おしまい

おしまい



 わたしとクレア、そしてリリナとユーリィ。4人は、学園にいた。

 鬼霊山きれいざんの冒険を終えて3日が過ぎた、夏休みの真っただ中である。


 休校中の学園に訪れる生徒は少数派なので、校内は静まり返っていた。

 とはいえ、今現在、わたしたちが立っているのは中央棟、学園長室の前である。そこは教員たちの通り道でもあるため、先生とすれ違うことは稀ではなかった。



 用件はただ1つ。先日のクレアの課題を学園長に提出するため。

 夏休みの最中になんて気が早いかもしれないけれど、一刻も早く報告したかったのだ。

 これは特別例であり、学園長と家族みたいな関係のユーリィが、予定を組んでくれたのである。

 

「それじゃあ、入ってもいいかしら?」


 先頭に立つのはクレア。この課題を出されたのは彼女なのだから、当然でもあるけれど。皆の総意で、わたしたちパーティのリーダーでもあった。

 クレアは指示を飛ばすのとかは得意そうだし、まとめ役に適任だと思う。


「どうぞどうぞ、行っちゃってください!」


 リリナが率先そっせんして返事をするが、この風景も最早もはやいつものこと。目に馴染なじんじゃったよ。

 わたしとユーリィも異論はないので、無言で頷いていた。


 クレアが学園長室の扉を開ける。

 中は広々としていた。

 前回通されたのは、この部屋のさらに奥、賓客ひんきゃく用のものだったけれど、今回は別。

 大きな黒檀こくたんの机が目立つ、学園のあるじのための室内だ。

 壁には額縁がくぶちに飾られた、歴代学園長たちがひしめき合っている。この学校の歴史が長いことを如実に物語っていた。


 そして、現代の学園長は机の上で両手を組んで、にっこりと微笑んでいる。

 ――しかし。その隣には。


「え、えぇぇぇぇぇ!? ど、どうして……」


 余りにも衝撃的だったため、わたしは大声を張り上げてしまった。

 学園長の前で、はしたない……って思った頃には時すでに遅し。

 その役割はリリナに譲るべきだった。妹は、だらしなく大口を開けるわたしを見てはゲラゲラと笑っていた。


 ……恥ずかしすぎる。

 でもでも、しかたないじゃない。

 だって、学園長の隣には、赤髪のショートカットを無造作に整えた美女、サラさんが立っているのだから。


「会ってそうそう大声出すとか、やっぱり可愛いな、お前」


 サラさんもリリナみたいにお腹を手で押さえながら、大爆笑している。学園長ですら、芸人の出し物でもたのしんでいるかのように笑みをこぼしていた。

 うぐぐ……わたしだけ晒し者みたいにされて、この場から逃げ去りたいんですけど。


「まぁまぁ。今回はサラちゃん、特別の願いとあって、ここにお呼びしたのですよ、皆さん」


 学園長は穏やかな口調で、ゆっくり告げる。


「特別な願い……?」


 わたしは首をかしげた。

 サラちゃん、って呼び名がおかしかったわけではない。いや。おかしくて笑いたくもなるけど。

 しかしそうではなくって、サラさんはあの鬼霊山の中腹で護衛兵として働く、立派な傭兵だ。

 仕事を放り投げ、山を降りてまでして、わたしたちに何の用があるというのだろうか。そもそも、彼女と別れてからまだ3日しか経ってないし。あの時にでも言ってくれればよかったのではないのか。


 そんな疑問を解消させてくれるのか、学園長は手招きしている。

 わたしたちは呼ばれるがまま、彼女の座る黒檀の机の前にまで進み、4人並んで整列した。


「まずは、クレアさん。課題のクリア、おめでとう。カードを渡してもらってもいいかしら?」


「はい。ありがとうございます」


 学園長はクレアからカードを受け取ると、満足したように顎を引く。

 本来なら、これで用事は終わっていた。サラさんは一体、わたしたちに何をもたらすのだろうか。


「それで……後はサラちゃん、続きをお願いね」


 話を振られたサラさんは、こほん、と咳払いをしてから、わたしたちを順に見つめていった。

 どうやら彼女にも真面目モードは存在するようで、室内にはどこか緊張感が孕み始めている。


「お前らは……このあたしが認めた、一流のパーティだ」


 サラさんはそう切り出した。

 いきなりの褒め言葉に、話の先が見えない。

 わたしたちは、黙ってサラさんの琥珀こはく色の瞳を覗き込んでいた。


「だからだな……お前らには、特別に、授業の免除を許可してもらった」


「はぁっ!?」


 いきなり、何を言い出すんだこの24歳!

 授業の免除、って、わたしが何のために学校に通っていると思っているのよ。

 まだまだ勉強したいこと、たくさんあるんだから。


 野牛のようにいきり立つわたしを制するつもりか、サラさんは手を前に突き出して、いさめてきた。

 黙って聞け、ということらしい。

 わたし、そんなに興奮していたのかな……。 


「ああ、当然、出たい授業は出ていい。だが、お前らはな、見た所、実戦経験が遥かに足りていないと思うんだ。……だから、お前らは授業もいいけれど、魔物討伐などの依頼を意欲的にやって欲しい」


「……なぜ、そのようなことを?」


 わたしたちの代表であるクレアが、聞き返す。彼女の疑問は、全員が共有していることだろう。


「お前らのこと気に入った、って言っただろ? フェミルの森に行くのを、手助けしてやりたいんだ。――だから、あたしもお前らのパーティに入れてくれ。そして、しばらくは実戦経験を指南してやろうと思ってな」


「ええええええええええええ!? サラさん、鬼霊山のお仕事があるじゃないですか!?」


 わたしはまたもや叫んでしまっていた。

 いや。こればっかりは、皆の気持ちの代弁だよ。わたしに非はないはず。

 サラさんは、大仰おおぎょうにうんうん、と頷いていた。


「あの仕事は、やめてきた」


「はっ?」


 綺麗さっぱり、目に一点のくもりもなく、サラさんは言ってのける。

 そこまでして、わたしたちのパーティに加わりたいの!?

 この大人、大丈夫なのかな……。


「だからこれからは、冒険者として仕事をしないといけなくってさ。魔物討伐の依頼をメインに食っていこうと思ってる。どうだ、一緒に実戦経験を鍛えていかないか? 学園長には話をつけてある。お前らの実力なら、授業の免除は構わないそうだ」


 提案としては、魅力的なものだった。

 戦闘員としてならば、サラさんの経験はわたしたちの誰よりも抜きん出ているだろうから。

 それに、出たい授業には出ていい、ってことらしいし。

 しかも、わたしたちには仲間がまだまだ必要なのだ。


 ……サラさんになら、もうちょっと信頼を深めたら、ユーリィのこと、話してもいい気がするし。

 冒険者として一足先にお仕事ができる、っていうのも興味がそそる。


「皆、どうしましょう?」


 クレアはわたしたちを見渡して、意見を求めてきた。彼女の表情からは、賛成なのか反対なのかはみ取れない。


「おや、相談かい。あたしとしては、即断即決で終わると思ってたんだけどな。ま、ゆっくり決めてくれてもいいぜ。あたしはしばらく、学園で寝泊まりしてるからさ」


「わ、わたしはいいと思うよ。特にクレアは、学校で学ぶこと、もうないんでしょ? なら、サラさんの提案、いいと思う」


 わたしがおずおずと、発言する。

 すると、次に声を発したのはユーリィだった。


「エリナさんがそう言うなら、いいんじゃないかしら。サラ先輩も、エリナさんにかかれば、すぐに打ち解けられるでしょうし」


「おっ、2票。先輩っていい響きだねぇ、巨乳のねーちゃん」


 サラさんは、ユーリィの胸元をセクハラじみた目つきで眺めている。今日のユーリィは制服姿だし、お胸の大きさの主張は激しかった。だからといって、いやらしい名前で呼ぶの、どうかと思う。24歳のくせに、人としての観念は大丈夫なのかな……。


「サラちゃん。ユーリィは私の娘です。次に変なことを言ったら学園から追い出しますよ」


「げっ」


 サラさんは学園長ににらまれて、ぴしっと背筋を伸ばした。

 リリナはそれを見てケラケラと笑っている。


「あたしも別にいーよ。賑やかになりそーじゃん、24歳のおねーさんがいるなんて」


 どうやらリリナも賛成。

 残りの意見はクレアだった。

 クレアは全員から視線をそそがれて、一瞬だけたじろいでいる。

 しかし、キリッとした表情に戻ると、サラさんを瞳で射抜いていた。


「私も、実戦は学びたいと思っていたところです。サラさんに指南はお願いしたいですが……」


 クレアはそこで歯切れが悪くなる。

 しかし意を決したのか、再び口を開けた。


「セクハラとかはやめてください。特にエリナに対して」


 きっぱりと、言い放つ。

 あ、やっぱりそこなんだ、クレアが不満なのは。

 サラさんてば、なぜだか知らないけれど、わたしのことを狙ってきているしね……。

 セクハラ、という単語が飛び交い、またもや学園長に睨まれたサラさんは、誤魔化すようにあはは、と笑っていた。


「しない、しない。っていうか、ついでにあたしの彼女も見つけてくれよ。お前らと一緒に行動してたら、それも出来る気がするんだよな」


「へっ、変なこと言わないでくださいよっ!」


 わたしは慌てて口を挟んでいた。

 だって、学園長の前だよ!? 女の子同士で付き合っているパーティだなんて知られたら、まずいかもだし。そもそも、学園長はユーリィのお母さんみたいな存在だしね。気まずすぎる。

 だけど、ユーリィは余裕たっぷり、微笑んでいた。


叔母おば様なら、もう全部知っているわよぉ」


「そうなの!?」


 爆弾発言を投下するユーリィだった。

 ぜんぶ、って何? どれを、どこまで知っている、って言うのよ。

 これは後でユーリィに問い詰めないといけないね……。


「じゃっ、決まりってことでいいかな? 何か良さそうな魔物討伐の仕事を見つけたら、お前らに連絡入れるからさ。派手に暴れまわろうぜ」


 サラさんは大胆不敵、ニカッと笑う。

 またしても、元気な女性がパーティ入りしたね。

 戦力はさらに増強。そして、わたしたちは、これからもっともっと実戦で鍛えられるんだ。


 ニーシャのやしろが、どんどん近くなった気がしていた。

 ……学生兼、冒険者としての、新たなる人生がスタート。それは、余りにも突然のことだった。





「初仕事は、いつになるのかしらね」


 わたしとクレアは自室に戻り、ベッドの上に座って息をついているところだった。

 夏休みの課題を提出しに行っただけなのに、まさか人生の転換てんかんが訪れるとは思わなかったし。

 だけど、クレアも明日からの生活にどこかワクワクしているかのような口ぶりだった。


「冒険者としてのお仕事って、楽しみだよね。にしても、クレアと出会ってから、生活の変化が目まぐるしいよ」


「私もそう思うわ。……でもね、エリナと一緒にいると、すごく楽しい。人生、全てがね」


「それはわたしも。こんなにも楽しくて、夢みたいな生活ができるのは、全部クレアのお陰だよ。ありがと」


 クレアは、ふっ、と目を細めて微笑する。そして、胸元に垂れた銀の髪を肩にかけた。その仕草に目が離せないほどドキドキとしてしまう。

 クレアは、ほんとーに綺麗なんだから。

 まるで時でも奪われてしまったかのように、クレアを眺めてしまっていた。

 

「ねぇ、エリナ」


 クレアが目線を横に向けながら、声をかけてくる。

 わたしはそれに釣られて、左を向こうとした。


 その瞬間。

 わたしはクレアに、時間だけでなく、唇までも奪われてしまうのだった。


 不意打ちのキス。

 クレアにされるがまま、唇を唇でぷにぷに触れられていた。


 ……キスは何度も何度もしているけれど、未だにちょっとは照れちゃうね。だって今は真っ昼間だし、クレアの顔がよく見えるんだもん。

 彼女はそれで満足していないかのような、悩ましげな表情をしていた。

 しかしながら、考えていることは逆なのか、唇を遠ざける。


「好きよ、エリナ」


 ドキッとする。

 ほんとに、クレアはいつも突然なんだから。ずるいよね。


「わたしだって、好きだよ。……急に、どしたの?」


「……はぁ、私もまだまだよね。サラさんがエリナを狙わないか、心配しっぱなしなのよ」


「あはは、サラさんはセクハラしないって約束してくれたでしょ。それに、わたしだって何かされそうになったら、しっかりと断るし、信じてよね」


「……信じてはいるわ。でも、あの人、少し強引なところありそうだし」


「それは言えてるけど。早くサラさんの恋人、見つけてあげないとね」


「それが一番の解決策ね。でも不思議なことに、エリナと一緒なら、女の子のカップルって、すぐ出来上がるんじゃないかな、って思っているわ」


「えー、なにそれ?」


 わたしは、あはは、とはぐらかすように言った。

 なんだか、あまり深く考えたくなかったのだ。


 だって、わたしは学園に入学してから……クレアとお付き合いするようになって。

 その流れの間にも、クレアに告白しようとする女の子がいっぱい現れたり。

 わたしたちの恋路が学校で噂になってから、誰にもはばまれなかったり。

 それからユーリィに出会って、そのまま迫られたと思ったら、当の彼女はリリナと恋仲になっているし。

 そして、サラさんとも知り合って。あの24歳は、彼女が欲しい、なんて言ってることだし。しかも、それを聞いていた学園長も、別に驚いた様子はなかった。


 ……なんか、わたしの周りって、女の子同士が普通、になってない?

 もしかして、わたしが影響させちゃってるの?

 いや、考えてはダメだ。なんだかこれを認めてしまうと、ドツボにはまる気がした。

 うん。やめとこう。

 そんな変な才能、あるわけないよね、きっと。


「ね、エリナ」


 わたしが脳内でおかしな議会を繰り広げていたら、クレアが声をかけてくれた。

 さすがわたしの恋人。ナイスタイミング。思考の闇をループしないですんだよ。


「結婚したら、えっちなことも、していいかしら?」


「はっ? え? な、何言って……」


 余りにも急激な発言である。

 わたしは当然ながら、頭から湯気を放ちそうだった。

 この手の話題には、うといんだもん……。

 だけどそれは、クレアも同じだったのかもしれない。わたしと同じような顔をしていた。


 クレアってば、大人びて見えたから、えっちなこともまし顔でしてくるものだとばかり思っていたけれど。

 彼女はお金持ちのお嬢様だし、わたしと同レベルに性知識は疎いのかもしれない。

 だから、恐らくこの戦いは互角になることだろう。

 ……わたしは大掛かりないくさのぞむような心持ちになっていた。


「べっ、別に、結婚とかした後じゃなくっても、いいけど……」


 が、覚悟むなしく、語尾はゴニョゴニョとしてしまっていた。もちろん、クレアに伝わるわけもない。


「……やっぱり、まだ緊張しちゃうわね。ね、エリナ。その時まで待っていてくれないかしら。ごめんなさいね、ヘタレな私で」


「い、いえ、クレアがへたれとか、全然そんなことはないと思いますよほんとに。……でも、わたしはいつだっていいからね」


 なんなら、わたしからそのお誘いをしてもいいし。

 だけど、そこはチキンハートなエリナ・アルフィーアである。決戦の日はいつになることやら。クレアの言通り、結婚後、でも不思議はないのかもね。

 

 わたしたちは、不慣れなお見合いでもしているかのように、お互いあわあわとしていた。

 

 恋の経験値はまだまだ足りていない。

 でも、確実に前進している。

 だから今度は、わたしからクレアにキスを送るのだった。


「――んっ」


「愛してるよ、クレア」


「ええ、私も。エリナ」


 夏休み。

 わたしたちは新米冒険者となった。

 それを祝福するかのように、わたしとクレアはいつまでもキスをしていた。




                            学園編~おしまい~

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わたしはへっぽこ魔法使いですが百合の才能はあるようです 百合chu- @natutuki01

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