第13話 それぞれの時間

「結局、何も変わったことは無かったなぁ……」


 そう呟くのは、アズリッテと共に街の広場の隅に立つマリーチルであった。


「少し気になる感じだけど、もう帰ろうか……あまり遅くなると、また

ガルネッタに心配されちゃうからね」


 言いながら少し難しい表情を浮かべるマリーチルを見て、アズリッテは

声を掛ける。


「ねぇ、マリーちゃん」

「ん? 何?」


「最後にあそこだけ見てきてもいいかな?」

「……?」


 アズリッテが指した方向へとマリーチルが視線を向けると、そこに

建っていたのはこの街の資料館であった。


「あの資料館? もちろん構わないよ」

「もし疲れているなら、マリーちゃんは先に帰っていても大丈夫だよ」


 そんなアズリッテの言葉を聞いて、マリーチルは少し考える。


(別に疲れてもいないし、一緒に行くのは全然嫌じゃないけど……付いて

行ってもアズリーに気を遣わせるだけかな……?)


「わかった、先に戻って待ってるね」

「私も少しだけ見たら、すぐに帰るから」


 アズリッテの返事を聞いて、マリーチルが明るい表情で頷くと

義姉妹はそれぞれ目的の方向へと歩いて行った。


 ……。

 あれから少し経った後、アズリッテを街に残して魔女の国へと

戻って来たマリーチル。


 見慣れた道を歩くマリーチルの視線の先から、足早に彼女へと

近づく1人の魔女の姿があった。


 薄汚れた丈の長い衣服をなびかせ、何処か不気味な笑みを浮かべた

その魔女はマリーチルの正面で立ち止まった。


「やっと帰って来たぁ……!」

「スィピィネ……」


「いや~待っていたよ、これでわたしの気になっていたことが……」


 嬉しそうに口を開くスィピィネであったが、何かに気が付いた彼女は

表情を間の抜けたものへと一変させながら、マリーチルへと問い掛ける。


「……あれ? 妹ちゃんの姿が見えないのだが?」

「アズリーはまだ向こうにいるよ」


「え!? そ……そんなぁ……」


 マリーチルの答えを聞いて、情けない声を上げながらその場へと

座り込むスィピィネ。

 そんな彼女を見下ろしながら、マリーチルが呆れた声で口を開く。


「……あなたの言う実験だったら私が手伝うよ、あの臭い場所に

アズリーを入れたくないもの」

「まるで不潔な家みたいな言い方はやめてくれないかな……」


 そう言いながらスィピィネは立ち上がると、悔しそうな態度で言葉を続ける。


「今回のはかわいい姉妹が2人揃っていないと試せないのだよ」

「揃わないと……って、今度は一体何をさせる気?」


「詳しい話は妹ちゃんが戻ってきてからさせてもらうよ」

「…………」


 自身へと険しい表情を向けるマリーチルに対し、スィピィネは

得意げな笑みを浮かべた。


(相変わらず気持ちの悪い子だなぁ……)


 ……。

 一方のアズリッテは、資料館の中へと足を踏み入れていた。


 物静かな館内を見回すアズリッテであったが、やがて目に留まった

本棚の前でその足を止めると、中に置かれていた本へと視線を移す。


 頑丈そうに作られた大きな本棚に敷き詰められた数々の本。

 その本はまさに、アズリッテが目当てとしているものであった。


(この本棚に入っているの、全部魔女の本なんだ……)


 自身が予想していたよりもはるかに多いその本の数に、アズリッテが

気を取られていると、隣から彼女へと声を掛ける存在があった。


 その声にアズリッテが視線を移すと、そこに立っていたのは、整った衣服を

纏う女性であった。


 不思議そうに自身へ視線を向けるアズリッテに、女性は落ち着いた声で

口を開く。


「突然に話し掛けてすみません、ここの館長を務めているものです」


 そう告げる彼女を見て、アズリッテは自身の思っていた事を口にする。


「この資料館へは初めて来たのですが、まさか魔女に関するものがこんなに

置かれているなんて思いもしませんでした」


 アズリッテの声を聞いて、女性はその理由を答えるように口を開く。


「大陸によっては、魔女への風当りが強い所もあるので、そんな街にある

資料館だと、魔女に関するものもあまり置かないようにしているようで……」


「そのような資料館からこちらへ回して頂いた結果、これだけの数がこの

資料館に集まってきたという訳なのです」


「幸いにもこの街はあまり魔女に関心が無い……いや、中には恨んでいたり

する人もいるみたいですが……」


 アズリッテがその話を静かに聞いていると、女性は何かを思い出した

ように慌てて言葉を続ける。


「すみません、大切な時間の邪魔をしてしまって……それではごゆっくり」


 そう言って女性は深く頭を下げると、アズリッテへ背を向けて歩いて行った。


「…………」


 アズリッテは再び本棚を見据えると、その手を静かに本棚へと伸ばした。

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