第11話 門

 チトリーネの姿が完全に見えなくなった後、住居へと戻った義姉妹は

街へと出掛ける準備を整えていた。


 姿見に映った自身の姿を見据えるマリーチル。

 鏡の向こうで満ちた笑みを浮かべる彼女の容姿は、人間のそれとは何一つ

変わらないものであった。


 マリーチルは姿見から目を離すと、その近くで準備を進めていたアズリッテへと

視線を移す。

 当然ながら彼女もまた、マリーチルと同様にこれから赴く街の住人に紛れても

区別のつかない容姿を保っていた。


 普段は落ち着いた態度のアズリッテであるが、何処か期待を寄せるような

いつもと少し違う顔立ちの彼女を見て、マリーチルが問い掛ける。


「何だか嬉しそうな顔してるね」

「あ……顔に出てた……?」


 アズリッテがはにかんだ表情で答えると、それを見たマリーチルは気まずい態度で

自身の疑問を投げ掛ける。


「そういえば、昔に行ったことのある街って言っていたけど、聞いていい

のかな……?」

「マリーちゃんが察している通り、館にいた時の話だよ」

「……実際は彼女の用事であって、本当なら私まで行く必要は無かったんだけどね」


 アズリッテの話からその状況を察したマリーチルは苦い顔で言葉を返す。


「あのお嬢様、お淑やかな顔してアズリーには随分強引だったみたいだね……

まぁ、いつも連れ回している私の言えたことじゃないけど……」

「確かにあの時の私は侍女を館から連れ出すなんてと思ったけど、あの強引さが

あったから私は救われた、それにマリーちゃんにも出会えたからね」


 そう言いながらマリーチルへと微笑みを向けるアズリッテ。

 そんな彼女にマリーチルは笑顔を返すと、その傍に置かれた時計が

視界へと映り込んだ。


「……って、いけない! 早く行って帰ってこないとまたガルネッタに

心配されちゃう!」

「聞いちゃってごめんアズリー、支度は大丈夫?」

「私は大丈夫、もう行けるよ」

 

 2人はそう言葉を交わすと、家の出入口へと向かって歩いて行った。


 住居の外へと飛び出し、何気ない会話をしながら揃った足並みで歩き慣れた

道を進む義姉妹。

 2人がいま目指している場所は、ここで暮らす魔女たちから『門』と称される

この国に存在する唯一の出入口である。

 

 やがて義姉妹が門へと続く一本道を歩いていると、道の向こうに見える人影に

気が付いた。


(あれ? あそこにいるのって……)

(ガルネッタちゃん……?)


 2人が道の先へ目を凝らすと、そこにいたのは先ほどマリーチルが

名を挙げたばかりの存在であった。


 外の世界へ出ようとしない魔女が大半を占めるこの国において、そんな場所に

魔女が立っていること自体珍しいことであるが、ましてやそこにいるのは

そんな行動を良しとしない魔女ガルネッタである。


 その珍しい状況に義姉妹が慌てて近づくが、ガルネッタは2人には目も

くれず、道の隅で険しい表情で浮かべていた。


「ガルネッタ? こんな所で何をしているの?」

「大丈夫ですか……?」


 2人が心配そうに声を掛けると、ガルネッタは無関心な声で言葉を返す。


「ああ、思ったより来るのが早かったわね」

「来るのが分かっていたの?」


「さっきチトリーネを乗せた獣が貴女たちの家から遠ざかっていくのが

見えたわ、ならその後に取る貴女たちの行動なんで決まったようなものでしょう」

「え? じゃあ連れ戻しに来たの……?」


 気まずい表情を浮かべるマリーチルにガルネッタは呆れた顔を浮かべる。


「もう貴女たちに何を言っても無駄でしょう……少し考え事をしていたの」

「考え事……?」


 そうマリーチルが呟くと、何かを思い出したように再びガルネッタへと

問い掛ける。


「察するに悩み事みたいだけど……もしかして私のせい……?」

「確かにこの街の脅威になりかねない貴女たちはあたしにとって悩みの種

だけど、今更貴女たちの事なんかでここまで来て頭を抱えたりしないわ」


「そ、そう……それならいいけど……」

「だからあたしに構っていないで、早く行きなさい」

 安堵するマリーチルをよそに、ガルネッタは尖った態度で言葉を返した。


「分かった、行ってくる」

「私たちに出来る事ならいつでも言ってください」


 義姉妹はそれぞれの言葉を述べると、ガルネッタを気に掛ける態度を見せながら

門を目指して歩いて行った。


「…………」

 再び静まり返った道の隅で、ガルネッタは遠ざかっていく義姉妹の背中を

見つめながら、悲しげな表情を浮かべていた。

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