第十話ー①

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 季節は春へと移り変わる。

 寒さはだいぶやわらいで、昼にもなればうららかな空気が踊り、平穏な日々が訪れていた。


 時期は冬の長期休暇が過ぎ去って、後期の授業も終了。もう春の休みに突入している。


 冬から春にかけては、とてつもないほど忙しかったよ。勉強に熱を入れたこともあってか、時間が足らないくらいだった。


 その努力も実を結び始めており、1年生の最終試験では、成績が目に見えて上昇していたのだ。

 わたしの平凡に近い魔力を考慮すると、信じられないくらい、優秀と見られるほどだ。

 

 ……それでもね、才能を持っている人間には逆立ちしてもかなわない。っていうのが世の常だ。わびしいものだよ。

 だけど、そういった天才たちのすぐ後ろを歩いていけるくらいには、成績が伸びていた。

 

 それに、最低限、実戦も学べているし。わたしとしては、これ以上ないくらい、充実した1年だったといえよう。


 クレアはクレアで、他の追随ついずいを許さないほどの才能を遺憾いかんなく見せつけているらしい。戦闘科では孤高ここうの存在となる成績トップで、教師ですらお手上げ。なので、授業中にも自習をしていることがほとんどみたいで、なんというか存在が異次元だ。すごすぎ。

 魔法と直接戦闘、正反対のように見えて、才能が全てなのは共通しているようだ。本当に世知辛せちがらいよ。

 ただし、クレアがすごい! ってだけで、わたしは鼻を高くしたくなるけどね。


「そろそろまた、2人で冒険にでも出てみたいわね」


 自室で春の暖気にあてられ、ぼーっとしながらくつろいでいると、クレアがそんなことをつぶやいていた。

 毎日こんを詰めて勉強しているわけではない。たまには、目一杯の休息も必要なこと。

 今はその時間だった。

 わたしはクレアに寄り添って、彼女の肩に頭を預けている。


「そうだねぇ……冬以来、だもんね。わたしもクレアの役に立てるようになっているかな……」


 クレアと冒険の思い出は、まだまだ少ないけれど。山に平野。たったそれだけでも、わたしの中では濃密なものとして記憶されている。

 だから、また冒険に出たい、と思わせてくれるのだった。


「エリナは頑張っているから。今ならきっと、色んな場所に行っても平気よ」


 クレアに褒められると、とろけちゃいそうになるよ。

 わたしは空気と同化してしまったみたいに頬を弛緩しかんさせて、しまりのない顔をしていた。


「クレアだって、頑張ってるよ。えらいえらい」


 ほんわかとした空気のお陰か、わたしはうとうとしてきていた。

 春休みの課題はとっくに終わっているし。思いっきり羽根を伸ばしても、何ら問題はなかった。

 後何日かしたら入学式が始まって、それが終われば進級が控えている。


 そしたらまた忙しい日々の始まり。

 それに備えるかのようにして、わたしは体を休めるべく、意識をぼんやりとさせていた。


 揺りかごのようなまったりとした空間は、けたたましい音によって崩壊させられた。

 ドンドン、っと何か硬いものが叩かれているような鈍い音だ。


 わたしはよだれをかすかに垂らしながら、はっと飛び起きた。ごしごしって腕で口元をぬぐい去り、キョロキョロと周りを見渡す。


 再び音がなる。


 どうやら、誰かがこの部屋に用があるのか、扉がノックされているみたい。

 珍しいよね、来客なんて。

 わたしとクレアは目を見合わせて、いぶかしんでいた。

 ただの訪問者ならばまだしも、ドアの叩き方がいささか乱暴なのだ。力任せに叩いているかのような、礼儀を知らないノックである。

 扉の向こう側にいる人物はせっかちなのか、みたび、ドアが叩かれた。


「はいは~い、今出ます~!」


 わたしは慌てて戸口に駆け寄って、4回目のノックが鳴る前に扉を開けた。

 

 目に飛び込んできた光景に、飛び上がりそうになる。

 だって、だって――。

 わたしは驚愕きょうがくのあまり、口を聞ける状態にはなかった。


 扉の外にいた人物。

 それは、はつらつとした表情で仁王立ちしているわたしの妹――リリナだった。


「え、え、えっ?」


 わたしは喉に声が詰まってしまったみたいに、口をぱくぱくと開閉させて、リリナをじっと見つめることしかできなかった。

 そんなわたしをしげしげと眺めたリリナは、満足そうに大きく頷く。


「ふふ。久しぶりだね、お姉ちゃん!」


 久々に会った妹の第一声は、耳をつんざくほどの大音量だった。

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