こちら運命の赤い糸製造工場でございます。

@ramia294

第1話

「私たち少し距離を置いた方が、良いと思うの」


 世間は、クリスマスのイルミネーションに美しく彩られていくのに、僕は、再び、独りになってしまった。


 まだ光を残している冬の空は、どんよりとした灰色。


『そうか、冬の空は灰色か。夏空は、白い雲と青い空だった。確か秋は…』


 ふられる度に、空を見上げて、泣きそうになる自分を慰めていると、僕の天職は、気象予報士かもしれないと、確信する。


 コンビニで、失恋した夜の三種の神器、漫画雑誌と、ポテトチップス、缶ビール適量を買って、アパートに帰った。


 赤と緑のリボンで着飾った、行く先を失った小箱が、散らかった部屋の中で、ポツンと済まなそうに僕を見ている。


「お互い、またまたひとりになりましたね」


 可哀想な姿に、お互い声をかけあう(もちろん小箱は、声をかけてくれない。あくまでも希望)。


 僕は、冷えたビールを取り出し、ポテトチップスを食べながら飲みはじめる。


 漫画雑誌ほどお得な物は、この世には、無いのではないかと、独りで納得して、高名な先生方の絵を眺める。


 大好きな漫画の主人公が、ストーリーとは、無関係に泣いていると思ったら、僕の涙が、重力に負けた様だ。


 普通は、経験が多いほど物事は、平気になっていくのだが、失恋は、経験が多いほど素早く悲しみに襲われる。


 たくさんの経験から導かれた結論。

 もちろん、自慢には、ならない。


 流した涙の分、水分補給をしなければと、胃袋に急がせたビールに、早くも酔い始めたのか、幻覚が見える。


 簡素な部屋。独り寝の安っぽいベッドの上に、とても美しい女性が座っているのだ。背中も綺麗だ。


『そんなに飲んだか?』


 500ミリリットル缶ビールは、無くなってはいない。これなら二日酔いにならず、意識を失えるかもと、残ったビールを飲み干す。


 ベッドの上の女性の姿は、消えない。


「ゴメンね。こちらのミスでした」


 天使の様に美しいその女性は、僕に話しかけた。

 幻聴?

 あと少し。たぶん350ミリリットル一缶で、僕は夢の世界へ旅立てそうだ。


「何度もあなたの心を壊して済みませんでした。私は、運命の赤い糸製造工場所属の天使です。あなたの失恋率が、高過ぎるので、調査に来ました」


 僕は、幻聴まで、失恋の話が聞こえる。天使の様に美しいのではなく、本物の天使らしいが、僕の心の傷に塩を揉み込む様な残酷な発言。

 確かに非人間的。

 追い打ちですか?


「今、あなたの心のシッポを調べさせていただきました。補修跡が見つかりました。思い出しました。おそらく初回の失恋でシッポが折れた方だと思われます。その時の担当だった私の補修ミスでした」


「シッポ?人間にシッポは無い」


「いいえ、肉体にも痕跡はありますよね」


「尾てい骨の事か?」


「はい、そうです。限られた空間に支配される肉体は、退化する必要がありますが、心は退化する必要がありません。だから残っています。私たち天使が、赤い糸を結びつけるには、とても都合がよいので、あなた方のシッポに、赤い糸を結びつけています」


 シッポにもいろんな使い方があると、感心した。幻覚と真面目にお喋りするとは、いよいよ僕もおかしくなったかと思ったが、誰にも見られていないので、酔いつぶれるまでの暇つぶしと幻覚に付き合った。


「シッポが折れるとは、とても酷い失恋だったようですね。まだ不慣れだった私は、気の毒に思って、念入りに継ぎ足したシッポを磨き過ぎ、取り付け方向も間違ったようです」


 さらに、追い打ち。ここで、初めての失恋を思い出す事は、厳禁。

 話題を別方向へ!

 だてに失恋慣れしていません。


「取り付け方向?」


 うん。この方向が良いね。自然な流れ。我ながら素晴らしい気転。


「普通、赤い糸は、引っ張ると締め付ける様に、結びつけます。ほら、恋は、相手が、逃げると、追うと言うでしょう。あなたの場合は、引っ張るとすっぽ抜ける方向に、ついていました」


「すると、僕だけは、どちらかが逃げると、二人の運命を繋ぐ糸が、抜け落ちると言うことですか?」

 

 天使は、頷いた。


「しかも研磨し過ぎてツルツルです。あれでは、エンジェルビミニツイストもエンジェルブレイテッドスプライスでもどんなノットでもすっぽ抜けるでしょう。ふたつ共に結び方の名称です」


「分かります。僕はフライフィッシャーですから」


 両方共に、ダブルラインを作る。つまり、結び付けるのではなくて、出来た輪をシッポに引っ掛けているだけらしい。だから、人間は、くっついたり、離れたり、忙しいのだろう。

 僕のシッポでは、引っ掛けても抜け落ちる。恋の駆け引きは無理だということだ。まあ、相手がいなくなったから、初めから無理だけど。


「ここで修理が出来れば、良いのですが、道具も部品も無いので、私たち天使の工場へご一緒してくださいますか?」


「いいよ」


 答えた瞬間、身体が宙に浮いた。そのまま空を登っていく。

 リアルな夢だ。目覚めたら、ビール会社にお礼をしておこう。

 深深と降る雪空は、ロマンチックだ。しかし、実際に飛ぶと何も見えない。

 サンタクロースさん、雪対策はどうしているの?


「これをお履き下さい」


 翼のある靴。

 雲の上に出ると天使に渡された。足を入れると身体がフンワリ浮いた。


 『ビールだけだったよな?』


 雲の上は、暑くも寒くもなかったが、登ってくるまでは、寒かった。雪も降っていた。

 幻覚は、まだ続く。酔いは、醒めていないようだ。

 こんなに酔えるのか?


 良いビールとは、リアルな夢を与えてくれる物だと知る。


 天使の後に付いて歩く。天使なので背中に翼がある。翼を広げると、背中の大きくあいたセクシー衣装を着ている理由が分かった。

 特に誘っているわけでは、無いらしい。

 気付いて良かった。手痛い失恋のうえ、勘違いで犯罪者になるというのでは、さすがに救われない。


 文字通り飛ぶ様に歩くと、立派な門が見えてきた。

 門に、書かれていた文字は、


『運命の赤い糸製造工場』


 守衛さんは、男型の天使だった。

 僕を連れて来た天使と話をしていると、突然泣き出し、とても丁寧な態度で、僕を迎え入れてくれた。


「あの天使、どうしたのですか?」


「最初は、あなたの背中に翼が無い事を気の毒がっていました。さらに何度も失恋していると話すと、急にあの通り泣き出し、同情すると言って、迎え入れてくれました」


 どうやら、彼はモテない天使。お仲間らしい。

 

 工場長室に案内される。

 工場長の天使の翼は、大きくて立派だった。


『良糸良縁』


 彼女のデスクの背後に額があった。この辺りは人も天使も似たようなものらしい。


「この度は、私たちのミスにより、申し訳ない事をしました」


 部下に責任を押しつけないようだ。この部分は、人間とは違う。それとも僕の上司とは違うだけか…。


「現在あなた用に、シッポをカスタムメイドしています。あまりシッポを折られる方はいませんので、少し時間が掛かります。それまで工場見学でもして、お過ごしください」

 

 安全第一と書かれた大きなパネルがぶら下がった入り口を一歩入ると、たくさんのクモがいた。僕を地上から連れて来た天使がそのまま案内してくれる。


 セントバーナードくらいの大きさは、あろうかというクモが一生懸命糸をお尻から糸を出していた。全てメスだそうだ。


「この工場には、男の天使は、ほとんどいません。彼女たちクモは、男性の視線に慣れていませんので、恥ずかしがっているようです。クモが出した糸を天使たちが巻き取っていきます」


 クモのお嬢様方は、男性の僕に、お尻から糸を出している姿を見られる事は恥ずかしいらしい。

 つぶらな目のまわりは、ほんのり赤くなっていました。

 

 クモが出した糸を大きな金色の糸巻きで、巻き取っていきます。


「糸、透明ですね」


「はい、着色は、次の工程です」


 そのまま工場を進むと、回収された糸巻きは、三カ所の別の部屋に運び込まれた。


 ひとつの部屋では、炎に焼かれていた。


「金色の糸巻きは、炎で焼かれません。これは、情熱の炎です。焼かれた糸は、赤くなります」


 さらに次の部屋に行くと、凍りつくように寒い部屋の暗いプールに糸巻きごと、降ろされました。プールの中には、墨のような漆黒の液体に満たされており、引き上げられた糸は、黒く染められていました。


「このプールには、嫉妬の水が湛えられていて、浸された糸は、黒くなります」


 次の部屋では、雲が、浮いていました。雲の中には、たくさんの雷が轟音と共に絶えず光っています。糸巻きは雷に焼かれて、糸は黄色に変わりました。


「あの雲は、独占欲の雷雲です。糸は、黄色に染められます」


 次の工程では、三種の糸が、撚り合わせられ、一本の赤い糸になりました。


 銀色の糸巻きに巻き取られた赤い糸。

 意外に怖い赤い糸。


「工場見学は、これで終わりです。部品が出来た頃ですから、治療室に行きましょう」


 心のシッポの修理は、簡単だった。痛みなんてもちろん無く、五分と掛からなかった。


 治療室の隣から、怒号が飛び交っているのが聞こえる。


「お隣は?」


 僕を工場に連れて来た天使が、治療をチェックしている。


「大丈夫そうね。さすがに医療天使だわ。綺麗で正確。お隣ですか?調査部ですよ」


 シッポの修理が済み、余裕が出て来たのだろう。初めて気付いたが、この天使は、完璧な美を持つ天使の中では、少数派の可愛い系だ。

 僕の好みのタイプだ。


「調査部?」


「はい。なるべく希望に沿えるよう、人間の好みを調査するため地上に天使を派遣しています。その天使が集めた情報を集約、解析する部署です」

 

 隣から、怒鳴る声が聞こえる。


「最近では、ゲームキャラなどのバーチャルな存在と本当に結ばれたいと考える人が、多くて困りものです。おそらくお隣の部署が、現在、最も過酷かと思われます」


「もう数年、待ってもらえれば、バーチャルの世界が、もっと進化して、そういう世界になるかも。そう言えば、守衛さんを見て思ったのですが、天使にもシッポがあるの?天使同士は、何処に赤い糸を結びつけるのかな?」


「天使には、シッポは無いの。でも神様がくれた智恵の実がなる小さな木があるから、その枝に結びつけるの」


「見えませんが」


「ちょっと待ってね」


 天使は、僕の目にキスをした。

 ドキッとした。


「これで見えるかしら」


 確かに金色の実を持つ小さな木が、見える。


「そう言えば、方向間違いのシッポですが、そんな時は、ネイルノットが良いですよ」


 僕は、フライフィッシャー。釣れた魚の数より、知っている結び方の方が多い。 

 道具が無いので、片方が僕に繋がっている赤い糸を天使の木の枝に、ネイルレスネイルノットで結びつけた。 


    (^^)v


 僕は天界に残りました。

 今、僕は可愛いくて、美しい妻と楽しく暮らしています。仕事もとても人のためになる素晴らしい仕事です。


 地上の天使から、電話がかかって来ました。


「はい、こちら運命の赤い糸製造工場でございます。ご希望のお相手の情報をお送り下さい。希望に沿えるよう、すぐにお調べいたします」


 僕は工場の調査部で働いています。


 天使の妻もニコニコ。

 子供たちも小さな羽が、パタパタ。


 僕たちの暮らす空の上は、いつも晴れています。

 そして、どんな季節も家族は、キラキラ笑顔です。          


(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)


           おわり

 















 






 








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