Ⅱ 昔気質の騎士(1)

 わずかに時を戻し、ミラーニャンにおけるエルドラニアとフランクルの開戦前夜のこと……。


「――旦那、ほんとにやるんですかい?」


 夜の闇に包まれた荒野にぽつぽつと橙色オレンジの明かりが灯る中、今回、竜騎兵ドラグーン隊へ編入となったもと・・ツヴァイヘンダー突撃部隊の剣盾兵ロデレロの一人が、彼らの宿営地を訪れた顔馴染みの騎士にそう尋ねる。


「無論だ。重装騎兵による突撃も胸甲騎兵の銃撃に変えられたばかりか、パイクの隊列を破るのまで竜騎兵ドラグーンにとられたとあっては、真の騎士たる者の活躍の場など最早どこにもござらん……騎士たる者、卑怯な銃火器を使うなど言語道断! 騎士道に反する行為というものでござろう!」


 その問いに、当世風のキュイラッサー・アーマーをあえて古風な重装騎兵のようにアレンジして着るその騎士――ドン・キホルテス・アルフォンソ・デ・ラマーニャは、焚火の灯に顔を赤く染めながら、さも当然というように大きく頷いて答える。


「まあ、俺達ゃ旦那と違って騎士階級じゃねえが、それでも剣を振るわねえってのはなんか物足りねえよな……体張らねえ 竜騎兵ドラグーンじゃ特別恩賞も出ねえしよ……」


「ああ、やっぱ命かけねえとな。俺もツヴァイヘンダー突撃なら一発で罰金刑がチャラになるはずだったんだ。だが、これじゃあ戦から帰ってもまだ借金地獄だぜ……」


 ドン・キホルテスの言葉に、小さな焚火を囲む剣盾兵ロデレロ達も騎士道とはまた違った各々の理由から、彼に賛同してうんうんと頷いている。


「うむ。それぞれ立場は違えど、それでこそエルドラニア兵の心意気というものぞ! 命を賭してこその戦働きにござる!」


 それにキホルテスはいたく感じいった様子で、どんぐり眼をキラキラと輝かせながら、高揚した声を高らかに夜の闇へ響かせた。


 この古風な騎士が行おうとしているのは、本来、騎兵であるはずの彼もこの乗馬歩兵の部隊へと紛れ込み、なおかつ、竜騎兵ドラグーンとして銃撃戦をするのではなく、ツヴァイヘンダーを以って敵パイク隊の隊列に斬り込もうというものである。


 もちろん、騎士階級である彼は胸甲騎兵に配属されており、これは明らかな命令違反である。


 だが、古き良き騎士道文化を愛するキホルテスとしては、同じ突撃でもランスではなく、銃器を放ちながら行うそれにどうして我慢がならなかった……火器を使うとはいっても銃撃で出端でばなを挫いた後、敵陣へ突っ込んで乱戦となれば、あとは剣を振るっての近接戦闘となるのであるが、それでも火器を使うことを彼の騎士道精神は良しとしなかったのである。


 故にキホルテスはこの剣盾兵ロデレロの宿営地へこっそりやって来ると、自分も内緒で混ぜてもらうよう頼み込んだのであった。


 もっとも、以前から重装騎兵突撃だけに飽きたらず、こうしてツヴァイヘンダー突撃隊に潜り込んで剣を振うこともしばしばだったので、この隊には顔馴染みの兵達も多く、容易に受け入れてくれるものと考えたのだ。


 しかし、この行動が予想外に大きな影響を及ぼした……彼の計画に賛同し、自らも参加したいという者が続出したのである。


 そこには、こうしたパイク隊列への突撃隊として用いられる人員の種類によるところが大きい……この命を落とす可能性の高い危険な任務を行う者は、当然、通常の兵達より高額な報酬を得ることができたし、その恩賞として罪を減ぜられる者も少なくはなかった。


 そのため、危険な役目ではあってもそれをあえて望む者も多く、竜騎兵ドラグーンへの改編でその特権を奪われることに反発したのである。


「でも、ほんとにいいんですかい? あっしらは別にいいですけど、旦那がんなことしたら、また命令違反でお叱りを受けるんじゃあ……」


 そんな、また違った理由からキホルテスの企てに賛同する者達の中の一人が、逆に改めて正式な騎士である彼に確認をとる。


「なあに、パイクを打ち破り、ちゃんと戦果をあげれば問題はなかろう。むしろその働きにより恩賞に預かれるというものであろう! ワハハハハ…!」 


 だが、キホルテスはどこまでも前向きに、まるで気にも留めていない様子でそう笑い飛ばした。


「サウロの兄ちゃんもそれでいいのかい?」


「ええ。旦那さまは言い出したら聞きませんから。皆さん、どうか旦那さまを仲間に加えてやってください」 


 また、キホルテスのとなりに座る、一緒にやって来た彼の従者――栗毛の髪を坊ちゃん刈りにしたカワイイ顔立ちの少年サウロ・ポンサにも剣盾兵ロデレロは尋ねるが、その従者も最早、諦めてる様子で、自らの主人のことを彼らに頼み込んでいる。


「サウロもこう言ってることだ。それでは皆の衆、明日はよろしく頼む。我らエルドラニアの騎士と剣盾兵ロデレロの心意気、フランクルの者達に…そして、我がエルドラニアの将兵にも見せてくれようぞ!」


「おぉぉぉーっ!」


 従者の言葉を受け、キホルテスが一発ぶつと兵達は手にした酒盃を天に掲げ、こうして彼らは上層部の作戦も意に介さず、あくまで自分達の意地を通すことにしたのだった――。

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