28・真実

「ラッカスはルイーヤから、イザベラとエリザは俺からすでに聞いてる事だけど、シオンももしかして知ってるかもな。”命の書”の最初の所持者アークスが隠そうとしたのは、最後の7ページだけだった」

 彼はそれ以外の部分に関しては、どうでもよいと考えていた。むしろ彼はルメリアの繁栄のために、最初の方に書かれていた特別な”創造術”を広めようか悩んでいたという。

 結局彼は、あまりに優れた”創造術”は破滅をもたらすと考え、公表しなかったが、しかし最後の7ページを参考に”数秘術”を考えだし、広めた。


「49ページまでに書かれてるのが究極の”創造術”とすれば、最後の7ページに書かれてるのは究極の”数秘術”なんだ。ある意味では」

 アークスに”命の書”を渡した者たちと同じく、そこに書かれていた数字の羅列も、それ以前の全てのページと同じく単なる暗号だと、アークスも最初は考えていた。

 しかし7ページの、つまりは”命の書”の最後のページに触れた時、彼は理解する。


「それは、今はアクセスと呼ばれる行為だった。”命の書”の最後のページは繋がっていて、ただ触れればそこに存在を飛ばす事が出来た」


 それはつまりこの世界の秘密。この世界は全て数字の羅列の積み重ねにすぎなくて、”命の書”の最後のページは、その数字の羅列、背景プログラムと呼ばれる領域への直接的な出入口。


「背景プログラムには、いくつか階層があるみたいで、”命の書”でアクセス出来るのは、そのいくつかの階層の1つだけらしい」


 数字を操作する事も出来たが、例えば生命体の数字は操作出来ないなど制約の理由は、おそらくそれだろうとされている。

 しかし操作出来る数字を操作し、例えばある物を別の物に変化させたり出来るために、アークスは、背景プログラム、すなわち単なる数字の羅列が本当にこの世界の正体なのだと確信した。


「この世界自体も、さらに上の階層なのかもしれない。制約はかなりあるけど、そもそもこの世界でも数字の変化を起こす事は出来る」

 それを”数秘術”と名付けアークスは広めたのだ。

「実際歴代の継承者たちの多くがそうだったように、この世界が、感情とか、自分の性格や、これまでの人生とかだって全部単なる数字の羅列にすぎないなんて知ったら、何もかも嫌になってしかりだよ。そもそも”命の書”の継承者を選ぶ最低限の条件は、絶望しようが、無気力になろうが、それを結局ちゃんと守ってくれそうな数字の羅列で出来てるやつかどうか、なんて、かなりふざけたものなんだから」


 “命の書”を持つ者は、誰かの事を知るのに、その誰かと話す必要もない。ただ数字を確認すれば、その本人も知らないような事まで知れるのだ。この世界はそんなもの。

 しかし後の継承者たちにとっては幸か不幸か、アークスは絶望すらせず冷静だった。彼はルメリア発展のために、仲間の指揮を下げてはいけないと、それを秘密にしようと決め、そうして”命の書”の長い継承の歴史が始まった。

 ただ、アークスが知ったのは、世界が数字の羅列というところまでだった。今ではより詳しい事がわかっているが、それらの知識の多くは、”命の書”を足掛かりに、この世界の正体をより詳しく探ろうとした2代目所持者レイレルによる。彼はアークスの弟子だが、ルメリアにあまり思い入れはなく、そもそも最初の方のページの”創造術”自体、危険で隠すべきだと考えていた。そこで後に3代目となる弟子のフィリアと共に、彼は姿をくらまし、その後はひたすらにこの世界が何であるのかの調査を続けた。


「世界が数字で出来てるだけなら、単に世界とはそういうものなのか。この世界は誰かが数字で作ったのかがわからない」

 誰かが作ったのだとしたら、何のためかも突き止めるべき。レイレルはそう考えていた。

 彼は”命の書”による背景プログラムへのアクセスを何度も何度も繰り返し、ある時、ある異質な存在に気づいた。そしてレイレルとフィリアはそれに会いにも行った。


「そいつは生物でも、無生物でもなかった。第三の存在としか言えないとレイレルは記録に残してる。そいつは」


 ロボットと名乗った。そして彼だけが特別に出る事も出来るようだった。このハコニワという名称らしい数字で出来た世界が無造作に置かれてるという、数字で出来ていない真の世界へ。


「ロボットもレイレルを求めていた。ロボットは情報を記憶する事は出来ても、そこから何か解釈をしたりする事が苦手だったから」

 だが彼らは出会い、そして協力しあう事にした。

 そうしてロボットが情報を集め、レイレルが答を導くというやり方で、彼らはついに暴いてしまったのだ。この世界が、元々ゲームとして作られたという真実に。


「アークスが広めた”数秘術”。あの”数秘術”をまさしく箱らしいこのハコニワ外の者は、簡単な操作で行う事が出来る」

 そうしてハコニワ内のコントロールを、望むように行うのを目指すという、そういうゲーム。

「ただゲームとして作られたこのハコニワだけど、どうやら放置されてるらしい」

 ハコニワの周りは、少なくともハコニワ内の者たちの基準で言うならば、凄まじく荒れ果てている。

「ハコニワ内は、ハコニワ外の世界にある程度似せられてるようだから、俺たちの基準もわりと当てになると思う」 

 そしてだとするなら、ハコニワの周りは時折嵐が吹き荒れるだけの果てしない荒野だった。

「とりあえずは、ゲームを楽しむための場所ではないと思う」

 

 レイレルは2つの可能性を提示した。1つは、ハコニワを作った者たちが、飽きてしまったハコニワを捨てた可能性。もう1つは、ハコニワを作った者たちはすでに滅びたか、少なくとも今ハコニワの置かれてる場所からは、遠く離れてしまった可能性。

 どちらにしてもレイレルにとっては喜ばしい事だった。この世界は確かにお遊びのために作られたもの。しかしこの世界はもう独立し、創造主の影響下を離れている。自分たちはもう好き勝手支配されてる訳じゃないのだ。


「レイレルにはまだ時間があったろうけど、それ以上はもうハコニワ外について調査研究した記憶はない」

 彼は、その頃にはもう親友と呼べるような存在だったロボットが、もう動く事すらままならないと知っていた。ロボットは、ハコニワ内では決して生み出せない、特殊なエネルギーで動いていて、それは幾度ものハコニワ外への調査旅行で尽きかけていた。

「それからレイレルはフィリアに。フィリアも師と同じくハコニワ外について研究したが、ロボットにはもう頼れなかった。そしてフィリアは、レイレルの死後は孤独を望んだロボットのために、彼と別れ、彼の隠れ潜む場所を次代の継承者には伝えなかった」


 しかしロボットに頼らずともフィリアはさらに重要かもしれない2つの事を明らかにした。

 まずハコニワ外とハコニワ内で決定的に違っている部分。ハコニワ外では魔術というものは創作、あるいは伝説にすぎないという事。例えばハコニワ外の物質も陽子、中性子、電子から出来ていて、少なくともそれを組み換えて、物質を別の物質に変化させる”錬金術”に関しては、理屈は合っているが、それを人が自在に行う事など出来ないのだという。

 そしてハコニワ内の物が、それらを操れるという事は、そのまま、ハコニワ内の世界が、その構成要素に至るまで、完全に架空のものであるという証拠にもなった。


「ここはファンタジーフィクションと呼ばれるような舞台らしい」


 またハコニワ内の者たちは、そのシステム上の存在であるために、誰1人として、決してハコニワ外に現れる事は出来ない。ロボットがハコニワ外に出られるのは、彼が元々ハコニワ外の者で、ハコニワ内システムには、外部の何かを通して繋がっているにすぎないからなのだ。そしてハコニワが壊れてしまえば、それでハコニワ内の者にとっては全てが終わり。レイレルはハコニワ外への進出を、最終目標の1つにしていたようだが、それは叶わぬ夢だったという事だ。

「それとフィリアは、ハコニワ自体が無事であろうとなかろうと、俺たちは不滅ではないとも示した」


 プログラムはあらゆる意味ある数字の組み合わせだが、その数は無限ではない。そして時折いくつかの数字は、他の全ての数字にとって、ただただ有害なだけになってしまったりする。そうなってしまった数字はバグと呼ばれ、まるで呪いでもかけるように、周囲の数字の意味を失わせてしまう。殺すとか、破壊するとかじゃなく、存在自体を無意味なものにしてしまう。バグはやがては勝手に消えるか、それ自体意味を失ってしまうし、ネイサがかつてネバティでしたように、”命の書”を使えば、直接的に消す事も出来る。

 しかしバグは発生する。ハコニワ内のどこの数字でも、突然バグになってしまう可能性はあるのである。そして1度無意味になった数字は再び意味を持てない。つまりはやがて、このハコニワ内の全ての数字は、全て無意味となり、意味ある数字によって構成されている世界は存在出来なくなってしまうという事。ルメリア、天球、あらゆる生命体、この世界のものは全て。


「で、フィリア以降は、あまり新しい知見はない。これまで話した初期の所持者3人が得た知識を、継承者は代々受け継いできてるだけ」

 そこまででネイサは話を一旦止める。しかし誰も何も言わないからか、単に一呼吸おいただけなのか、彼はまたすぐに語りだす。

「”命の書”。これが結局何なのかは今でも謎だ」

 アークスにとっても、レイレルにとっても、フィリアにとっても、そしてその後のどの継承者にもそれは謎だった。ハコニワ内の者には本来出来るはずのない、背景プログラムへのアクセスを可能とする道具。

 なぜそんなものが存在しているのか? 明らかにハコニワを作った者たちが意図したものではないだろう。

「ただフィリアは、どうやって調べたのかは不明だけど、それがこのハコニワに最初からあったものではないと確信してたらしい」

 そしてそれは現在までで、”命の書”という道具そのものに関する唯一の情報。

「でも師匠は、ルイーヤは何か掴んでるのかも。それは俺は知らないけどね。師匠は何も話してはくれなかったから」


(「あれは罠よ。“命の書”は罠」)


「ここまでが、”命の書”の継承者として、俺が背負わされた全てだよ」

 そして今度こそネイサは完全に話を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る