第九話ー②

 初級実戦場。

 そこに訪れる生徒は、わたしのような戦闘経験の少ない初心者だったり、新たな魔法や戦術を実験するためだったり、千差万別。初級者から上級者まで、利用価値の高いところだった。

 

 もちろん戦いやすいように、歩きやすかったり見通しの良いフィールドでもある。出現する魔物は最下級であり、非常に弱く、大きな群れを成しているわけでもない。下手をすれば、野生動物のほうがいくらか強敵である。

 分類するならば、害獣に近い存在。人々の作物を荒らしたり、丸腰の子どもならば命を落とすかもしれないから、立派な駆除対象ではある。

 そうはいっても、人間の生活区域に魔物の存在は、ほとんどないんだけどね。


 わたしたちは、4メートルほどはあろうフェンスの前で準備運動をしていた。

 なんとも心もとない金網でできた扉の先が、初級実戦場である。そこは見渡す限りの平野であり、ただの原っぱみたいな、一見いっけん平和な空間。初級の中でも、最もやさしいと噂される場所だった。

 

 ……わたしとしては、初の実戦が中級だったこともあってか、その落差は激しい。順序、どう考えても逆だったでしょ。

 ま、まあ、あれはあれでいい経験にはなったし、クレアと親密になれたきっかけではあったんだけれども。


 そのクレアは、相変わらず所持品は剣だけ。冬の寒さに対抗するべく、黒いジャケットを着込んだ姿は、お嬢様の風貌ふうぼうとは相反あいはんしているけれど、ギャップが凛々しさを際立てている。


 わたしはPコートにハーフパンツで、動きやすい服装をチョイス。ポケットには授業で配布された、安全で使いやすい魔道具まどうぐを忍び込ませてある。

 今回はわたしがメインで魔物を討伐するので、緊張に身がすくみそうだった。


 冬休みということもあってか、辺りに目をせれば、ちらほらと生徒の出入りが確認できる。

 わたしたちも、いざ、実戦場に足を踏み入れるのだった。





「魔物って、あんまりいないもんだねえ」


「……そうね。ここは特別、少ないみたいだから。私もこれほど平和な場所だとは思ってもいなかったけれど」


 地平線でも見えそうな平原をブラブラと散策して、数10分くらいかな。

 周りに人影はなく、それどころか生物の存在も疑わしいくらいだった。他の生徒たちも魔物の影を求めて、この途方もなく広大な平野を彷徨さまよっていることだろう。

 クレアですら街道をり歩くように気ままなもので、戦闘のきざしは垣間見えない。中級場の時は、彼女の相手になる魔物はいなかったとはいっても、常に神経を張り詰めていたのに。それと比較するなら、やっぱり危険とは程遠ほどとおいのが、初級の中の初級なんだね。


 平原の中央付近には、小さな湖と、木々が数本だけ立ち並んでいた。その木陰には、1つの影。

 ようやく、魔物との邂逅かいこうだ。

 クレアは特に気配を漏らすこともなく、自然と剣を抜いていた。それは、買い物をする時に財布を取り出すかのような、何気ない動作である。

 あくまで彼女は護衛。敵を倒すことは考えていないのだ。


 わたしはといえば。

 緊張感はどこかに旅立ってしまったのか、ぽけーっとしてしまっていた。

 魔物の前だっていうのに、気がゆるみすぎだろうか。

 ……でも、わたしを責めることはできないはず。

 だって。出現した魔物は、果たして魔物なのか? って問われたら、100人が首を横に振るうだろう愛嬌あいきょうのある生物だったのだから。


「ぱ、パタピヨ……だよね」


 パタピヨとは、子ども用の絵本にも登場する、最下級の魔物。

 ひよこを子犬くらいのサイズにしたような、何とも愛くるしい姿をしている。そして鳴き声もピヨピヨ、って鳴くので、パタパタと羽ばたこうとする仕草と相まって、その名がつけられているのだ。


 けれど、彼らもれっきとした魔物である。

 気をつけていれば怪我をすることは稀だけど。せいぜい、あまり発達していないくちばしで、り傷を負うくらいだろう。

 でも、パタピヨだって成長したら巨鳥になるみたいだし、野放しにしていれば人類の危険をおびやかす存在になる。


 わたしみたいな実戦初経験、最初の魔物退治ならば、うってつけの相手、ではあるよね。


 気が抜けそうになったけれど、わたしはモタモタとしながら魔道具を取り出した。

 その間、パタピヨはのんきに湖で給水をしている、ときたものだ。

 人間がそばにいるっていうのに、警戒心すらあらわにしない。


 な、なんだか、これに奇襲をかけるのって、しのびないような……。


「エリナ。魔物相手に情けは無用よ。パタピヨが初級実戦場にいるのは、どんな姿の魔物だろうと、躊躇ためらいをしてはいけない、っていましめが込められているからなの。冒険者を目指すならば、大切な一歩よ」


 クレアはさとすように、わたしへアドバイスをくれた。

 確かに、彼女の言うとおりだ。

 わたしは、何を甘い考えをしていたのだろうか。


 クレアは中級での実戦においても、躊躇いの片鱗へんりんすら見せていなかった。

 彼女は訓練で何度も死線をくぐり抜けていたのかもしれない。魔物の命を奪うことに対して、ひたすらに真摯しんしな向き合いをしていたのだ。

 

 わたしだって、そうならないといけない。

 覚悟を決めて、唇を引き結ぶ。そして、手のひらに収まるサイズの緑色の鉱石――魔道具を握り込んだ。


 精神を集中させて、魔道具に力を送り込む。すると、それに感応かんのうして、緑色の鉱石は発光し、熱を帯びてきた。

 わたしはキリッとした目つきで、パタピヨをにらみつけ、対象を絞り込む。


 魔法をとなえる際に最も気をつけないといけないことが、ターゲットの選定だ。

 なぜならば、万が一にも、味方に当たる事故があってはならないから。

 授業で学ぶ術式にも、ターゲットの暴走が起こらないような式が組み込まれてある。わたしはそれをしっかりと思い出し、対象を定めた。


 そこでようやく、パタピヨは敵意に気がついたらしい。わたしはその生物と視線が絡み合った。

 つぶらな瞳は、何をうったえていたのか。

 それでも、わたしの覚悟は決まっていた。命を賭けた戦い。冒険に出るならば、躊躇ったほうが負けな世界なのだから。


「えいっ!」


 詠唱が終わり、魔道具を握り込んだまま、両手を前面に突き出す。

 わたしの両手からは、若干頼りげのない火球が出現した。それはを描きながら中空を駆け抜け、クレアの傍を横切り、パタピヨ目掛けて飛来していく。

 パタピヨは一瞬だけ飛び上がり、驚きを見せたものの、火球をかわすこともできない。一瞬にして、炎に巻き込まれ、炭化してしまった。


「……や、やれたのかな」


「上出来よ、エリナ。よくできたわね、偉いわ」


 わたしは、ぜーぜーと荒い息を吐いていた。

 授業で習う簡単な魔法を唱えただけなのに。どっと汗が流れている。"命のやり取り"には多大なる消耗感がともなっていたのだ。

 ただ不思議と、罪悪感はなかった。


 それは多分、パタピヨの成れの果てが、リアルなものではなかったからかもしれない。彼は焼け焦げた後、亡骸なきがらを残さず、緑色のモヤみたいな煙を立ち上らせ、跡形あとかたもなく霧散むさんしてしまったのだ。それこそが野生生物ではないことを示していた。


 魔物の生態系は、不明とされている。

 パタピヨ1つとっても、成長の先は絞りきれていないらしい。

 授業では、それはどうやら"マナ"が影響している、と教えてくれた。

 

 マナに関しても謎が多いけれど、大地に眠る自然の力だということははっきりとしている。マナの密度が濃い地域には、魔道具も多く出土されるらしい。


 魔道具は余りにも濃密なマナが結晶化したものだ、といわれている。

 そして、魔物もマナの影響を受けて育つらしいこと。

 同じパタピヨでも成長先が違うのは、取り入れたマナによって体組織が変質する、ってことみたい。

 そして、魔物が死亡した際に放たれている蒸気こそが、マナそのものなのだ。気化してしまう時間には個体差があるらしく、大きな魔物ほど、遅いらしいけれど。


 そんな勉強のおさらいをしながら、わたしは肩で息をする。

 命のやり取りはすごい疲労感があったけれど、これでわたしは、今後、心置きなく魔物と戦える気がした。

 

「……何かしら」


 ぼそっと呟いたクレアは、戦闘態勢に入っていた。キリッとした目つきで、いつでも剣を振るえるように身構えている。

 当然へっぽこのわたしには、何も感じられない。


「ど、どしたの? わたし、何かしちゃったのかな」


「どうやら、時期が悪かったみたいね」


 何やら、バサバサとした大量の羽音がわたしの耳にも届いてきた。

 それはすぐに目に見える形として出現する。

 なんと、空からおびただしい数の黄色い物体が降ってきたのだ。

 それら全て、パタピヨ、らしい。

 初級の魔物って、群れを作らないはずじゃなかったの!?


「ど、どうしよう、クレア」


「落ち着いて。数がいても大した相手ではないわ。どうやら産卵の時期と被ってしまったのかしらね」


 クレアは冷静でいて、わたしを護るような位置取りをしている。

 パタピヨの大群は、ポトポト、とわたしたちの周りを囲むように落っこちてきた。どうやら飛行能力はそれほどでもないようで、着地に失敗しているものが多数だ。

 しかしながら、彼らはわたしたちを敵としてみなしているのか、顔つきは凶暴そのもの。まなじりを釣り上げて、威嚇いかくしてきている。

 一端いっぱしの軍隊気取りのように、統制は取れているらしい。


「報復なんて、珍しいこともあるものね。でも、おあつらえ向きだわ。エリナ。ちゃちゃっと退治してしまいましょう。初のパーティ戦よ。後ろから魔法をお願い」


 クレアはわたしに背を向けたまま、剣を構えた。

 胸が高ぶる。

 あのクレアと、共に戦えるなんて。

 相手はパタピヨなので締まらないけれど……わたしはクレアに後ろを任されたことが何よりも誇らしかった。

 

 クレアは果敢かかんにもパタピヨの群れに突っ込んでいき、剣を横に大きくいだ。その一閃で、複数のパタピヨが黄色い羽根を飛ばしながら、宙を舞う。彼らは空中で煙となってかき消えていく。瞬殺だ。


 モタモタしていたら、クレアが全部倒しちゃう。

 わたしも、しっかりと対象を定めて、授業の復習をするかのように、丁寧に魔法を詠唱していった。

 

 わたしたちはバッサバッサとパタピヨたちを討伐していく。

 クレアは当てずっぽうのような剣捌けんさばきだけど、それでも的確に大量のパタピヨを仕留めていた。剣を払うたびに1つの群れが消し去っていく様は、爽快感すら伴うかのようだ。

 それに負けじと、わたしだって、しっかりと数を減らすのに貢献はしている。


 だけど、援軍が次々と空から降ってきて、黄色い軍隊はなかなか減少しなかった。

 

「エリナ、疲れていない? どうやら今冬はパタピヨが大繁殖しているようね」


「ま、まだ大丈夫!」


 わたしがクレアに返事をしたその瞬間。そのすきを突かれたのか、上空からパタピヨが3体、襲いかかってきた。

 詠唱が間に合わない。

 わたしは多少のダメージを覚悟して、腕で頭部をかばった。


 間を置かず、わたしを襲ったのは一陣の風。

 クレアが振り向きざま、わたしをかっさらうかのように、抱き寄せてきたのだ。


 この助けられ方、2度目なんですけど……。


 わたしはドキドキとしながら、クレアの胸の中にいた。


「どうやら、パタピヨの援軍もこれでおしまいみたいね。ふふ、このまま倒しちゃいましょうか。エリナ、しっかり掴まっていて」


「え、えぇ~~っ!?」


 こ、これじゃあ、まるでお姫様抱っこだよ!

 しかし抗議も虚しく、クレアは早速剣をかかげている。

 わたしは彼女の首に腕を回して、ギュッとしがみついた。

 まさかこんな形で、お姫様抱っこをされることになるとは。


 しかし、感動する暇もない。

 彼女はわたしを片腕で抱きながらも、俊敏しゅんびんに戦場を駆ける。

 風景が高速で過ぎ去り、血風けっぷうが舞う。

 クレアの見ている景色はこれほどまでに目まぐるしいものだとは思ってもいなくて、わたしは目を回しそうだった。

 うう、これじゃあ、とてもじゃないけれど、魔法で援護はできないよ。


 結局のところ、残りのパタピヨたちはクレアが1人で片付けてしまった。

 さすがクレア。教師たちよりも強い、って言われてるだけはあるね……。


 綺麗さっぱり、とんでもない数のパタピヨをほうむったクレアは、いい運動だった、といわんばかりに清々すがすがしい表情をしていた。息1つついていないところが、常人離れをしている。


 でもね、今回の戦果は、わたしだって上々だったし、満足のいくものだった。

 けど、けど……。


「く、クレア~、もう降ろしてくれてもいいよ~」


「あら、いいじゃない。このまま帰りましょう」


 クレアはわたしをお姫様抱っこしたまま、実戦場の出口に向かっているのだった。

 他の生徒たちに見つかったら、恥ずかしくて死んじゃうよ!


「帰りに学園に寄りましょう。パタピヨの異常発生について報告したほうがいいと思うわ。もしかしたら、討伐報酬ももらえるかもしれないわね」


「あの、さすがに、学園までには降ろしてくれるよね……?」


「ふふ、どうしようかしら?」


 クレアはそれが余程幸せなことなのか、わたしを降ろしてくれる素振りはてんで無いのだった。

 はあ、かなわないなあ、クレアには……。


 冬休みの1コマ。わたしはお姫様抱っこを、たくさんの生徒たちに目撃されてしまうのだった。

 もう、学園で顔をあげて歩けないよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る