第五話(後編)ー②
わたしはさくさくと山道を登っていた。
準備は
導かれているような感じ……確かに感じ取れるよ。それほどわたしの足取りは軽やかだった。
そして、あっさりと館の前にたどり着いた時、あまりのあっけなさに驚きを隠せない。
ちょっとできすぎ……って気がしないでもないけど。なんだか、ここに行こう、って決めたときから、迷子になる心配はしていなかったような。なんとも奇妙な感覚だけど、神経が
晴れたお昼。
そもそも、食料の
って、そんなどうでもいいことより、今はすることがあるんだから。別に、どーでもいいこと、って切り捨てるものでもないけど。
今は用事を最優先。
意を決して、玄関の大きな両開きの扉へ移動した。
そこまで向かってから、わたしはユーリィの言葉を思い出す。
彼女は「昼が嫌い」と言っていた。つまり、この時間帯に活動しているのかどうか疑わしい。ユーリィと別れた時は朝だったけれど、寝起きが悪い、って一言では片付けられないくらい眠たそうだった。もしかしたら、日が
それでもね、ユーリィのために作った傘。それと書き置きだけ残して帰るのだけは、したくなかった。
迷惑かもだけど、彼女に会って話したい。
だって、この館はきっちり今でも存在しているのだから、あの晩が幻ではなかった、と証明したくなったのだ。
ユーリィだってこの世にきちんと生きている、それだけは確かめなきゃ。
わたしは扉をノックしようとして、すぐ横に呼び鈴があることに気がついた。恐る恐る手を伸ばし、鳴らしてみる。
しかし、いくら待っても反応がない。
失礼かな、と思いつつも、わたしは扉に手をかけた。そしてノブを回してみると、あっさりと入り口が開かれる。
鍵がかかっていると思っていただけに、わたしは
館内はあいも変わらず甘ったるい匂いに包まれていて、やはり人の気配は全くしないかのように
中に入っちゃったはいいけれど、どうしたものかなあ?
とりあえず、呼んでみることにした。
「ユーリィ、勝手にお邪魔してごめんなさーい。いたら返事してー」
わたしの声は
がっくりと肩を落として、傘だけでも置いて帰ろうかな、って
かすかな音が
わたしは顔を明るくして、階段に目を向ける。
階上からはスリッパで歩いているのか、ぺたぺたという可愛らしい足音が響いてきたのだ。
期待を
顔を出したのは、しっかりとユーリィだった。ホッとしたのも
なんとユーリィは、わたしたちと別れたときと全く同じ出で立ちをしていたのだ。枕を抱えている可愛らしいところも、
そして、映像を録画再生したかのように、同じ手つきで眼をこすっていた。
もしかしてユーリィってば、あの朝からずーっと寝てたとか? いや、ありえないよね。わたしたちと別れてからは何日も経過しているんだもの。
でも、でも。そうだと言われても違和感はなかった。
「あら? エリナさん……? どうしたの、何か忘れ物? できるならば、夜に来て欲しいわぁ」
ユーリィは大きな
しかし、ほんっとーに別人みたい。あの夜に会ったユーリィはもういないのかな? って思うくらい
ぼんやりとしていて、今にでも床で寝そべってしまいそうなユーリィは、可愛い女の子だなあ、って感情しか浮かんでこなかった。
「あの、起こしちゃったかな……ごめんなさい。でも、どうしても渡したいものがあって!」
わたしはぺこぺことしながら、ユーリィに向かって傘を差し出した。
おぼつかない手つきで傘を受け取った彼女は、それが
わたしがユーリィのためを思って制作した傘。それは、彼女の隠されている瞳と同じ色をしているのだ。
だからだろうか、ユーリィは不思議そうに傘を眺めている。
「……これは? 素敵な傘ね」
「ねね、開いてみて」
わたしは食いついてもらえたことに喜んで、身を乗り出してユーリィを
彼女はまじまじと傘を凝視していた。そして乗り気になってくれたのか、片腕で抱いていた枕をわたしに押し付けてくる。
ユーリィが、両手を使って丁寧に傘を開く。
すると、彼女は女の子らしい可愛げのある
開かれた傘からは、
「あのね、この傘なら、昼間にお外出ても、眼が気にならないかなーって思ったんだけど……ど、どうかな?」
「わざわざ、私のために?」
ユーリィは興味津々、ちょっとした鼻歌でも口ずさみながら傘を覗き込んだり、うろうろと歩き回ったりしている。反応を見る限り好感触。
「うん。迷惑だったら、ごめんね」
「いいえ、とっても嬉しいわ。エリナさんのような可愛い女の子からのプレゼントだもの、大事にしちゃう。それに、私のために、ってところもポイントが高いわぁ。うふふ」
ユーリィは、あの晩見せてくれた
う。すごくドキッてしちゃった。
だって、昼と夜でこんなにも違う人間がいるのか、ってギャップが激しいのだから。素の顔が恐ろしく美人だから、どっちの笑顔でも似合っているんだけど……わたしは今のユーリィの表情がすごく大好きだった。
ユーリィは傘を閉じて、枕をわたしから取り戻すと、玄関の扉を指差した。
どうやら性格も変わっているのか、おっぱいを押し付けてきたりはしないみたい。安心したような、残念なような……って、何考えてるの、わたし。ユーリィの身体が
「あなたのお連れ、きっと心配しているんじゃないかしら。今日は早く帰りなさいな。またお会いしましょう、エリナさん」
わたしは素直にこくん、と頷く。もともと
ユーリィだってしっかりと存在してくれていたしね。
欲をかくならば、もうちょっとユーリィについて知りたかったし、お
わたしは最後にもう1度ユーリィに
ユーリィってば、また寝ちゃうのかなー、って想像をして、クスッて笑っちゃう。山を降りるのすら上機嫌だった。
だけど、楽しい気分は長続きしない。だって昼間の明るい山間だとはいっても、1人なのだから。
行きは目的があっただけに考えなしだったけれど、帰りとなると話は別。
早く帰ろう、って呟いて、わたしは走り出した。
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