31・怪物の嵐の中で

 それから2週間ほど。ヴェイグが事前に連絡をとってくれていたおかげで、フィアルカへの入国はあっさりしていたばかりか、ネイサたちはフィアルカの国民たちの熱烈な歓迎を受けた。

 喋るライオン、キリン、イヌ、カメ。その他様々な獣たち。

 こんな国だからか、肉食という文化はなく、本来肉食であるはずの獣も、この国では昆虫すら食べず、草木のみを食べて生きている。


「で、永久怪物嵐ってのはなぜ見えない? それとも俺の目がおかしいのか?」

 とりあえずシオンが言う。


 人里ならぬ獣里離れたとある荒野。レグナの記憶を頼りに、ネイサが仲間たちと共にたどり着いた、永久怪物嵐が存在しているはずの場所。

「私にも何も見えん」

 エリザも言う。

「レグナ」

 確か当時はメーリィが何かして、それは突然現れたり消えたりした。と彼は伝えてきた。

「もしかして、偽装魔術ぎそうまじゅつ?」 

「多分な」

 アミィの考えに、ネイサも同意する。


 偽装魔術は”数秘術”の1種で、対象の周囲の数学的変換の効くあらゆる全ての数字を上手く変化させ、例えば視線の光学的道筋をずらすなどして、その場に置いたままで、その存在を隠す事が出来るというもの。


「でも偽装魔術は、理論的に可能なだけの幻の技」

 少なくともアミィはそう聞いていた。

「”命の書”を使えば可能だ」

 すぐに言うネイサ。

「メーリィさんが?」

 イザベラの疑問。

「だろうと思う」

 そしてネイサは続ける。

「これはもう完全に仮説にすぎないけど、おそらく永久怪物嵐は、それ自体巨大な精霊のようなものだった。つまり実体化されてる状態と、されてない状態があった」

 そしてメーリィはそこに入るために、それを実体化したが、何らかの理由で元に戻す事が出来なかった。

「でもあまりに危険な、実体化されたその嵐を放置する訳にもいかず、それを”命の書”を使った偽装魔術で隠した」

 つまりそういう事なのだろう。

「その偽装魔術とやらは解除できるのか?」

 シェイジェが問う。

「簡単だ。これさえあれば」

 “命の書”を用意するネイサ。

「覚悟は出来てるな、みんな。行くよ」

 そして彼は解除した、永久怪物嵐を隠している偽装魔術を。


ーー


「これは?」

「いえあっ」

 そもそもその瞬間。言葉を発せたのは、人外であるシェイジェとイザベラだけであった。

 ネイサが偽装魔術を解いた瞬間。そこはどうやら、すでに嵐の内部であったらしく、一行は全員、1人残らず凄まじい風に吹き飛ばされた。


「みんな、大丈夫か?」

 いったいどういう嵐なのか、吹き飛ばされながら、いりくんだ風の道を滑らされてるようでもある感覚。そして慣れてきて、普通に言葉も出せるようになったネイサ。

「ああ、どうなってるのかさっぱりわからんがな」

 別の道筋を吹き飛ばされながら、エリザも同じような感覚だった。他の者たちもみなそれぞれに吹き飛ばされながら、それにだんだんと慣れてくる。

「なにかきますよ」

「て、やばいやばいやばい」

 案外冷静なイザベラに比べ、かなりパニック状態のアミィ。近くにいた2人の目前には、風を無視できるようである、数十メートルはあろうかという巨大なワニ。

「レグナ」

 ネイサたちと同じように飛ばされるままだったレグナだが、所詮は強烈なだけの風、つまりはいくつもの原子の加速が問題点であるので、レグナはネイサの叫びに応えるように、自らを素早く回転させる事で、周囲の原子のいくらかをその場にループさせる事で止め、その圧力を弱める。さらに強烈な手の振りで、自らは勢いよくイザベラとアミィの方へと加速。ワニの前に立ちはだかり、その開いた口の中に、左手の大砲からビームを放ち、ワニを内部から粉々に爆発させた。


「いっ」とイザベラ。

 粉々の肉片はまたすぐに集まってくっつき、元のワニの形になったかと思うと、一瞬で巨大なヘビとなり、その長い胴体をしならせ、バラバラのネイサたちをまとめて凪ぎ払おうとする。しかしそれはまたレグナが止める。

「強い」

 止めたはずが強引に押されだすレグナを見て、シェイジェが呟く。


「ネイサ、私をなんとかレグナの所に飛ばせるか?」

 エリザが叫ぶ。

「俺が出来る、レグナの所に行ければいいんだな」

 ネイサが何か言う前にシオンが叫び返す。

「ああ」

「よし」

 体をくねらせ、両手の平をレグナの方へと向けるシオン。

「ウィンディゴ」

 言葉と共にシオンの前に実体化した青白い煙の塊。それはエリザの所まですぐに行き、煙とは思えないような圧力で彼女を押して、レグナの肩まで行くと消え去った。


「やあっ」

 目に求まらぬ速度で、その剣をヘビの体に突き刺すエリザ。

「エリザ、まさか」

 彼女が何をしようとしているのか予想のついたネイサ。

「ルードのあれを」

 そしてその通りだった。

「あああっ」

 凄まじい気合いで、やはり原理は意味不明だが、凄まじい気合いによる衝撃を、突き刺した剣を通し、蛇の内部から生じさせたエリザ。


「ははっ、やっぱりメチャクチャな奴ら」

 思わず笑ってしまうネイサ。しかし気を抜いている場合ではなかった。

 ついさっきやられた時と同じく、粉々になるも、しかしまたその肉片は集まり、今度は巨大な人の手の形となる。しっかりと左右分。その手は、自由に身動きできないネイサたちをまとめて押し潰そうとするも、レグナがつっかえ棒代わりとなり、それもまた止まる。


「これじゃ埒があかなくないか?」 

 シェイジェが言う。

「ネイサ」

 彼を見るイザベラ。

「使うしかないか」

 “命の書”を用意するネイサ。しかし使った所でどうにか出来るかはわからない。それでも状況が状況なのでネイサは一か八かアクセスする。


ーー


「やっと」

 数字の世界になるや、すぐに聞こえてきた、聞こえないはずの謎の声。

「捕らえた」


ーー


(「”命の書”は罠」)

 何もかも数字の世界の中で、ルイーヤの最後に残した言葉の数字が嫌でも背後に現れる。ネイサはすぐにアクセスを解除した。


 また消え去る数字。ただ消え去ったのは数字だけでなく、というより消えていた。嵐も怪物も仲間たちも。

 彼がいたのは、何か、見たことのない、ただ真っ白なようで、お城のようで、森のようで、海のようで、でもルメリアのようでも、フィアルカのような感じもする。何か無機質な、むしろよくよく考えたらいつかの、懐かしのボートハウスが一番近いような、でも確かに違う。そんな感覚だけがひたすらどこまでもあるような、まるでいろいろとデタラメに混じりあった絵のような光景にも思える、そんな場所だった。

 そして彼は1人ではなかった。

 

「お前は、創造主?」

 そうだとしたら、ずいぶんと可愛らしい、黒髪の女の子にネイサは問う。

「ロボットだとは思わないの?」

 笑みを見せる女の子。

「ロボット、なの?」

「違うわ、私はユリカ」

 彼女はそう名乗った。

「あなたの第一印象通りね、創造主よ。あなたたちの世界。あなたたちがハコニワだと考えてる世界のね」

 そう言った。

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