破りたかったのですがな……いずれにしろ、これで敵の防衛線は崩れました。今こそが好機! 胸甲騎兵に突撃の合図を送れ!」


 同じくそのとなりで愛銃の照準器スコープを覗いていた総司令官ゴンザロウも、少々不満足な顔をしながらも戦局を見極め、伝令官にいよいよ主力を動かすよう合図を促す。


「ハッ! かしこまりました!」


 すると再び伝令官は大きな旗を頭上で振り回し、前線にはまたもプッアアアア~ッ…! と大きな突撃ラッパの音が鳴り響く――。




「――胸甲騎兵隊、突撃ぇえええーきっ!」


 本陣からの命を受け、ラッパの音とともに胸甲騎兵隊の指揮官コロネルは手にしたサーベルを前方へと掲げ、マスケット短銃を握った甲冑姿の騎士達が一斉に馬を走らせ始める。


「…ハァ! ……セヤッ! ……これでも食らえ! フランクル野郎!」


「…ハイヤっ! ……鉛の弾をおみまいしてやるぜ!」


 群をなし、疾走する馬に乗ったエルドラニアの胸甲騎兵達は、崩れたパイク隊列の隙間を止まることなく走り抜け、そのまま馬上で狙いを定めると後方の敵兵達に次々と短銃を撃ちかけてゆく……。


「うがっ…!」


「うぐっ…!」


 パイクを持ったシュヴァイデン傭兵も、その背後で小銃を構えていた投射兵達も壊滅状態となり、一発撃ってはまた別の短銃に持ち換えて放つ胸甲騎兵達の連続射撃に、さらに後方で列をなすフランクルの重装騎兵達も続々と落馬しては地面に叩きつけられてゆく……。


「全軍、突っ込めぇぇぇーっ!」


 加えて手持ちの短銃を使い切った騎兵達は、サーベルやブロードソード(※当時主流のレイピアよりも幅広の片手剣)を引き抜いてはそのまま重装騎兵の列に斬り込んでゆき、続いて戦場は大乱戦の様相を見せ始めた。


「戻れ! フラガラッハ! ……ハイヤっ…!」


 遊撃隊であるドン・ハーソンも命じられた小銃隊の撹乱任務を終えると、空飛ぶ魔法剣〝フラガラッハ〟をその手に戻し、自らの白馬を駆ってその乱戦に参加してゆく。


「むむ…こうしてはおれん! サウロ、我らも参るぞ! ロシナンデスとブロードソードをこれへ!」


 一方、胸甲騎兵の突撃を目の当たりにしたドン・キホルテスも、遅れをとらじと従者の名を呼んで愛馬と新たな武器を注文する。


「はい! 旦那さま!」


 その言葉に少し離れた位置にいたサウロはロシナンデスの手綱を引いてキホルテスのもとへと走り、鞍に付けていた幾本もの刀剣類を入れた革袋を取り外すと、中から一本の片手剣を引き抜いて主人に差し出す。


「うむ。ご苦労。さあ、倒れていった仲間達のためにも、ドン・ハーソン殿に負けぬようしかと励まねば……行くぞ! ロシナンデス! ハァッ…!」


 その剣を受け取り、労いの言葉をかけながら代わりにツヴァイヘンダーをサウロに託すと、ドン・キホルテスも愛馬を駆って、大乱戦の中へと斬り込んで行った――。



(El Caballero Anticuado Y El Escudero ~時代遅れの騎士…と、その従者~ つづく)

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