第十三話ー⑤

 数分が経過しても、心のざわつきは一向に収まらない。

 わたしとリリナは、休憩所の1階を意味もなくウロウロしていた。


 周囲は人の密度が減って、ひっそりとしている。恐らくだけど、大勢の警備の人たちが駆り出され、デュラハン討伐に向かったのだろう。だけど、わたしたちの耳には戦いを知らせる音は伝わってこなかった。

 静けさが、不安を増長させる。


「お姉ちゃん……。やっぱり、外で待っていようよ」


 リリナは待ちきれない、と言わんばかりの表情で訴えてきた。

 いつもならば、それを我慢させるのが姉であるわたしの役目。


「うん……。わたしも、そう思っていたところ」


 しかし、口をいて出た言葉は同意のものだった。

 妹と同じ考えに至っていたのだ。

 大切な人のことを想う気持ちは、2人とも一緒。

 一寸でも近くクレアたちを迎えるべく、わたしたちは休憩所の外へ飛び出した。


 辺りは室内と同様にひっそりとしている。警備の人間も目減りしており、最低限の人数だけがここに残されたようだ。

 綺麗だと思えた夜景ですら、不安の対象でしかない。

 篝火かがりびの炎の揺らめきだけが闇夜を暴き出し、心を正常に保たせてくれる。


 わたしは胸の前で両手をぎゅっと握り、彼女たちが無事でいてくれるよう、必死に念じた。





 祈りを捧げるように、じっとしていて何分が経っただろうか。数時間にも感じられたその時は、騒がしい声によって幕を閉じる。

 それは大事があった時のような緊迫感のあるものではない。安堵あんど混じりの、温かみが伴った賑々にぎにぎしい歓声だった。


 わたしは張り詰めていた何かが一気に溢れ出して、一目散に駆け出していた。

 きっと、クレアたちが無事だったんだ。

 無我夢中で大地を蹴っていると、わたしの横から小さな影が飛び出してくる。

 リリナだ。

 わたしたち姉妹は競争するように闇夜を走っていた。


 リリナのほうが足速いなぁ。

 無事を知らせる喧騒けんそうに安心しきったわたしは、頭の片隅でそんなことを思い浮かべていた。

 

 次第に、警備の人間がぞろぞろと歩いている姿が映ってくる。その誰しもが、嬉しそうに大口を開けて笑っていた。


 何があったんだろ?

 危険な魔物を退治したにしては、いささか大袈裟おおげさな気がした。


 警備隊の最後尾にクレアを見つける。彼女の両隣には、ユーリィとサラさん。

 五体満足だった最愛の人を目にしたわたしは、足をさらに加速させる。


 ――あれ?

 何かが引っかかった気がした。

 原因はすぐにわかる。

 クレアの笑顔だ。


 彼女の笑顔、それ自体はわたしにとっては珍しくもなんともないけれど。だけど今、クレアはユーリィに向けて、心の底からの笑みを向けていた。

 ……わたし以外の人に見せるには、貴重すぎる表情。信頼のあるものにだけ謁見えっけんを許す王女のような、華々くもあり、緩みきった顔でもある。

 

 クレアがユーリィと信頼できる絆を結べた。

 それは喜ぶべきところなんだけど……わたしはちょっとばかり嫉妬していた。

 自分だけの特権だと思っていたのに。こんな状況でねちゃうなんて、わたしって心が狭いのかな……。


 わたしは警備員たちの横を走り抜けながら、もやもやとしていた。

 そのかたわら、俊敏な動きを見せたリリナがユーリィに向かって飛びつく。数歩遅れて、わたしもクレアの腕にしがみついた。


「……おかえりっ」


「ただいま」


 クレアはいつものように、柔らかい手つきで頭を撫でてくれた。

 わたしはクレアの温もりを離したくなくって、彼女の腕を胸に抱え込むようにしていた。


「本当に、心配したんだからね……」


「ごめんね、心配かけさせて。でも、私は何ともないから。ユーリィさんのお陰で、ね」


 わたしがクレアを見上げると、彼女は隣のユーリィにウィンクをしていた。


「ふふ、私も。ナイトさんのお陰で、すんなり戦えたわぁ」


「エリナ、わかるかしら? 私たちならば、どんな敵とでも、どこへでも立ち向かえるわ」


 クレアが視線をわたしに戻すと、銀髪の美女はたくましい顔つきになっていた。

 上位の魔物との、凄絶せいぜつな戦い。それはクレアをさらに成長させたのかもしれない。

 その凛々しい美顔と、彼女が纏う落ち着いた雰囲気が、わたしをドキドキとさせる。

 ……格好良すぎるよ、クレアってば。

 惚れ直した、って言葉を使うならば、こういう時なんだろうね。


 デュラハンとの戦闘は、クレアとユーリィの絆も強めたみたい。

 クレアは強すぎるが故に、肩を並べて戦える人がいなかった。けれど、ともにニーシャの社を目指す仲間であるユーリィが、その役目に適任だったのである。


 ……本当ならば、その位置にはわたしがいたかった。けれども、才能というものは望んだ人間には与えられない。

 だからといって、嘆いているわけではなかった。クレアがわたしを愛してくれているのだから、自分には自分がやれることをするしかない。嫉妬はどうにか、抑え込むことができた。

 すると、隣から大きな笑い声が飛んでくる。


「はははっ、本当に参ったよ、お前らには」


 サラさんは豪快なほど哄笑こうしょうしていた。

 そういえば隣には、ずっとサラさんがいたんだっけ……。

 クレアの腕を抱きしめているのも、きっかりと見られちゃっていた。


「こいつら、あたしたちが到着したときには、デュラハンの野郎を倒してたんだぜ」


「えっ、そうだったの……?」


 わたしが確かめるようにクレアを見やると、彼女は静かに頷く。

 結果論だけど、わたしがサラさんを呼んだことは、徒労に終わったようだ。


「ガキだなんて思ってたけど……あたしが間違っていたよ。才能ってもんは、年齢なんて関係なしに発揮されるもんだ。それをすっかり忘れていたよ。すまなかったな」


 サラさんは、クレアとユーリィを眺めている。サラさんの目つきは、子守をしているようなものではなくなっていた。そこにあるのは、憧憬しょうけいだけだ。


「にしても、デュラハンのやつ、相当なお宝を残していきやがったんだ。今日は寝ないで宴会だぜ」


 サラさんは再び男勝りな笑い声をあげて、ずかずかと前を歩いていった。

 なるほど、だからあんなにも皆して賑やかだったんだね。


 サラさんに認められて、お宝も手に入っての大宴会で、クレアたちも信頼を強めた。

 鬼霊山きれいざんの思い出は、嫌なものから一転して、最高のものに塗り替えられていた。

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