第十一話ー⑥

「ニーシャのやしろはね、魔族が建てたものなのよ」


 ユーリィの開口一番、わたしとクレアは顔を見合わせて驚いた。リリナだけは、それがどれほどのことなのか、低俗な頭では理解できないようで、ぼけーっとしている。

 ユーリィは各々おのおのの反応を見て楽しんだ後、再び口を開けた。


「魔族が人間の文化を知って、人間のように幸せな結婚を望んだ。それが発祥と言われているわ。だからこそ、魔物の巣窟であるフェミルの森に建てられてある、ってことよ」


「ちょ、ちょっと待って。ユーリィは、なんでそんなことを知っているの?」


 わたしはそう聞かずにはいられなかった。だって彼女の口ぶりは、まるでニーシャの社の伝承を聞き継いできた、と思わずにはいられないものだ。


「……私の両親がね、そこを目指していたの。お父さんが魔族だったから……詳しく知っていた、ってことね」


 ユーリィは説明を続ける。

 彼女の両親は、魔族と人間。そのどちらからも相容あいいれられない存在になった彼らは、ニーシャの社で婚姻を結んで、万人から受け入れられよう、と思い至ったらしい。

 しかし、ユーリィをすでに身籠みごもっていた母親は、ユーリィを産んで、ある程度の成長を待ってから、伝説の地に向かったという。

 その道程みちのりは危険なものだったため、幼いユーリィはあの館に残された。


 そして……両親が戻ってくることはなかった。

 

 魔族である父親ですら、人間とまじわることによって、同族からもみ嫌われるようになったらしい。だからこそ、フェミルの森を目指す道中、殺戮さつりくに飢える魔物たちの対象になってしまったようだ。

 魔物は、自分らの種族以外と交わるのを忌避きひする傾向にあるようだから。

 ……でも、それは人間にもいえることかもしれないよね。


 魔族ですら、同族からも命を狙われてしまう多種族間での婚姻。それを悲願ひがんした結果、ニーシャの社は生まれたのかもしれない。

 そして、想いがむくわれなかった魂たちによって神格化して、何らかの力を持った伝説の地へ昇華しょうかした。わたしは、なんとなーく、そんな仮説が思い浮かんでいた。


 人類の歴史において、誰もが知り得なかった事実。

 わたしは感動に打ち震えそうだったけど。それでもね、ユーリィの両親が帰ってこれなかった、っていう悲しい現実が添えてあるのだ。素直に喜べはしなかった。


「お話聞かせてくれて、ありがと」


 わたしがお礼を言うと、ユーリィはいいえ、と頭を振った。


「私はね、あんな両親のもとに産まれたから、ずっと1人で生きていくつもりだったわ」


 普段は飄々ひょうひょうとしていて、本心がうかがえないユーリィ。その彼女が発露はつろさせた、強い想い。

 孤独を見据みすえている冷え切った感情だった。


「誰からもうとまれる存在。その象徴みたいな半妖、っていう種族がね、私だったから」


「そ、そんなこと……」


 自嘲のような笑みを浮かべたユーリィに対して、わたしは咄嗟とっさに言葉をかけていた。しかし、続きは飲み込まれる。だって、ユーリィは自身をなげいてるようには見えなかったから。

 あくまで過去の出来事、と割り切れているようだった。


「でもね、私はエリナさんたちに出会って、その考えが変わったのよ」


「わたし……たち?」


 わたしはクレアとユーリィを交互に見比べて、聞き返した。


「人間と魔族……ほどではないけれど、女の子同士で愛を誓う。それって、周りからは受け入れられないようなことじゃない。それでも、あなたたちはひたむきで。とてもいいな、って思ったわ」


 自分たちのことを第三者に評価されて、わたしは照れてしまい、後頭部をぽりぽりとかいていた。


「私は人間と魔族の落とし子として、その不幸な部分しか見ていなかったの。でも、私だって幸せを願ってもいいのかも、ってあなたたちから見出したわ。……そして運命って、あるのかしらね。その妹であるリリナさんに巡り会えて……ニーシャの社へ向かいたくなったわ。私のお母さんたちが叶えることのできなかった幸せ。エリナさんたちと一緒に実現させたいの」


 今までは自分のことを語ろうともしなかったユーリィは、いつになく饒舌じょうぜつだった。

 ようやく、心を許せる人と出会えた、ってことだよね。

 彼女の想いを聞き遂げて、ニーシャの社へ向ける気持ちが、さらに強くなったわたしだった。


 ……ユーリィはその後、女の子を好きだったのは、もともと生まれつきだけどね、と付け加えていた。

 どうやら、山に迷子になっていた女の子に手を出していたこともあるとかなんとか……。リリナが発狂しかけていたので、その話は有耶無耶うやむやになったけれど。

 ユーリィってえっちだったもんね、それで孤独を紛らわせていたのかもしれない。だからこそ、その裏話は冗談に感じ取れなかった。あの性格は元からだったんだね……。

 そんなオチをつけて、リリナカップルは帰っていくのだった。





「……色々あったね、今日」


 時刻は夜。

 わたしはベッドの上に座りながら、呟いた。

 背中はクレアに預けている。わたしの頭を撫でたり、髪の毛をいじっていたクレアは、そうね、と頷く。


 わたしは濃密だった1日を思い返して、今日という日が本当に現実だったのかわからないほど、心がふわふわと浮ついていた。


「結婚、かぁ」


 何となく口に出してみる。

 夢が近くなった、ってことは、結婚も近づいたってこと。

 女の子同士の結婚、って全く想像できない。


「どっちがお嫁さんになるのかな?」


「エリナはどっちが良い?」


「うーん……。クレアってば格好良いし、タキシード似合いそうだよね。でもね、クレアはウェディングドレスもいけてると思うし……」


「じゃあ、どちらがお嫁さんでも、いいんじゃないかしら」


 2人してウェディングドレス。それもありだね。わたしはそんな妄想を思い描いて、くすくすと笑った。


「結婚したら、2人だけの家を建てましょう。噴水のある庭付きがいいわね」


「ちょっと、それって豪華すぎじゃない?」


「そう? 素敵だし、良いと思うのだけど」


 クレアは、お洋服でも買うかのようなニュアンスで、平然と言ってのけるのだった。

 まったくもー、クレアはお金持ちだから、金銭感覚の差はついていけそうにないよ。


 でも彼女は、綿密めんみつに将来の設計を考えてはいるみたい。わたしは、ちょっと先のことを想像するだけで精一杯なのに。

 クレアは計画性があるのかもだし、良いお嫁さんになりそうだね。

 彼女の家庭的な姿に、心躍りそうにもなる。


「……結婚、したいね」


「ええ。きっと、できるわ」


 それはそう遠くない未来の出来事のような気がして、心が弾んだ。

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