第2話 始まる

 人と人とが仲良くなるきっかけなんて案外単純なものだ。席替えのくじ引きの番号一つで運命は簡単に変わる。中学2年の5月、たまたま弘樹の隣の席になった。暇な授業中に、ノートに好きなキャラクターのイラストを描いていたら話しかけられた。


「森崎サン、絵うまいね」


 いわゆる「陽キャ」で野球部の弘樹は当時私にとって違う世界の住人だったので、とても驚いた。野球部のマネージャーの美人な彼女がいるイケメンの弘樹が、子どもみたいに短い髪で瓶底メガネのおしゃれに無頓着な私に話しかけた。天変地異でも起こるのかと思った。


 描いていたのは、当時少年誌の看板バトル漫画のサブキャラだった。主人公ベテルギウスの相棒である剣士リゲルは私の最推しだった。


「俺、リゲルが1番好きだわー。森崎サン分かってんね」


 ベテルギウスが圧倒的人気を誇っていた中で、同士を見つけて二重に驚いた。私の漫画オタク仲間ですら大多数がベテルギウス派、たまにライバルキャラを推している女子が数人だった。


「俺さあ、いつも主人公よりその相棒とかライバルのキャラばっかり好きになるんだよね」


 高井君も漫画読むんだ、という言葉を飲み込んだ。そういえば、クラスの男子はいつも雑誌の回し読みをしていたなと思った。


 偏差値が20違うと会話が成立しないだとか、IQが20違うと友人関係は続かないだとか世間は言う。けれども、学生にとってはスクールカーストが2階級違うことの方が大きな溝になりうる。


 ほんの小さなきっかけで、グランドキャニオンすら飛び越えて私たちはよく話すようになった。集めていた少年漫画を貸すようになった。みんなが弘樹と呼んでいるから私も高井君ではなく弘樹と呼ぶようになり、私も春那と呼ばれるようになった。


「春那ってさあ、イラストすごくうまいじゃん?漫画は描かないわけ?」


「描くよ」


 中学生の頃から、インターネットのイラスト・漫画投稿サイトに自作漫画を載せていた。閲覧数もいいね数も全然伸びなかったけれど。オタク仲間の女友達にすら言ってなかったのに、なんで弘樹に正直に言ったのかは、今でも分からない。


「マジで?読みたいんだけど」


「嫌だよ、恥ずかしい」


「絶対馬鹿にしないから!誰にも言わないから!な?俺と春那の仲じゃん?」


 そんな風に言われたら断れるわけがない。弘樹は私以外にも似たようなことを言っているけど、私は弘樹の「お願い」に弱いのかもしれない。ずるいなあと思いつつ、私の漫画を見せた。弘樹は食い入るように漫画を読んだ。


「すっげえ面白い!春那天才だろ!絶対プロになれるって」


 当時の私は、ネットですら感想をもらったことがなくて、初めて褒めてもらった。嘘やお世辞を言わない弘樹が私の漫画を面白いと言ってくれたことが、世界のすべてが鮮やかになるほど嬉しかった。これが、漫画家を目指すきっかけだった。

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