第五話(前編)ー②
わたしもクレアも、動きやすい服装を選んだのだけど、すでに汗でぐっしょりと濡れている。胸元をパタパタと
自然物の魔道具を探すのだから、
それでも魔物の存在は、
わたしは魔物よりも、
夏場ってこともあってか、隙あらば羽虫が寄ってたかろうとしてくるのが、
でも、こんなに苦労したとして、貴重な魔道具が見つかるのかは定かじゃない。だけどね、最初から
「すぐには見つからないかもしれないわね」
数時間ほど探索が続くと、クレアが
「それはしかたないよ。夏休みはまだけっこう残ってるし。クレアも毎日、わたしに付き合わないでもいいからね」
「ふふ、エリナと一緒にいられるのだから、毎日でも構わないわ。そうね、でも、
「そうだねー、暗くなる前には山を降りないとだしね。クレア先生、明日からもよろしくお願いしまーす」
今日は出発が遅かったため、すでに夕刻。日が長いとはいっても、だらだらしていたらすぐに夜がきちゃう。
半日がかりで散策をしていたものだから、実はそこそこ疲れていた。わたしってば体力には自信がないし、山登りはなかなか
けれど、わたしの心情を映し出すかのように、辺りがうっすらと暗くなってきていた。陽が落ちるにはまだ早いのに。
どうやら、どんよりとした雲が空を
「そろそろ戻ったほうがよさそうね」
「うん。急に天気悪くなっちゃったね」
出かける前は雨が降る気配なんてなかったのに、今にも降り出してきそうだ。山だし、天候には
わたしたちは揃って
「どうしよう、傘なんて持ってきてないよ。急いで帰らないと」
これ以上雨足が強くなってきたら、ずぶ濡れになっちゃう。わたしは焦りを覚えたけれど、ここから走っていったとしても、寮に戻るまでは相当の距離がある。さらには疲労の
「おんぶしてあげる?」
クレアは
もう、クレアってば、なんでそんな考えに行き着いたんだろ。しかも平然と言ってのけるのが、彼女らしい。
もしかしたら、わたしが疲れているのを見抜いていたのかもだけど。いくらなんでも、おぶさってもらうわけにはいかないよ。
「あはは、大丈夫だよ。走るの、遅いかもしれないけど……」
「辛くなったらいつでも言ってね。お姫様抱っこでもいいのよ。私もしてみたいし」
クレアは冗談とも思えない口調で、
うーん。でも、クレアってば、お姫様抱っこ、すごくしたそうにしている。わたしがちょっとでも疲れた、なんてほのめかそうものなら、
クレアは、わたしの辛くないペースを維持してくれて、下山にも気を遣ってくれている。急な
山を抜けるのはまだまだ先。
だけど、ついには
「エリナ。あそこで少し雨宿りしましょう」
クレアが指差す先には、1本の大木がずっしりと構えていた。周囲と比べれば、幾分かは雨を緩和できそう。わたしは頷いて、クレアとそこへ向かう。
その途中だった。
閃光が視界を
「きゃああぁっ!」
わたしは思わず耳を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。びくびくと震えて、しばらくは動けそうもない。
どうやら雷雲だったようで、突然の雷に見舞われたらしい。
わたしってば……落雷はどうにも苦手で。子どものころから、雷が鳴るたびに縮こまっていたものだよ。
稲妻は間を置いて、またしても地面へ
わたしは恐怖で立ち上がることもできず、
怯えきったわたしを見かねてか、クレアが手を差し伸べてくれる。なんとかクレアに
この木に雷が落ちる
「大丈夫?」
わたしは未だに身体がビクビクと震えて、恐怖が止まらない。クレアに甘えるようにして、彼女の胸元に顔を
クレアの白いブラウスは雨で
だけど、残念ながら、恐怖心のほうが勝っていて、それどころじゃなかった。いや、ほんとに残念。
「雷、すごい苦手で……。怖いよ」
「鳴り止むまで、こうしていていいから。安心して」
「……うん。ありがと」
クレアは柔らかな手つきで頭を撫でてくれる。少しは雷の怖さが緩和されるけれど、雷鳴が響き渡るたびに、クレアにぎゅってしがみついてしまう。雨も雷も、しばらくは続きそう。
わたしたちは無言で立ち尽くす。夜の
夜の山中で、激しい雷雨。状況はとんでもなく悪い。
「どうしよう……無事に帰れるかなぁ。ごめんね、わたしのせいで」
「エリナのせいじゃないわ。それに、雷も少し遠くなったみたいだし、きっと大丈夫よ」
クレアはわたしを安心させるためか、顔にも言葉にも
しばらくすると、クレアの言葉通り、雷はわずかに遠のいたみたい。雷鳴は小さくなっており、わたしですらどうにか
「もう少し雨が弱くなったら、そのうちに少し移動しましょう」
クレアの判断は正しいと思う。いつまでもここに縛り付けられていたら、山中で一夜を過ごしかねないし。何の準備もなしのそれは、避けたいところ。
幸運にも、天候はだいぶ回復しており、下山のチャンスは今しかないとさえ感じた。
クレアはわたしを胸からそっと離して、かわりに手を握ってくれる。
こういうささいな気配りがね、クレアの大好きなところだよ。
「歩ける?」
「うん……」
「抱っこしよっか?」
「あ、それは大丈夫だよ」
「ふふ、残念」
わたしも心に余裕ができており、顔を赤らめて拒否することができた。
でもね、ちょっぴり、お姫様抱っこされてみたいな、と思わないこともない。女の子の憧れだもんね。だけど、わたしたちの将来に先送り。今みたいな状況で、クレアの手を
だからその代わりに、絶対に手を離すことのないように、って指をしっかりと絡ませる。
クレアはそれを確認すると、力強く頷いてくれた。そして、わたしをしっかりとエスコートしてくれるみたいに、軽やかに歩き出す。わたしの歩幅に合わせて、それでいて安定した足取りでスムーズに山を下っていく。
このまま何事もなければ寮に帰れそう。
そんな気の
「きゃああああああっ!」
わたし自身も雷音みたいな悲鳴をあげ、クレアから手を離して耳を押さえてしまう。そしてその反動によって、盛大に転んでしまった。
全身が泥まみれになっちゃったけど、わたしはそんなこと気に留める余裕もなくって、雷の恐ろしさに頭を抱えることしかできない。
耳がきーんとしている中、さらに追い打ちをかけるように、連続で落雷が近場へと突き刺さる。
この世の終わりにすら思えた。それくらい、わたしにとっては地獄絵図だ。
どこか遠くに逃げ去りたい。怖いよ。雷のない、静かなところに逃げなくちゃ。
わたしの精神状態は追い詰められ、無我夢中で走り出していた。
だけど、すぐに思い出す。
わたしの手にはクレアの
幸運にも、雷はその数回でまた収まったようだ。
落雷がないと知ると、わたしも冷静さを取り戻してくる。だけど、それが逆に背筋を凍らせた。
クレアが
あんなにわたしを心配してくれていたのに、我を忘れて手を離してしまうなんて。絶対に離さない、って決めていたのに。
でも、ちょっと走っちゃっただけだし、大丈夫だよね。そう言い聞かせる。それくらい自分を
「クレアー、手を離してごめんね! いたら返事して~!」
自分の位置を知らせるために、大声で叫んでみる。
だけど返ってくるのは、こだまだけだった。どれだけ待ってみても、クレアの声は聞こえてこない。
わたしは急激に体温が下がって、顔を青ざめさせる。風邪でも引いてしまったかのように、ゾクゾクとしてしまう。
こんな真っ暗な山中に、たった1人。体力にも自信のない、ただの女の子が1人なのだ。ましてや、魔物の棲息する山。もしも出くわしてしまったとしたら、それこそ一巻の終わりだ。
わたしは必死になってクレアへと呼びかけた。
しかし、全く反応がない。
……なにか、おかしいよね。だって、わたしは無我夢中だったとはいっても、大した距離は走っていないのだから。
不気味さが周囲を支配しているかのようだった。
もしかして、クレアの身に何かあったのかな。
万が一、を想像してしまったら、震えが止まらなくなりそうだった。
クレア……。怖いよ、どうしたらいいの。
わたしはこの状況に泣き出してしまっていた。
そして彼女に縋りたくって、奇跡を追い求めるようにして、とぼとぼと歩き始める。
クレアが探し回ってくれているとしたら、動かなかったほうが得策だったかもしれない。
でもね、じっとしていると、メンタルが壊れちゃいそうだったから。わたしはクレアを求めて
希望があるとするならば、雨が弱くなったことと、雷もかなり遠のいていること。
しとしととした小雨に打たれながら、夜の山をゆっくりと進む。
――ふと、わたしの視界に、奇妙なモノが映り込んだ。
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