第十一話ー①

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 晴れて2年生へと進級を果たしたわたしは、再び授業の日々に追われていた。

 1日の講義が終わると図書室に寄って自習をしたり、自分の部屋にリリナを迎え入れたりと、毎日を余すことなく堪能たんのうしている。


 そんな日常が経過していく。

 ここ最近、どういうわけなのか、リリナはわたしの部屋に来なくなっていた。

 あの妹のことだから、仲の良い友だちのところに入り浸っているのかな。

 とある日の放課後、わたしは渡り廊下を歩きながら、なんてことを楽観的に思っていた。


 目指しているのは学園の図書館。

 オディナス学園は3つの校舎がつらなっており、東側が魔法科、西側が戦闘科の校舎、そしてその間に建てられた中央棟には、全生徒が利用可能な色々な施設が存在する。魔法科の生徒が戦闘科の校舎に訪れるには、この中央棟を経由しなければならない。その逆もしかり。

 少しばかりわずらわしいかもしれないけど、1年も経てば慣れるものだね。


 放課後、人気ひとけの少なくなった渡り廊下は、夕陽がかすかに差し込んでいるだけで、物静かな雰囲気をかもし出していた。


 クレアにはお昼休みの時、放課後、図書室に寄るむねを伝えてある。授業が終わったら、そこで待ち合わせをする予定だった。自然と、足も早まる。


 中央棟の入り口に迫ってきた時、1つの影がわたしの目を奪った。

 ひっそりとした廊下に、突然現れたかのようなその人物に、わたしはどきっとした。だって、まるで幽霊かのような、蜃気楼しんきろうを思わせる人だったのだから。

 ……薄暗いし、遠目だったから、今まで気づかなかっただけだよね。


 こちらに向かって歩いてくるその人は、どこか見覚えがあるような気がした。

 寂寥せきりょうとした廊下にぴったりの、幽幻ゆうげんとした気配を漂わせているその人物から、目が離せない。

 スカートを履いているところを見ると、わたしと同じ魔法科の生徒のようだ。


 よくよく注視すると、足音すらしないそのしなやかな動きは、常人とは逸した空気をまとっているようにも感じられた。恐らく、隠密じみた歩き方だったので、わたしも変な気を感じ取ったのかも。


 じっと凝視していては失礼かな、と思いつつも、わたしの視線は彼女に釘付けのまま。その女性が徐々に近づいてくると、彼女が明瞭めいりょうになってきた。


 あでやかに波打った金髪。背筋の凍るような白い肌。まるで濡れているかのような紅い唇。深海を思わせるブルーの瞳。そして、片目にはガーゼがかけられていた。


「あら、こんなところで、奇遇きぐうねぇ、エリナさん?」


 くすくすっとした笑いとともにつむがれる、甘い響きを伴した声。その口調は、わたしがここに訪れるのを知っていたかのような、妖しいものだった。

 わたしは唖然あぜんとして、目を開閉させて、硬直してしまう。


「ゆ、ユーリィ?」


「違う人に、見えるかしら?」


 疑問を疑問で返されたけれど、わたしは力なく首を横に振るうことしかできなかった。

 そう、その人物は見知った人。わたしの記憶では、いつも白のローブを纏っていた妖しい美女、ユーリィその人だ。

 しかし今の彼女は、誰がどう見ても、魔法科の制服を着用している。それがまた、ありえない現実として、わたしに認識させていた。


「ど、どうして学園に……?」


 虚を突かれたわたしは、愚直にそう問いただすことしかできなかった。

 頭の中はぼんやりとだけど、リリナが学生寮に現れた時と似たようなシチュエーションだなあ、って呑気のんきな記憶でいっぱいだ。


「どうして、って非道ひどいのね、エリナさん。私も、ここの生徒なのよ」


「そ、そうだったんだ……。今まで見たことなかったから、全然知らなかったよ。っていうか、それなら教えてくれたって良かったのに!」


「うふふ、つい先日、入学したばっかりだったから。挨拶が遅れちゃったみたいね」


「って、えええええええっ!?」


 驚愕きょうがくが再来する。

 なんだかわたしって、驚いてばっかりだなあ、って自己嫌悪しそうにもなるよ。


「も、もしかして……。ユーリィってば、わたしより、年下だったり……する?」


「そうだけど?」


 彼女は、にべもなく言い放つのだった。

 わたしはまたしても、大声をあげてしまうところだった。


 だって、だって、だって……。ユーリィってば、どこをどう見たって、大人の美女って感じじゃない!

 信じられない。

 良くてクレアと同い年。そう思っていたのに、ふたを開ければリリナと同年齢!? 絶対にありえないって。こんなえっちで綺麗な15歳がどこの世界に存在するのよ。


 狼狽うろたえるわたしを、楽しげに見つめているユーリィの視線に気づく。わたしは咳払せきばらいをして落ち着きを取り戻した。


「そっか、そうだったんだね。じゃ、じゃあ、これからは同じ魔法科同士、よろしくね」


「ええ、よろしくね、エリナさん」


 ぎゅっ、と握手を交わしたところで、わたしの脳内にはノイズのようなものが走った。


 このむずがゆいような感覚――、数秒遅れで記憶を呼び戻す。

 それは、この前の入学式にあったものと同じ。あの既視感きしかんの正体。

 きっと、あの日、ユーリィを視界のすみとらえていたのだろう。だけど、それをユーリィって認識することができなくて、既視感となってわたしを襲ってきたのだ。


 ようやく合点がいったわたしは、すっきりとした脳みそに満足した。

 すると、廊下の床を鳴らす靴の音が辺りに響き渡ってくる。

 出どころは、先にある中央棟から。


 顔を出したのはクレアだった。……よくよく見ると、その横には、小さい影が引っ付いている。どうやらリリナも一緒みたい。


「あ、クレア、ごめんね。こっちまで来てもらっちゃって」


 わたしが慌ててクレアに駆け寄ると、ユーリィも一緒になって向かってきてくれた。


「……あら、そちらの方は」


 どうやらクレアも、彼女がユーリィだということに気づいたようで、口を半開きにして戸惑っている。……あのクレアですら、驚きに声が出ないなんて、相当だよね。だって、ユーリィってどう見ても学生の年齢に見えないし……。


「ユーリィもね、今年から入学したんだって」


「……驚いたわ」


 クレアはそれ以上言葉が続かないのか、何かを思案しているような顔つきで、わたしとユーリィを見比べている。年齢でも比較しているのかな……。いや、その気持ちは痛いほどわかるからね。

 すると、ぴょこん、と頭を出してきたリリナが話の輪に加わってきた。


「あれ? お姉ちゃんたち、ユーリィちゃんのこと知っているの?」


「ゆ、ユーリィちゃん?」


 その呼び方も違和感たっぷりだったけれど、それよりもリリナとユーリィが顔見知り、ってことが意外。新入生同士ではあるけどさ……。

 もう、何が何だかわからないよ。

 目まぐるしい環境の変化に、わたしの頭はついていけなかった。

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