30・ルメリア外

「それでネイサ。これからどうする?」

 ラッカスが聞く。

「ルイーヤは悪人じゃないし、真実に絶望してた訳でもない」

 まるで自分に言い聞かせるようなネイサ。

 それから、ネバティでルイーヤが姿をくらました経緯や、グランデ外での彼女との会話の内容も、なるべく簡潔に彼は語った。


「俺が”命の書”を継ぐ事になる前後数年、彼女が姿をくらましたあの日まで、彼女の行動の何もかもほとんど意味不明だ」

 そして彼女を殺した何か。おそらくはハコニワ内のものではない何か。

「答を知りたい。だから聞きに行こうと思ってる」

「聞きに行くって、誰に?」

 尋ねたのはヴェイグ。

「ロボット」


 フィリアは確かにロボットの居場所を後の継承者に隠したが、歴代の継承者たちの中で、大層な好奇心と優れた頭脳を合わせ持っていたのは、彼女やレイレルだけではない。

 16代目継承者サーディー。どういう訳だか、彼は別に会いには行かなかったが、ロボットの居場所を突き止め、記録に付け足した。


「実際その記録を頼りに、26代目の継承者メーリィはロボットに会いに行っている」


 ただ彼女は、特に何も得るものはなかった、と記録に残している。


「サーディーから、メーリィまでの継承者は、なぜロボットに会いに行こうとしなかったんだ?」

 シオンが尋ねる。

「場所が場所だから。知ってる奴いるか? ロボットがいるのは永久怪物嵐えいきゅうかいぶつあらしの中にある、忘れられた名もなき街だ」

 何がおかしいのか、笑みを浮かべるネイサ

「怪物嵐に、名もなき街か。まあ機械天使が現実だったんだから、それらがあってもおかしくはないのか?」

 そしてちらとラッカスの方を見るヴェイグ

「俺は知らないが、それもルメリアの伝説か?」とラッカス。

「ルメリアの話ではないな、フィアルカの神話だろう」

エリザもそれらを知っていた。


 フィアルカはルメリアの隣国で、人以上の知恵を持った特別な獣たちが支配している、機械文明のルメリアとは対照的な、自然豊かな国である。シェイジェのような亜人族の移民も多い。


「伝説に神話か。ここが今もゲームとして機能してるなら。今は怒濤の急展開だな」 

 軽く笑うシオン。

「その神話とは?」 

「どういうものなの?」

 シェイジェとアミィが聞く。

「俺は神話そのものに関しては、あまり詳しくは知らないけど」 

 そしてネイサは助けを求めるように、エリザとヴェイグを順に見た。

「私は幼い頃に、その神話を元にしている絵本を呼んだ事があるだけだ」

 すぐさまエリザが言う。

「フィアルカが、喋る獣の国というのは知ってるだろう?」

 結局そうした流れで説明を任されたヴェイグは、まず全員に問う。

「知ってます」

「ああ」

すぐに全員が頷いたが、イザベラとシェイジェは声も出した。

「実は彼らの神話によると、現在のフィアルカの獣たちの先祖は、元々は人の国、しかもルメリアのような機械の力を頼りに築かれた、今ではその名すら記録に残っていない国に生きていた」


 しかしその前時代の国の人々は野蛮かつ残虐で、獣たちを奴隷として酷く扱っていた。

 その頃の獣たちは、大半が愚かであったが、賢く言葉を喋る者たちも少数ながら存在していた。その少数の賢き獣たちは結束して、なんとか逃げ、人里離れた地域に自分たちだけの国を作った。

 それがフィアルカなのだという。

 獣たちだけのフィアルカは、しばらくは平和だった。しかしやがて、そこにも魔の手が伸ばされてくる。残虐な人々は、ただ静かに生きる彼らを許さず、大規模な攻撃をかけてきたのだ。

 勢力の差は圧倒的で、なす術なくやられてしまうところだった獣たちだったが、その時奇跡が起きる。

 残虐な人々よりもさらに昔。さらに前時代を支配していた伝説の怪物たちが現れ、獣たちを守ってくれたのである。怪物たちは古の時代、平和な国を作るという人々の言葉を信じ、自分たちが去る事になった地を任せていたのだが、結局は騙されていた事に怒り、そしてそんな残虐な人々に酷い仕打ちを受けながら、それでも懸命に生きようとする獣たちの救いを求める声に応える為に、今1度姿を現したのだった。

 魔術による強化こそないものの、かの国はかなり高度な機械技術を有し、強大な軍事力を誇っていたらしいが、怪物たちの強さは圧倒的で、非道を尽くした人々は1人残らず、死という制裁を受けた。

 戦いの後、怪物たちは、残虐な人々の国だった土地に、自分たちで巻き起こした、永久の嵐の中に消えた。それが現在もどこかにあるとされる永久怪物嵐。その中では、いまでも怪物たちが飛び交いながら生きていて、残虐な人々が築いた、今では名も忘れられた文明跡が残されているのだという。


「名もなき街ってのはその文明跡の事だろうと思う」 

 ヴェイグはさらに続けた。

「しかし、あれはフィアルカ自体を含む各国の政府が何度も調査した末に、ただの与太話だと何度も結論づけられているんだが」

 そして聞く。

「普通に、事実なのか?」

「その神話が事実かどうかは、俺は知らないよ。ただ」

 そこでレグナの方を向くネイサ。

「永久怪物嵐というのは実際にある。その場所もレグナが覚えてる」

「そっか、レグナはメーリィさんて人の時にはいたのか」

 ぽんと手を叩くアミィ。

「でもレグナはロボットには会ってない。彼じゃ嵐の中は危険すぎるって、メーリィに待機を命じられてたようだから」

「レグナが、危険すぎて待機?」

 驚きの情報に、イザベラは開いた口がふさがらない。

「メーリィ以降、誰もそこに行こうともしなかった理由はこれでわかったろ」

「むしろメーリィとやらは、よく行けたな」とラッカス。

「ほんとですよ」

 続くイザベラ。

「まあ、メーリィは歴代の継承者の中でも、最強候補なくらいに魔術師として強い人だったらしいから。それにその時のレグナは、今の彼に比べたらだいぶ弱かったはずだ。彼はその後2度改良されてる」 


 今なら大丈夫。とレグナは、ネイサとイザベラに思念を飛ばす。

「ああ。そうだな」

 イザベラ以外には意味不明だったろうネイサの頷き。

「俺は、例え俺たちがただの数字でも」

 ぎゅっと拳を握る。 

「みんなと出会えたこの運命が大切だ」

 この世界で出会い、共に戦い、今一緒にこの場にいる。 

「ただこの先の戦いは、これまでとは違う」

 “命の書”を巡るルメリア政府との戦いのように、共通の敵も使命もない。

「ロボットに会っても無意味かもしれない。だから」

「一緒に行くぞ」

 ネイサに最後まで言わせないエリザ。

「私は一緒に行く」

「エリザ」

「イザベラのようにたった1人の特別ではないかもしれんが」

 それでも、2人は……

「私たちは友人同士だろ」

 そう、ただそれだけのこと。ドロンの街で、互いの立場がどうであったとしても、間違いなく2人は気の合う友人同士だった。

「私は、危険をおかそうとする友をほっておけるほど薄情じゃない」

 そしてエリザは笑顔を見せる。

「はいはい、私も」と何かに立候補するが如く手をあげるアミィ。

「ていうか私たちも、出会って日は浅いけどさ。でも仲間だよ」

「ああ、俺たちも行く」

 アミィに続き、シェイジェが言う。

「それにもう、答を知りたいのはお前だけじゃないぜ」

 シオンもさらに続く。


「ネイサ」

「ラッカス」

 兄弟子が浮かべていた複雑そうな笑みに、ネイサはなんとなく事情を悟る。

「ヴェイグ」

 彼を見るラッカス。

「わかってるよ。ネイサ、隣国とはいえフィアルカは他国だ。入国の手続きに加え、君らが向こうでも、ある程度自由が効くように取り計らってあげるよ」

 まだヴェイグにはそれが可能だった。

 ディスギアは大きな被害を受けはしたが、ネイサたちが必要以上には殺しも破壊もしなかった事もあり、ルメリア政府自体はまだ十二分に機能している。ヴェイグが襲撃者であるネイサたちに加担した事についても、知っている者でまだ生きているのはアシャナくらいだが、彼女1人くらいならどうとでもなる。


「ただ俺たちが出来るのはここまでだ」とラッカス。

「お2人は?」

 てっきり2人もついてくるものだと考えていたイザベラ。

「僕は普通に足手まとい。ラッカスは」

 事情を知ってはいたが、ヴェイグは説明を本人に任せた。

「俺はネイサのような天才じゃなくてね。ディスギアの機械兵団なんて大規模なもの利用するためには、かなりの無理をする必要があってな」

「大生命樹を生成したんだろ?」

「そういう事さ」

 ネイサは笑わず、ラッカスは笑みを見せた。

「何? それ?」

 魔術師のアミィもそれを知らない。

「はい、何ですか? その大生命樹って?」

 イザベラも知らなかった。

「知らないのも無理ない。使えるか使えないか生まれつきによる魔術だし」

 その上たいていの者は使えないので、強力でありながらあまり知られていない魔術。

「自らの”生命樹”を、特定の地域の”生命樹”と結合させる技で、その特定の地域内では、魔術師としての自らの力を何倍にも増幅させる事が出来る」

 ただし代償としてその特定の地域から一定以上の距離では、全く魔術を使えない。

「俺はそれをディスギアで使った。元々俺にその才はなかったが」

「レグナ」

 それ以上ネイサには説明する必要もなかった。

「いつか、レグナに救われた時、”生命樹”の形が」

 自分も実際に救われて気づいたが、レグナに生命力を与えられた者は、過剰な生命力の圧迫によって、人為的には不可能なほどに”生命樹”の形が大きく変化する。

「そう、そうして偶然にも俺は才を得た」

 大生命樹を生成できる才。ネイサの助けになれるだろう力。


「ラッカス」

 唐突に膝を地につけ、頭を下げ、手のひらも地につけるネイサ。

「ありがとう。イザベラを助けてくれて」

 その目からは何滴かの雫。ラッカスはしばらく何か言おうとして止めて、言おうとして止めてを繰り返した末に、ただ告げた。

「気にするな、兄貴分として当然の事をしたまでだ」


 それからはほとんど会話はなかった。

「それじゃ、ラッカス、ヴェイグ」

「ああ、またな」

「じゃ、フィアルカには連絡とっとくよ」

「また」

 ネイサは2人に別れを告げた。

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