Ⅱ 新時代の戦(2)

 直後、ワァァァァァァーっ…! というときの声とともに、最前列に並んだ騎馬の大群が雪崩れを打ってフランクル軍目がけて駆け出してゆく……わずかの後、ハリネズミの如く鋭いパイクを構えたフランクル軍のシュヴァイデン傭兵隊と、その乗馬歩兵の一団は激突した。


 パン! パン…! という乾いた発砲音とともに白い煙を上げ、下馬した兵達が散弾や小銃を放つ度に、そそり立ったパイクの林が所々倒木するかのようにゆっくりと倒れてゆく……ゴンザロウの考案した竜騎兵ドラグーンを用いる戦法は、どうやら思惑通り成功を見たようである。


「第一撃はなかなかいい調子のようだね」


「おそれいります」


 その様子をカルロマグノも満足げに眺め、ゴンザロウに再び賛辞を贈る。


 だが、エルドラニア側の圧倒的優勢に思われたその戦場の片隅で、ゴンザロウには想定外の事態が発生していた……。


「伝令ぇぇぇ~っ! 竜騎兵ドラグーン隊に編入した一部の歩兵達が、ツヴァイヘンダーを持って斬り込みましたぁぁぁ~っ!」


 突如、前線からの報告を受けた伝令官のそんな声が響き渡る。


「なにっ!? 我が銃を持て!」


 その報告に驚いたゴンザロウが従者に申し付け、望遠鏡型照準器スコープの付いた豪華な金装飾の特注マスケット銃を受け取って戦場を覗えば、確かにエルドラニア兵の一隊が長大な剣を手に突撃し、パイクを突きつけるフランクル勢と激しい乱戦を繰り広げていた。


 ツヴァイへンダーの強烈な一撃で、見事、パイクの穂先を斬り落とす者もいる一方、逆にそのパイクの鋭利な先端に哀れ串刺しとなるような者もいる……まさに文字通りの死闘である。


 もっとも、こうした歩兵の突撃によりパイクの槍襖を食い破ることは、従来行われてきた一般的な戦法なのではあるが、今回、ゴンザロウはそれを意図してはいなかったし、無論、そんな命令を出してもいない。


「これまでツヴァイヘンダー部隊として用いていた剣盾兵ロデレロ(※剣と盾で武装した歩兵)達が竜騎兵ドラグーン隊への編入に反発した模様です! どうやら火器で戦うことが不満だったらしく……」


 状況を照準器スコープで確認するゴンザロウに、伝令官は続けざまそう伝える。


「それに、やはり重騎兵突撃を排したことに不満を持つ騎士が先導したとの報告も。紋章官によりますと、ラマーニャ領主のドン・キホルテス殿と思われるとのことで……」


「なに!? またあのドン・キホルテスか!」


 その名を聞くと、ゴンザロウはマスケット銃を忙しなく動かし、乱戦となる前線に照準器スコープから覗く拡大された丸い視界を走らせる……すると、巨大な両手剣を自在に振り回し、次々とパイクの先をへし折る重武装の騎士を一人見つけた。


 胸甲騎兵同様、頭にはクロウズヘルム、その身にはキュイラッサー・アーマーを纏ってはいるが、さらに籠手と脛当てを追加装備し、肩には〝交差する剣と横向きの兜〟の紋章の描かれたカイトシールド(※逆三角形の騎兵用の盾)まで提げている……まさに古風な中世騎士を思わせる甲冑姿だ。


「ええい! やつは胸甲騎兵の配属であろう!? 初撃は銃でも、乱戦となれば存分に剣を振るえるというものを……」


「誰だい? そのドン・キホルテスというのは?」


 獅子奮迅の闘いを見せるその騎士を照準器スコープ越しに眺め、苦虫を噛み潰したような顔で愚痴を零すゴンザロウに、怪訝な顔でカルロマグノが尋ねる。


「あ、はあ……一地方の小領主で下級の騎士なのですが、剣の腕だけは抜群でして。あらゆる種類の刀剣を自在に扱うことから〝百刃の騎士〟の異名を持つ、それなりの有名人です」


 主君のその問いに、振り返ったゴンザロウは困ったような顔をしてそう説明を加える。


「ほう。それは稀にみる豪の者だねえ」


「いえ、それが……古き良き騎士道文化を重んじるあまり火器を用いる戦闘を良しとせず、竜騎兵ドラグーンと胸甲騎兵を主軸にした新たな軍制も認めず、命令違反を繰り返すことも幾度となく……はっきり言って、時代遅れのお荷物です。いくら剣の腕が立とうとも、これでは兵全体の運用の妨げとなりかねません」


 一見、優れた武人のように聞こえるその人物像にカルロマグノは感心するが、すぐにゴンザロウは大きく首を横に振ってそれを否定する。


「伝令ぇぇぇ~っ! 敵パイク隊の背後に控えていた投射兵が銃撃を開始! ツヴァイヘンダーで斬り込んだ者達に甚大な被害が出ておりまぁぁぁ~す!」


 と、その時、またも伝令官が叫ぶようにして戦場の変化を伝えてくる。


「さらにその銃撃によって竜騎兵ドラグーン隊も苦戦! 進撃の勢いが弱まっております!」


「それ見たことか……しかし、フランクルもマスケット銃の配備を増大させておったようだな……」


 その報告に再び愛銃の照準器スコープを覗いたゴンザロウは、身を屈めた敵パイク兵の隊列の背後で、整然と横一列に並んだ軽装歩兵達の手に持つマスケット銃が、その無数の筒口から一斉に火と白い煙を吐く姿を丸い視界の中に捉える。


 しかも、フランクル投射兵の銃撃はそれに終わらず、一斉射撃の後にすぐさまパイク隊が立ち上がって防壁を築くと、その間に火薬と次弾の装填を済ませ、再びパイク兵を伏せさせるやまたも一斉射撃という動きを一糸乱れず繰り返している。


 そうした組織だった銃撃に、ツヴァイヘンダーを振るう歩兵達は銃弾を食らって次々と倒れ、また、竜騎兵ドラグーン達も敵の弾を避けての射撃戦のため、果敢に撃ち返すもなかなかパイク隊の隊列を崩せずにいた。


 いや、それどころか勢いづいた敵パイク隊は、そのハリネズミの様な穂先を突き出しながら徐々に前進してきている……このまま前進を許せば、射程による竜騎兵ドラグーンの有利性も失われ、彼らも長大なパイクの間合いに捕らえられることになってしまう。


「マズイな。竜騎兵ドラグーン隊の立て直しを図らねば……やむをえん。かくなる上はあの者の力に頼るか……ドン・ハーソンを呼べ!」


 その想定外の事態を受け、黒く太い眉を寄せて険しい表情を作るゴンザロウは、大声を張り上げるとある騎士・・・・の名を呼んだ――。

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