El Caballero Anticuado Y El Escudero ~時代遅れの騎士…とその従者~

平中なごん

Ⅰ 新時代の戦(1)

 聖暦1585年。神聖イスカンドリア帝国北ウィトルスリア地方・ミラーニャン市……。


 かねてより、この複数の都市国家に分かれたウィトルスリア地方の覇権を巡り、エルドラニア王国とフランクル王国は幾度となく激しい戦いを繰り返してきたが、ここにまたフランクル支配下のミラーニャン奪還に預言皇レオポルドゥス十世と組んだエルドラニアが出兵、新たな戦が始まろうとしていた……後に第三次ウィトルスリア戦争と呼ばれるものである。


 この争いのそもそもの発端は、現エルドラニア国王カルロマグノ一世が、その名門ハビヒツブルク家に連なる血筋によって神聖イスカンドリア皇帝にも選出されたことに始まる(皇帝名はカロルスマグヌス五世)……。


 これにより、エルドラニアは神聖イスカンドリア帝国領のガルマーナ地方及びウィトルスリア地方も領有することとなり、フランクルは宿敵エルドラニアに三方を囲まれることとなってしまったのだ。


 そこで、帝国領といえど独立性の高いウィトルスリアに楔を打つべく、フランクル国王フランクルーゼ一世がウィトルスリア支配に乗り出したのであったが、そこにプロフェシア教会の最高権威、預言皇までが絡んでくることとなった。


 この霊的世界の王が住まう預言皇庁からしてウィトルスリアのイスカンドリーア市にあるのだが、さらには現預言皇レオポルドゥス十世がやはりウィトルスリアの都市国家フィレニックを治める有力貴族メディカーメン家の出身であり、一時、フランクルのためにフィレニックを追補されたことがあったりと、かの国とは何かと確執があるのだ。


 こうした列強各国や権力者達の思惑が交錯し、より複雑化したその背景が長きに渡ってウィトルスリアを不毛な戦の場へと変えていたのである……。


「――いやあ、みんな、ご苦労さま」


 両国の大軍勢が対峙するミラーニャン郊外のだだっ広い荒地、小高い丘の上に設けられたエルドラニアの本陣を、若き国王カルロマグノ一世が訪れる。


 金色に輝くフリューテッド・アーマー(※重量軽減と強度補足のためのスリットの入った板金甲冑)をその身に纏い、朗らかな声で労いの言葉をかけるその姿はまさに〝皇帝〟の名に相応しく、生まれながらの帝王たる厳かなオーラを周囲に放っている。


「陛下、ご到着お待ちしておりました。政務にお忙しい中、かような場所にまでわざわざ足をお運びいただき、光栄の極みに存じ上げます」


 その場にいる諸侯達がうやうやしく頭を下げて控える中、総司令官のドン・ゴンザロウ・ヒルナンデス・デ・ゴルゴバが、王の到来を歓迎して挨拶を述べる。


「宿敵フランクルとのミラーニャンをかけた大戦だからね。総大将の王不在というわけにもいくまい……おおぉ、さすがに向こうも気合い入ってるねえ。まるで針の山・・・のようだ」


 ゴンザロウに言葉を返したカルロマグノは、彼方に見えるフランクルの軍勢を遠目に眺め、冗談混じりの口調でそんな感想を述べる。歳はまだ若き王ではあるが、好戦的なエルドラニアの家風として出陣することも多く、もうすでにだいぶ戦慣れしている。


 彼が〝針の山〟と呼んだのは、フランクル軍の前衛に配された数千の歩兵――シュヴァイデン契約同盟国の傭兵が持つ、〝パイク〟と呼ばれる全長4m以上にも達する長大な槍のことである。


 それは騎兵の突撃を阻むための備えなのであるが、その歩兵一人々〃の掲げる大槍の林が、遠くからだとまさに〝針の山〟に見えるのだ。


「フランクルはいつも通りにシュヴァイデン傭兵の槍と重装騎兵の突撃で勝負といったところか……で、ゴンザロウ、あの槍襖やりぶすまをどう突破する? さきのニャンポリーを巡る戦では痛い目にあったからね。やはりツヴァイへンダー(※両手で用いる長大な剣)部隊で隊列を斬り崩すかい?」


 そのセオリー通りに配された敵陣形を望みながら、背後の総司令官に国王カルロマグノは尋ねる。


 当時、パイクによる槍襖を突破するには、ツヴァイへンダーやハルバート(矛・斧・鎚が一体となった長柄兵器)を装備した歩兵がその穂先を斬り落とし、防御力を削ぐのが常であった。


「いえ、パイクへの歩兵の突撃は被害が甚大過ぎます。今回は竜騎兵ドラグーンのみでいこうかと存じます」


竜騎兵ドラグーンのみで? ほぉう…それはまた斬新だね」


 ゴンザロウの返答に、カルロマグノは若干、驚いた顔を見せた後、愉快そうに微笑みを湛える。


 竜騎兵ドラグーン……それは、〝ブランダーバス〟と呼ばれる散弾短銃や、銃身の短いマスケット銃などの火器で武装した乗馬歩兵である。騎兵ではなく、馬で移動をする歩兵であり、下馬して射撃戦を行うのだ。


「そして、竜騎兵ドラグーンの射撃によりパイク隊の隊列が崩れた後、騎馬での突撃も重装騎兵ではなく〝胸甲騎兵〟を用いようと存じます」


 そんな反応を見せる自らの主君に、ゴンザロウはさらに斬新な作戦の説明を続ける。


 胸甲騎兵とは、弾丸にも耐えられるキュイラッサー・アーマー(※分厚くした代わりに重くなり過ぎたため、胴体部と肩・太腿部のみを覆うようにした鎧)のような〝胸甲〟を身に着け、短銃などで武装した騎士である。


 従来、戦の花形である甲冑で重装備をした騎士の戦闘は、ランス(※騎兵用の円錐形の槍)を構えての突撃で敵を殲滅させることを主な役割としていたが、火器の発展に伴って彼らの戦い方に変化が生じていたのである。


「残念ながら重装騎兵では数でも隊列の堅固さでもフランクルに我が国はかないませぬ。しかし、火器による射撃で出端でばなを挫いた後ならば、乱戦に長けた我が軍の方に分がありまする」


「なるほど。大胆にも火器を主軸に据えた戦術か。さすがは大将軍エル・グラン・カピタン、ドン・ゴンザロウだ!」


 銃火器の出現により変わりつつある戦術を、さらにまた一歩進化させようとしている自軍の総司令官に、カルロマグノは感心した様子で賛辞を贈る。


 この黒髪を角刈りにし、太く立派な眉を持つ軍人然りとした中高年の総司令官、じつはエルドラニア軍にも火器とパイクによる方陣形の防御戦術や塹壕を用いた戦法を導入し、大々的な軍制改革を行った革新的な名将であり、世の人々からは〝大将軍エル・グラン・カピタン〟と称される傑物なのだ。


「おそれいります…… さあ、陛下も参られた! 始めるには頃合いであろう! 魔法修士による支援の方はどうだ?」


 主君からお褒めのお言葉を賜ったゴンザロウは謝辞を述べると、傍らに控える副官に魔術的支援の状況について尋ねる。


 魔法修士とは、本来、その所持・使用を禁じられている魔導書グリモリオを用い、この世の森羅万象を司る悪魔デーモンを召喚し、自在に使役する魔術を専門に研究する修道士である。


 庶民には「邪悪で危険な書物」と御禁制にする反面、こうしてプロフェシア教会や各国王権の許可を受けた者にはその使用が許され、その絶大な悪魔の力を独占しているのである。


「すでに儀式は滞りなく済んでおりまする。もっとも、敵も同様と思われますのでいつもながらに相殺そうさいでしょうがな」


 総司令官の質問に、側近の武将は眉を「ハ」の字にすると肩をすくめてそう答える。


 天候を操ったり、兵器を強化したり……世の事象を味方につける悪魔の力は、当然、戦の折にも重宝されているのであるが、大国同士の場合、両陣営双方が最大限にその魔術を用いるため、大概は相殺してやらないのとほぼ同じ状況になるのが常である。


 となれば、けっきょくのところ、あとは現実的な兵力と、そしてその戦術がものをいうこととなる……。


「敵だけに悪魔の加護が味方しなければそれで結構……よし! 突撃準備の合図を送れ!」


 副官の返事を受け、満足げに頷いたゴンザロウは、今度は伝令官の方を振り返って指示を飛ばした。


「ハッ!」


 すると、伝令官はすぐさま大きな旗を天に掲げて左右に振り、丘の下に群れなす軍勢に合図を送る……。


 それに隊列を組んだ軍兵の間には遠目でもわかるくらいにピンと張り詰めた空気が走り、馬のいななきや何かを叫ぶ各隊の指揮官コロネルの声も響いてくる……。


「突然準備、完了しました!」


「よーし! 竜騎兵ドラグーン隊、突撃ぇぇぇぇぇぇーき!」


 やがて、現場より旗信号が返ってくると今度は逆に伝令官がゴンザロウに伝え、彼が振り挙げた手を下ろすと同時に、プゥアアアアァ~…! と突撃ラッパの音がけたたましく周囲に鳴り響いた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る