第二話ー①



「明日、休みだし……。その、デートに行かないかしら?」


 誘いは突然だった。

 ううん。誘いといわず、クレアの行動は突発的なものが多い。わたしは未だにそれに慣れることができず、仰天してしまった。


 彼女とはここ2、3日一緒に帰っていたけど。それは、ただの雑談をするだけで、お友達と一緒に下校をしているかのような、何の変哲もない帰り道だったのに。

 

 今日もそれでお別れをする。と思いきや、寮の門前でクレアに呼び止められたのだ。

 彼女も勇気を振り絞ったのだろうか。

 クールビューティーなクレアの表情はどことなく不安げだったし、声も緊張に震えているように聞こえた。


「……うん。いいよ」


 わたしも驚きはしたものの、別に嫌ではなかったから、すんなりと受け入れていた。

 デート、って単語には引っかかるけれど、ようは2人で遊びに行こう、ってことでしょ?

 なら、何も問題はないもんね。

 それに、クレアのような有名人が休日にどんな行動をするんだろう、って好奇心が芽生えてきてしまったのもある。


「良かった。じゃあ明日の朝10時に、ここで待ち合わせ、で大丈夫?」


「わかったー。それじゃっ、また明日ね」


「ええ、また明日」


 別れ際のクレアはまぶしいほどの笑顔を残していった。

 わたしはその最高級のスマイルが、しばらく網膜もうまくに焼き付いて離れなかった……。





 というのが昨日の出来事。


「え~っと、まずはあれ作らなきゃ!」


 わたしは、はりきっていた。

 実を言っちゃうと、昨夜からデートを楽しみにしていたのだ。

 デートとめい打って遊びに行くなんて、人生初のイベントなんだもん……。

 

 わかってる。わかってるって。

 これはデートじゃなくて遊びに行くだけだし、そもそも女の子同士だもん。

 そう頭に言い聞かせているはずなのに、わたしは興奮で早起きしてしまうほどだった。でもね、クレアと出かけるのが楽しみなだけだから。


 着ていく服と持ち物の準備はすでに完了。どれだけ気合いを入れているんだ、わたし。

 だって、しょうがないよ。

 クレアのようなお金持ちで、美人で、剣の才能にも恵まれている子と並んで歩くのだから。

 自分なりに精一杯おしゃれなものを選んだつもりだった。


 わたしの脳内デートコースはシミュレート済み。

 都会育ちっぽいクレアのことだ、きっと大きな街に出かけることだろう。街に出たならば、優雅ゆうがにショッピングを楽しむかもしれない。

 大都会なんて本でしか見たことのないわたしにとって、考えるだけでワクワクしちゃう。


 それにそれに。制服姿しか知らないクレアの私服をおがむことだって、素敵なことだよ。いつもはパンツスタイルの彼女だけど、ロングスカートなんかもきっとお似合いだろうし、想像がいくらでもふくらんでくる。


「いけないいけない、焦げちゃうところだったよ」


 今している作業は、お弁当作りだった。

 いったいどれだけ浮かれているんだ……。って思わなくもないけど。

 昼食はお店でとるかもしれないのに。それでもわたしはお弁当作りに躍起やっきになっていた。


 料理の腕はまあまあ自信があるし。どうせ2人で出かけるのだから、どんな場所に行っても食べられるように、って考え。

 これじゃまるで、本格的なデートだよ……。

 っていう野暮ったい思考はぽいっと捨てちゃって、料理に集中した。


 学生寮には各部屋、簡易キッチンと小柄な冷蔵庫が用意されている。休日になれば寮の食堂は閉まっていることも多いし、食事が口に合わない、って子のためらしい。

 都合よく、冷蔵庫にはこの前買い出ししておいた食材が残ってあった。


「よーし、気合いいれよっ!」


 お弁当はみるみるうちに見栄え良く形作られていった。





 早起きの甲斐かいあって、お弁当は時間に余裕を持って作り上げることができた。

 その後は着替えをして、身だしなみを入念に整えた。

 ……これでも、メイクだって少しはできるんだから。


 しかし、これだけバッチリ準備を完了させたっていうのに、約束の時間はまだまだ先。

 わたしは時計を何回も確認して、そわそわしていた。


 再度、鏡をチェックする。


 まずは頭部から。

 切りそろえられた前髪に、お気に入りのヘアピン。寝癖はついていない。

 次に上半身。

 ピンクのキャミソール、その上に羽織るのはホワイトのニットパーカージャケット。汚れもないし、皺もない。

 最後に下半身。

 チェックの柄が入ったブルーのスカート。ちょっとふりふりってした感じの可愛いやつ。

 

 うん。全身、何にも問題はないよ。

 後はブーツだけど、別に見るまでもないかな。


 全てが万全となったわたしは、待ち合わせ場所へ向かうことにした。

 ちょっと早すぎるかな? なんて思わないこともないけど、手持ち無沙汰だし。

 わたしは手荷物を抱え、寮室から外へ向かった。


 休日の寮は、住人が多いにもかかわらず閑静かんせいとしている。用事がある人は朝早くから出かけ、ない人は部屋にもっていることが多いみたい。かくいうわたしも、普段ならば本を読んだり、勉強をしているかのどっちか。


 結局、寮の玄関をくぐるまでにすれ違った寮生は数人だった。

 これならばクレアと待ち合わせしていても、目立つことはないだろう。わたしにとって、それは好都合。


 なんだかいいことが起こりそうな予感がして、気分はどんどん高揚してくる。

 そういえば、こっちにきてから遊びに出かけるのは初めてだったなあ、なんて感慨深くなりながら、待ち合わせ場所に到着した。


 そこには、すでに人影がある。

 約束の時間はまだ30分ほども早い。

 自分も大概だけれど、まさかね……とは思いつつ、その人物のもとへ詰め寄った。


「あら、おはよう、エリナ」


 やはりというべきか、そこにいたのはクレアだった。

 太陽を背にしての笑顔は、陽光よりも燦然さんぜんと映る。彼女の銀髪は、普段と違って後ろでひとくくりに纏められてあった。尾のように揺らめくそれは、陽の光を受けて、きらきらときらめいている。夏前の清涼な空気を背景に、一枚絵のような美女だ。

 クレアが屈託くったくのない表情を見せてくるものだから、一体いつからそこにたたずんでいたのか、想像もできない。


「えっと、ごめん……待たせちゃった、かな?」


「私がエリナを待たせたくないから、先に来ていただけよ。気にしないで」


 その台詞から察するに、だいぶ前から待ちぼうけていたんだろうな、って予測できる。

 健気すぎるというか、なんというか。

 あまりにも申し訳なさすぎて萎縮しちゃいそうにもなるけど、そんな態度をとったら、クレアも気にしてしまうかもしれない。彼女にこれ以上気を遣わせることをしたくなかったから、触れるのをやめる。


 そして、クレアがわたしの全身をじっくりと眺めていることに気づいた。

 わたしは値踏みされているような感覚におちいって、気恥ずかしくなってしまう。

 照れ臭さを紛らわせるために、クレアの服装もチェックするんだ、って視線をお返しする。


 クレアの格好は、わたしの想定とはかけ離れていた。

 ぴっちりとした白のブラウスに、同じく細身の動きやすそうな黒いパンツ。たったそれだけ。制服姿よりも、さらに簡素だった。

 

 だけど、そこが美女のずるいところである。

 だって、クレアの魅力はそれだけで充分すぎるほど引き出されているんだから。

 ぴっちりとしている、ってことは、身体のラインを強調しているようなもの。特に、胸のあたりなんて誰でも目がいってしまうのではないか、ってほど出っ張っている。

 普段の学生服からでは目立たなかったけれど、彼女が抱きついてくる時には、けっこうな主張をしていたので、わたしの思惑通り、かなり立派なお胸をお持ちのようだ。

 ……くれぐれも、わたしのものと比較してはいけない。


 その上、ちらりと覗いている肌が、汚れを知らない純白さだ。服装は地味だというのに、本人がキラキラと輝いているものだから、質素な服が彼女の最適解なのではないか、って思っちゃう。


「可愛らしい服ね。似合っているわ、エリナ」


 見惚れていたところに、突然声がかけられる。

 それにびっくりしてしまうほど、彼女に魅入ってしまっていたようだ。

 

 だけど、おずおずと盗み見たクレアの表情は、照れているようだった。だから、その言葉がお世辞なんかではないんだな、って伝わってくる。素直に嬉しい。


 少し面映おもはゆい気分になりながら、ふと視線を落とす。

 そこにあったものを見つけて、わたしに衝撃が走った。


「く、クレア……? そ、それは、何?」

 

 わたしが目を丸くしているので、クレアはいぶかしがって、同じところへ視線を移動させる。

 彼女の腰元でとどまっている視線――そこにあったものは、剣だった。

 わたしの背丈よりやや小さい程度の長剣。それに一目で気づけなかったのは、クレアが魅力的だったからっていう理由の他に、目立たないように提げられていたからである。


「何、って……。剣……だけど?」


 クレアは、わたしが何をそんなに驚いているのかわからないみたい。首をかしげて、まるで、かばんだけど? みたいなニュアンスで自然と答えてくる。


「う、うん。それはわかるんだけど……。どうして剣なんて持っているのかな……って。だって、デート、だよね?」


「そうだけど、何かおかしいのかしら?」


 クレアが余りにも泰然たいぜんと言うものだから、わたしは自分の知っているデートというものが間違っているのではないか、と勘ぐってしまった。

 剣を携帯してのデートって、一体なんなの?? 深く考えても、解答は見つからない。

 だって、わたしってば、恋愛の経験値ゼロだしね……。


「あの……今日はどこに行くつもりなの?」


「どこ、って実戦場だけど?」


「ええっ!?」


 これまたクレアは、事も無げに、公園だけど? みたいなニュアンスで言い放ってきた。

 だけど、さすがの彼女も、わたしとクレアが思い描いている"デート"っていうものの相違を感じ取ったらしい。

 クレアは悩んだような表情を見せつつも、


「どうして、そんなに驚いているの?」


 率直にそう聞いてきた。


「あ、あの。もしかしたら、わたしの知ってるデート、ってゆーものが違っていたのかも……」


「そうなの? エリナの考えていたデートっていうのは、どんなことなの?」


 やっぱり、問題はそこにあったのかな。

 田舎者のわたしにとって、都会に暮らすクレアとのデートとはだいぶ内容が違っていたのだろう。恋愛関連の雑誌なんかも読んだことないしね……。


 だから、わたしの想像上に存在する"デート"、をクレアに伝えるのが恥ずかしくって、なかなか言い出せない。でも、クレアは興味津々と、緑色の瞳を宝石みたいに輝かせているものだから、口に出すしかなかった。


「えっとね。好きな人と2人で、街に買い物行ったり、遊んだりすること、かな?」


「そ、そうなんだ。ごめんね、エリナ。私も、デートって全然知らなかったから。変な言い方で誘ってしまって」


 意外だった。

 誰からもモテそうなクレアが、デートについて知識ゼロだったなんて。

 もしかしたら、彼女もわたしと同じように、恋愛経験なしの仲間なのかも。

 だけど、そうは感じさせないくらい、わたしをときめかせるのが上手な気がするけど……。


「クレアは、どういうのがデートだって思っていたの?」


「エリナの言っていたことと似ているけど……。好きな人と2人で出かけるならば、行き先がどこだろうと、デートなのかな、って思っていたわ」


 うんうん。確かにそうかも。

 だけど、彼女の指定した行き先と、デート、がどうしても繋がらない。


「なんで、実戦場なの?」


「エリナと私は、パートナーになったから。2人で最初の冒険をしてみたかったし、パートナーとしての信頼感も深めていきたかったの。それに、どうせ将来は2人で旅に出るのよ? だから、実戦できたえておきたいと思ったのよ」


 クレアは、なにか後ろめたさでもできてしまったのか、ひかえめに答える。

 だけど、わたしはクレアの考えに心打たれていた。

 自分の夢をここまで想ってくれているなんて。わたしたちの夢は最終的に同じなのだから、わたしのためだけ、ってわけでもないだろうけど。


 でもね。わたしは休日に、街へ遊びに行くことしか思いつかなかった。

 そんなわたしとは違って、クレアは実戦なんて必要ないくらい強いのに。わざわざ、わたしと一緒になって冒険をしたい、って言ってくれている。

 健気なクレアの気遣いに、惚れ惚れとしてしまう。


「本当にごめんね。エリナが街のほうへ行きたいなら、すぐ準備に戻るから……。怒らないで、お願い」


 わたしが感動しているのを、不機嫌になって黙ったのだと勘違いしたらしい。クレアは泣き出しそうなほど、たどたどとしていた。

 だからわたしは、大げさに手を振って、慌ててそれを否定する。


「全然怒ってないってば。こっちこそ、ごめんね。……ありがと、クレア」


「どうして、お礼なんて?」


「わたしのこと、ちゃんと考えてくれていて、嬉しかったの。だから、実戦場にいこ? わたしのほうこそ、準備に戻るから」


「無理しないでもいいのよ? エリナが行きたいところ、選んでくれていいから」


「わたしはクレアと冒険に出てみたい。だから、準備してくるっ!」


 そうと決まれば、急いで着替えてこなきゃ。

 こんなひらひらっとした格好で実戦場に行くなんて、動きづらいだろうし、無茶にもほどがある。

 早速部屋へUターンしようとしたところに、声がかけられた。


「エリナ、その格好で平気よ。今日選んだところは、難易度の低い場所だから。それに、その服……可愛いから、もっと見ていたいわ」


「えっ、こんな服で、大丈夫かな……?」


「歩きにくい場所でもないし、大丈夫よ。じゃ、さっそく行きましょう」


 クレアが大丈夫、って言うなら、信じちゃっても平気だよね。

 彼女が再びにこにこってしているから、わたしはその隣に並んで、一緒に寮の門をくぐる。

 行き先はクレアに任せて、初の実戦に、少しばかりワクワクとしていた。





 わたしたちが向かう先、"実戦場"は、戦闘系、もしくは魔法系を学べる学校には、たいてい存在する。その名の通り、実戦で学べるように、って学校側が指定した地域のこと。選択された場所には魔物が巣食っていて、その強さに応じてレベルも制定される。


 魔物が現れるのは、ほとんどが開発されていない森とか山とか。そのため、自然の多い田舎みたいな方面に、学園は立地される。オディナス学園の近辺に野山が多いのは、そういった理由があるから。

 わたしの故郷みたいに、ただのド田舎、ってことではない。


 そして今、わたしの眼前に鎮座ちんざしている実戦場の看板には「中級レベル」って書かれてあった。


 うん。そうだよね。

 確かにクレアは歩きにくい場所じゃない、って言ったよね。

 平地だもんね、スカートでも平気だね。


 でも、でも、でも!

 中級って! 聞いてないよ!


「ほ、本当にここなの?」


「ええ、そうよ。何か、問題でもあって?」


 クレアは不思議なふうに、小首を傾げている。

 何度も何度も思うけれど、わたしのほうがおかしいんではないか、って錯覚してしまうような、堂々としたクレアの態度。

 だけど、今回は絶対にわたしは間違ってない。


「えっとね。わたしってまだ入学したてだし……。魔法なんて、超のつくド素人だし。初級レベルくらいが、お似合いなんじゃないかなー、って」


 不安いっぱいの眼差しをクレアに送る。

 だけど彼女は、これっぽっちも態度を崩さず、むしろわたしを安心させるように、柔和にゅうわな笑みを浮かべるのだった。

 確かにね。クレアは頼れる存在だよ。

 でもね、わたし、自分の力にはぜんっぜん、自信がないのよね……。

 そもそも、何の準備もしてきていないしね……。


「怖がらないで。エリナのことは、私がまもるから。それに、ちゃんと許可ももらえているのよ」


「そっか。そうだよね……」


 実戦場は、主に授業で使われる。個人で利用するには、やっぱり危険が伴うこともあるからだ。

 それでも、休日など、鍛錬のために使用したい人は多いらしい。

 わたしたちみたいに、パートナーとの連携を考えて、っていうのも少なくないみたい。

 だから、学園側は利用者たちの能力をきちんと考査して、許可制にしてある。


 クレアがあっさり許可証を見せてくるものだから、わたしも少しだけ胸を撫で下ろした。

 わたしのようなへっぽこが同行していても許可が下りるくらいなのだから、心配事は何もないのかもしれない。


「今回はね、エリナに、しっかりと私の剣を見てもらいたかったの。護る、って言葉だけでは、不安でしょう? だから、実力を知ってもらいたかった。ここならエリナは見ているだけで大丈夫よ」


「うん、ありがと……。クレアの剣技、すごく見てみたいよっ!」


 わたしは嬉々とした声をあげてしまった。

 噂だけでしか知らない、クレアの剣技。

 教員よりも強い、とまで囁かれる彼女の技量は、どれほどのものなのか。それを間近で見ることができるなんて。パートナーの特権だね。

 

 だって。パートナーっていうのは、直接戦闘ができるものと、魔法が使えるもの、この両者が組むことなんだから。

 直接的な戦闘を得意とするものが前線へ立って、魔法使いを護る。そして、魔法の詠唱を中断されないようにして、後方から援護をする。これが戦いの基本。

 単純だけど、信頼度はとっても重要なんだから。

 それ故に、パートナーは実力よりも、絆を重視して組むものが圧倒的に多い。


「喜んでくれるなら、良かった。それじゃあ、私の後ろ、ついてきてね」


「はーい、頼りにしてまーす」


 初めての実戦。

 なんだか気分が良くなっちゃって、わたしは明るい声をあげていた。

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