第十三話ー⑥

 それから一夜が経過して。

 わたしたちが目を覚ましたのはお昼前だった。昨晩は皆して夜ふかしをしていたのだ。

 だって、盛大な宴会がおこなわれていたんだから。

  

 わたしたちはお酒を飲むことができないので、警備の人たちよりかは早めに眠りにいたのだけれども、いかんせん周囲が騒がしすぎた。そのせいで、寝不足気味は否めないね。


 起床した今は、サラさんに連れられて、彼女の部屋に集ったところだった。

 彼女も目の下に大きなくまを作っており、若干二日酔いっぽくも見えるけれど、上機嫌そうだ。

 

 わたしたちはテーブルの周りに着席して、顔を突き合わせている。


「お前らは、もう下山するんだろ?」


「そのつもりです」


 サラさんは確認するように頷くと、ポケットから小さな物を取り出した。


「判を押してやる」


 目的をすっかり忘れていたのか、クレアは、あっ、と小声をあげた後に、学園のカードを差し出す。

 受け取ったサラさんは、カードを前にして、うーん、とうなった。


 その様子に、不安がよぎる。ここにきて、尾を引くものがあるのだろうか。

 視線に気がついたサラさんは、わたしたちを見渡して苦笑した。


「ははは、なに、ただの判でいいのかな、って思ってな。なんせお前らは、デュラハンをたった2人で倒しちまったんだから。……それに、個人的に、お前らパーティのこと、気に入っちまったんだよな」


 サラさんは意味ありげな視線をわたしに向けてくる。

 うぅ、もしかして、まだ狙われていたりするわけ……?

 っていうか、下手をすれば、わたしたち4人の関係は見抜かれている可能性もあるけれど。


「判をもらえれば充分です」


 クレアもサラさんの魔の手を感じ取ったのか、そうでないのか、かしていた。しかしながら、サラさんは難しい顔を崩さない。本当にマイペースなお人だ。


「そうは言ってもな。あたしは最初、お前たちを見た目だけで否定しちまった。こんなに芯のしっかりしていて、強さもあるお前らだ。フェミルの森で、何か成すべきことがあるんだろ?」


「……とても、大切なことです」


 昨日は言いよどんでしまったこと。

 今でも、女の子同士で結婚する、って口には出せないけれど。それでもクレアの口調は力強いものだった。相手の目を見て、大切なことがある、と真っ直ぐにぶつけている。

 サラさんもクレアの意志を受けきったのか、真剣な顔で首を縦に振った。


「いい返事だ。よし、おまけにあたしのメッセージをつけてやる。これを教師たちに見せつけてやれ」


 サラさんは鼻歌まじりに、クレアのカードへ判子を押し、ペンを走らせた。あっさりとメッセージを書き終わった彼女は、クレアにカードを返却する。


 それを受け取ったクレアは、どう反応していいのかわからないのか、眉根を寄せて困ったような顔つきでカードを見つめていた。


"こいつはとても強い。成績に文句なし。サラ・リースレット"


 カード上にしるされたものは、適当に殴り書きされた、文字も内容もいい加減なものだった。

 わたしはそれがおかしくって、噴き出していた。





「それじゃ、教師たちによろしく言っておいてくれ」


「ええ。お世話になりました」


「……それと、だ」


 休憩所を出て、いざ下山、という道まで、サラさんは見送りに来てくれていた。

 彼女はクレアの肩を掴んで、引き止める。


「その可愛い女、大事にしろよ? お前が頼りなかったら、あたしが奪っちまうぞ?」


 にたぁ、っといやしい笑みを浮かべるサラさん。

 それに応じるクレアは、まるで野犬のように牙をむき出し。これまた珍しい表情だった。

 なんか、ごめん、としか言えません。

 でもさ、これって、わたしが悪いわけじゃないでしょ!?

 ってゆーか、どーしてわたしなのよ。似ているリリナだっていいじゃない。

 そんなわたしたちを、ユーリィは遠巻きに、劇でも見ているかのようにたのしんでいた。他人事だと思って、ずるいよ……。


「エリナは絶対に渡しません。例え誰が相手だろうと」


「はいはい、ごちそうさま。あーあ、羨ましいなあ、あたしも昔を思い出しちまったぜ。恋人が欲しくなっちまったよ」


 別れ際に、なんてことを言い出すんだ、この人は。本当に24歳なんだろうか……。

 にしても、やっぱり、わたしたちの関係は筒抜けだったみたいだね。

 過去に何があったか知りませんが、いいお相手を見つけてください、としか言えないよ。


「そんな顔するなよ。いずれまた会おうぜ」


 噛みつきそうな顔のクレアに、サラさんはにかっと笑って、片手をあげる。


「……はい。それでは」


 相変わらず切り替えの早いクレアは、割り切った表情で別れを告げていた。

 わたしを狙っている、という確執かくしつさえなければ、くだけたいい人、っていうポジションに収まりそうなサラさんだった。

 

 なんて、気が抜けそうだけれど、鬼霊山きれいざんの課題はまだ終わったわけではない。

 下山だって魔物の危険はあるわけだし、わたしたちは気を取り直して集中していた。


 だけど。帰りの道は驚くほどにスムーズだった。

 行きの経験がかされていたお陰か、わたしとリリナは後方支援だったけれど、どうにか戦闘をこなせるようにはなっていたのだ。経験って大事なんだね。


 しかし、わたしたち姉妹の支援なんて、気休め程度にしかすぎなかった。

 なぜならば、前を行く2人の美女が、格段に強くなっていたのだから。彼女たちは余りにもあっさりと魔物を処理していた。個人技だけではなく、連携が完全になったクレアとユーリィ。鬼霊山に訪れた時の数倍には力が膨れ上がっていた。


 その背中は、女の子のものなのに、山よりも大きく見えて、何度も何度も見惚れてしまうのだった。

 クレアたちに守られている、ってことがいかに特別なことか、今更ながら理解した気がする。


 そんな鬼霊山の冒険は、山のふもとに降り立つことで終わりを迎えた。


「ふ~、さすがに疲れたね」


 わたしは、1日ぶりの鬼霊山管理所、そのそばで、張り詰めていた空気を解放させていた。

 昼前に出発して、今はもう夜に近い。それでも、行きに使った時間よりは大幅に短縮できている。

 だけど疲労感は大きかった。一泊したとはいっても、2日連続でこの山を往復したのだから。


「今夜はゆっくり休みましょう」


 魔物の出現に神経を使う必要がなくなり、クレアにしがみついても、誰にもとがめられない。わたしは思いっきり、彼女の腕を抱くのだった。


 こうして隣を歩けることが、嬉しい。魔物の巣食う区域では、クレアは前に行ってしまうから。


 わたしたちの後ろでは、リリナも同じようにユーリィとイチャイチャしていた。

 

 今回の旅で、わたしは確かに成長した。

 だけど、デュラハンのような強敵には、一生かかったとしても歯が立たないと思う。

 それほどまで恐ろしい敵を相手にしても、クレアは迷うことなく突き進んだ。わたしの身を真っ先に案じて、叫んでくれた。


 とっても格好良かったなぁ。

 わたしに腕を抱かれているクレアは、お姫様のように綺麗。それでいて、わたしをしっかり護ってくれる騎士のような存在でもある。

 その相反する在り方に、わたしはくすくすと笑っていた。


「どうしたの?」


「クレアのこと、お姫様みたいだな、って思って」


「ふふ、何それ。私にとって、お姫様はエリナよ」


「えっ」


 切り返しの言葉が、強力すぎた。

 わたしは顔を熱くさせて、うつむいてしまう。


 まさか、クレアに"お姫様"なんて言われようとは。

 お金持ちで、生粋のお嬢様であるクレアに"お姫様"、だなんて形容されたら、むずむずとする。素直に喜べばいいものなのか、わたしがお姫様って柄じゃないでしょ、って突っ込んでしまいたいような。わたしは照れ隠しもあってか、後者を選んでしまっていた。


「もー、わたしがお姫様、って冗談もきついよ~」


「冗談なんかではないわ。お姫様抱っこだって、したじゃない。だからエリナはお姫様よ」


 クレアはとんでも理論を展開してくる。

 そういえば、そんなこともあったよね……。


「じゃ、じゃあさ。結婚式の時も、お姫様抱っこ、してよね」


「本当? とびっきりのをプレゼントするわ、楽しみにしていてね」


 わたしは冗談のつもりだったのに、クレアは目をときめかせており、真に受けているようだった。

 そうだった、クレアにこういうジョークは通じないんだったよ。


 わたしは、ふと、とある疑問が浮上してきていた。

 もし、クレアとの結婚が叶ったならば。彼女のご両親に挨拶しに行かないと、だよね?

 ニーシャの社で挙式を上げれば、誰からも祝福される。言い伝え通りならば、クレアの実家に堂々と胸を張ってたずねることが可能だ。

 つまりは、超絶な名家にご挨拶が必要なのである。

 貴族のような家のご両親に挨拶なんて……まだ見ぬ先の光景だけれども、緊張に身がすくんでしまいそうになった。


 わたしが空想の世界に震えていると、クレアは楽しげにくすりと笑っている。


「サラさんも認めてくれたことだし、きっと、結婚はもうすぐよね」


 クレアは自信に満ち溢れる表情だ。

 だから、その空気に感化されてしまう。


「うん。わたしも。もうすぐな気がしてきたよ……」


 月明かりが照らす夜道。2組の恋人は、そびえ立つ山を背景に、寄り添いながら歩いていた。 

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