第十三話ー①
13
「じゃ、そろそろ行きましょうか?」
「……うんっ」
わたしは
古びた感じのする木造りの部屋には、小さなベッドが2台、放置されているみたいにして備えられている。奥の扉にはシンプルなバスルーム。それ以外は何もない、簡素な造りだ。学生寮の部屋が、いかに学生を考慮してくれていたのか、今になって身にしみる。
ベッドの
わたしも動きやすい軽装、なるべく肌を隠したシャツにスパッツ姿で、ウェストポーチを腰に巻いていた。
わたしたちは揃って部屋を後にする。
室外には、足を踏み出せばギシッ、と悲鳴をあげる板張りの廊下。向かいには扉があるだけで、右手を向けば階段が顔を覗かせている。左を見ればすぐに突き当たりになっており、小さな建物だ。
わたしは、向かいの扉を遠慮がちに叩いた。
「……反応、ないね」
数秒待っても、物音1つしない扉の奥を
ならば。わたしは、肺に大きく空気を取り込む。
「こらー、リリナ! 起きなさい!」
そして、大気が震えんとばかりにビリビリとするような大声をあげた。おまけとばかりに、扉をドンドンと叩く。
それに呼応して、何か大きな物が転がる音が響いてきた。それからさらに数秒してから、扉が力なく開かれる。
「ふわっ……。お、お姉ちゃん、おはよう」
顔を出したのは、目が半開きのリリナ。セミロングの髪はぼさぼさで、パジャマも乱れている。今の今まで眠っていたみたい。
「おはよう、じゃないでしょ。早起きする、って約束だったじゃない。まったくもー、ユーリィも何で起こしてあげないの」
わたしは小うるさい母親になった気分で、ぷりぷりと説教する。
寝起きで小言を聞かされたリリナは、耳を手で抑えながらしかめ面で
「あらぁ、おふぁよぉ、エリナさん。まだ眠いわぁ……」
ユーリィは朝に弱い。そうだった。すっかりそのことを失念していたよ……。
いまだ夢うつつな2人は、体を絡み合わせて、床にへたり込んでいる。すぐにでも2度寝が始まりそうな雰囲気に、わたしは再び大きな溜息を漏らすのだった。
わたしたちが現在、滞在しているのは冒険者用の宿泊施設だった。
場所は、トールデン地方から遠く離れた、西のキグナス地方。
わたしたちは夏休みに入って1週間を過ごした後、鬼霊山を目指すことになった。
鬼霊山は死の山、という別名が存在する。その理由は、豊富な資源や、貴重な
鬼霊山に住み着くのは、凶悪な魔物。熟練の冒険者でさえ、万全な準備が必要な山である。
しかしながらその一方で、生活苦になった一般人が一攫千金を夢見て、鬼霊山を目指すのだ。
一般人が命を投げ出すのを覚悟で、鬼霊山を登るのである。
そうなってしまった
生活に
交通も不便ではなく、登ろうという気概さえあれば、誰でも立ち寄ることができる。もちろん、山の入口には管理所がある。だけど、それらの目を盗んでまで、入山する者は後を絶たない。
だけどね、決して美味しい話、ではないのだ。非正規のルートで侵入した一般人たちは、休憩所のある中腹でさえ辿り着けないだろうから。休憩所がある、っていうことは、中腹までの開発は進んでいる、ってこと。
にもかかわらず、魔物の数は一向に減っていないらしい。
つまりは、中腹までの資源は取り尽くされ、魔物は変わらず出現する。そんな危険な橋を渡ってまで、上層部を目指さなければ、鉱石を持ち帰ることはできなかった。
それでも金に目がくらんだ人間は、鬼霊山に挑む。そして、日々、屍の山を築き上げている。それこそが、死の山、たる
わたしたちが目指しているのは、上層部ではなくって、山の中腹。
上層を発掘するためのサポート用に建てられた休憩所には、学園の卒業者が住み込みで働いているらしい。クレアの課題は、その人に
こんなに危険な山でも、学園での実力者ならば学生でも中腹までは問題がない、と判断されているらしい。それでも、学園設立以来わずか数人しか挑戦者がいない、といわれているだけあって、鬼霊山の難易度の高さが
わたしたちは宿泊施設に荷物を預けると、各々の装備に身を包んで鬼霊山の
「……あれ、クレア?」
「どうかしたの?」
視線を前へと向ければ、何やら暗い気配を纏っているかのような、岩肌の目立つ山が
だけど、わたしが注目したのは、隣を歩くクレアの腰元だった。その後ろでは、リリナとユーリィが談笑に花を咲かせている。
「その剣、前と違うやつじゃない?」
「ああ、これね」
クレアは、今は布の包から出された、
それはわたしの身長に及ぶほどの長剣であり、
「よく気づいたわね。この前、実家に連絡入れて、買ってもらったのよ。この日のために」
「へ~、そうだったんだ。綺麗な剣だね」
その長剣は剣身を隠しているというのに、不思議な威圧感が発せられているような気がした。わたしのような素人目でもわかる名刀なのかもしれない。
黒塗りの鞘に収まったままのそれは、血に濡れることなんて想像できないほど、造形美も感じられる。
クレアの実家はお金持ちらしいので、相当値が張った代物なのかな。気になったなら、聞かずにはいられないよね。
「いくらくらい、したの?」
「1億くらいだったかしら? 頼んで、適当に見繕ってもらったものだから、値段はあんまり覚えていないわ」
「いっ、いちおく!?」
まるでジュースでも買ったかのようなニュアンスで言ってのけるクレア。
わたしは飛び上がりそうになった。……いや、実際、少しばかり飛び上がっていた。
1億なんて、わたしが生涯賭けたとしても、物の売買には使うことのなさそうな値段である。
クレアってば、どれだけお金持ちなのよ……。この金銭感覚のズレだけは、慣れそうにもない。
「すごいんだね、クレアのお家って。そんなのポンと買ってもらえるなんて」
「そうかしら? 普通だと思うけれど……。ヤポオクで買ったらしいし」
「ヤポオクで!?」
ヤポオクとは、ヤポー商会が開催しているオークションのことである。ヤポオクは庶民に優しくて有名であり、田舎でも気軽に競売に参加できたりもするのだ。それ故に、出品されている商品も生活品などがほとんど。
最近ではモルカリ商会と競い合っているらしい。
まさか、そんなオークションで1億もの名刀が購入できるなんて。
だけどね、これだけは言える。絶対に普通ではない。
そんなクレアと結婚したら――。
玉の
余りにもスケールの離れた現実に、わたしはどうでもいいことを考えているのだった。
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