第十二話ー④

 時刻はけて、今はベッドの中。

 わたしは寝付けそうになかった。

 頭を悩ませそうな問題だったクレアの課題については、解決したといっていいよね。だけど、鬼霊山きれいざんのような危険区域に向かうのだ、緊張がそこなわれた、ってわけではない。


 それとはまた別の問題がわたしを煩悶はんもんさせていた。

 今のわたしと、クレアの関係。

 妹たちの仲をあんなにも見せつけられてしまって、自分たちは本当にこのままでいいのだろうか、って変な意識が目覚めていた。


 隣で横になっているクレアは、物静かでほとんど気配がない。寝息が聞こえてこないところを見ると、眠ってはいないだろうけど。


 真夜中に、同じベッド。はじめはそれだけでドキドキしていたのに、今ではすっかり当たり前。

 だけど今日は、はじめの日、くらいに乙女心をくすぐられていた。妙に隣のクレアを知覚してしまい、興奮が止まらない。


 もちろん、こんな気持ちを抱いているのは、わたしだけ。今日、何があったかなんて、クレアは知るよしもないのだ。

 ……だからこそ、わたしからアクションを起こさない限り、もしかしたら、わたしたちの関係は変わらないのかもしれない。

 そして、それをすべきなのか否か。

 別に、このままでもわたしたちは幸せだし。でもでも、もっと触れ合ったほうが、さらに幸せになれるかも。

 わたしの脳内は、またしても2大勢力が争いを始めようとしていた。


「何か、気になることでもあるの?」


 突然、クレアが耳元にささやいてきた。

 ……彼女には、お見通しだったのかな。わたしってば、隠し事向いてないしね。


「な、なんでもないよ」


 わたしは慌てて否定してしまっていた。それは反射的に、だったのかもしれない。

 だって……えっちなことを期待していたなんて、知られるのは恥ずかしい。いや、本当は知ってもらいたいのかもだけど、やっぱり恥ずかしい。わたしの胸中はそんな複雑な回路をしていた。


「何日、一緒に暮らしていると思っているの? 何もないはず、ないでしょ?」


「う、うん。そうなんだけど……ほんとにね、大したことじゃないから」


 クレアが心配している。

 彼女の心中はわたしにもはっきりと染み込んでくる。だって、クレアの言葉通り、ずっと一緒に過ごしてきた大切な人のことだ。ちょっとした感情の機微きびだって、手にとるようにわかっちゃうよね。


 もしもクレアが、えっちなことをしたいと思ってくれていたら……そんなクレアを見てみたいような、好奇心がそそられる。

 いつも冷静で、行動力があって。たまには可愛い一面もあったりして。

 そのクレアが、えっちなことに興味を示したら、どうなってしまうのだろうか。

 だけど……それをストレートには聞けないよね。


「エリナにとっては大したことじゃないのかもしれないけれど、私にとっては大したことよ。そんな風に悩まれていたら、気になってしまうわ」


「そ、そうだよね、ごめんねっ……。でもね、気にしないでもらえたら……助かる、かも」


「本当に大したことじゃないの?」


「うん。それは約束できるよ!」


 ひたいを突き付けられ、真っ直ぐな瞳をぶつけられると、嘘なんてつけるはずもない。

 こんなふしだらな気持ちを隠しているだなんて、聖職者に懺悔ざんげをしたくなってしまう。クレアの目を見ていると、そんな気にさせられた。


「じゃ、大したことじゃないなら、忘れさせてあげる」


「えっ?」


 わたしの間抜けな声は、クレアの唇によってさまたげられた。


 一瞬後、何をされたのか理解する。


 クレアとのキスは、それだけで充足感が満たされる、至福の時。

 愛しのクレアの台詞通り、わたしの悩みは即座にかき消えて。そして、目の前の彼女のことが、愛おしくてたまらないのだった。

 

 今はこれだけで満足なんだな、って悟る。

 妹たちと比べることなんてない。自分たちは自分たちらしく、愛を育んでいけばいいんだ。

 

「クレア……、ありがと」


「忘れること、できたようね」


 クレアの甘い囁きに酔いしれて、わたしは眠りにつくのだった。

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