27・天使兵団

「ネイサ、いったい」

「ラッカス」

 しかしネイサが何かを語る暇も今はなかった。

「みんな」

 そこに現れたシオン。

「シオン、キーリアは?」

 彼がキーリアを抑えてくれてたのは、ネイサにも見えたので知っている。 

「いや、あいつ、何か死んだんだよ。自分で自分にナイフぶっ刺しやがってさ。で、それで、それだけじゃなくて」

 とにかくその場の知らない面々や、傷ついた仲間を気にする余裕もない様子だったシオン。

「やばいよ。あいつ何か、ただ自殺したんじゃなくて、自分の命と引き換えに何か呼んだみたいで」

「あれだろう」 

 すでにそれに気づいているエリザ。

 グランデの真上。上空から降りてくる巨大な円盤状飛行船。


「あれは」

 魔術師でも武術の心得もないので当然だが、戦いには参加していなかったヴェイグ。

 しかしどこにいたのか? いつの間にかエリザの隣に立ち、彼は共に円盤飛行船を見ていた。

「ヴェイグ、あれはまさか」

機械天使兵団きかいてんしへいだんだと言いたいんだろ? しかしあれは”命の書”に比べても、ずっと荒唐無稽な」

「だが、あれは現実にそれなんだろ」

「まあ、みたいだな」

「それ、なんなんだ?」

 今度はラッカスとヴェイグの会話に、ネイサが割り込む。

「初期の頃にルメリアで開発された、魔術全部を極めた魔術師が、その身を犠牲にして呼び出すことが出来る最強の機械兵士団。という伝説さ。伝説じゃなかったみたいだが」

 ヴェイグがそう説明した直後。

 円盤飛行船のあちこちに生えた、コウモリの羽に似た、鉄製に見える大量の翼。


「伝説通りなら、あれは呼び出した奴が死ぬ間際に残す命令に従う」

「えっと、もしかして、あれは私たちを狙うように命令されてるですか?」

「だろうと思う。キーリアの、最強の魔術師の最強の悪あがきといった所か。しかし師匠を先行して殺すなんて、彼女の事を信じてはいなかった訳だ」

 問うイザベラに、頷くラッカス。

 

 円盤飛行船は続いてコウモリ羽の数だけ、それぞれにそれらコウモリ羽1枚ずつをつけた、白い球体形に細長い手足をつけたゴーレムに分裂していく。最終的には百体ほどの球体ゴーレムに別れた後、飛行船の残った部分はもはや円盤ではなく、正方形となっていた。

 正確には111体の球体ゴーレムと、正方形の、実はそれもゴーレム。そこまで正確に認識出来たのは、ネイサとラッカスだけだったが。


「ラッカス、あいつらは外で俺が相手した機械兵士共に比べて、どのくらいの強さと思う?」

 とりあえず尋ねるネイサ。

「伝説通りなら、あの球体の、天機てんきというらしい、あの1体1体が機械兵団1個分を凌ぐほどの強さだ」

 別に何でもないことのように、とんでもない答を返すラッカス。

「じゃ、レグナでも多分、数分持たない、逃げるしかない」

「イザベラも取り返したしな」

 ネイサの言葉にすぐさま同調するエリザ。

「まっ、逃げるしかない所で、逃がしてくれる奴らじゃなさそうだけどね」

 シオンが言う。

 そしてそうこう話してる間にもゆっくりと下降を続け、徐々に近づいてくる機械天使兵団。


「でも、ずいぶんゆっくりに思えるけど」とアミィ。

「いや、あれは多分こっそりと近寄ってるつもりなんだ。おそらく俺たちが逃げようとすると、それに反応して、一気に速度を上げてくるぞ」

 もう伝説通りなら、と前置きもしないラッカス。もう確かに現実に、目前に迫っているのだ。伝説でも何でもないそれは、今まさに。


「さっきの光線を撃たれたら?」

 アミィが問う。

「あれは原理上、姿を現してから1度しか撃てないものだよ。奴らの戦闘スタイルは接近戦のみのはずだ」と実に簡潔なヴェイグの説明

「ネイサ」

 ラッカスだけでなく、エリザとシェイジェも同時にその名を呼んだ。

「手はある」

 今や、その手に戻ってきた”命の書”を見るネイサ。


(「やめなさい、今は駄目よ。あれは、罠よ」)

 

 頭をよぎるルイーヤの死の間際の叫び。

「ネイサ」

 今度はイザベラ。呼ぶだけでなく、隣に立ち、彼の空いている方の手を、横から両手で包む。

「最後じゃないさ」

 イザベラの言いたい事なんて、聞くまでもなく、ネイサにはわかる。

「最後にはさせない」


(「今はやめなさい」)

 ルイーヤは、今は、と言っていた。自分を助けるためになんて使うな、という事なのだろう。今は。使うべき時には使えという事だろう。


「マジでやばい、もう来る」

 笑みすら浮かべてはいるが、全く余裕はないヴェイグ。

 全く止まってもくれず、もう後、数秒でグランデの屋上という距離に迫る絶望。

「使うよ、師匠」

 そして“命の書”最後のページを開くネイサ。

 そのページを開くのも、そして管理プログラムにアクセスするのも、ネバティ以来。

 彼は今またアクセスした。この世界を形作る膨大な数字の大海原に。


ーー


 やはりどういう訳だか、どう考えても意味不明なはずの0と1の組み合わせなのに、意味はわかる。おそらくこうしたアクセス時は、自分自身がこの0と1だからなんだろう。もしくは、自分たちの考え方というか意識というか、とにかく自分たちはこれらがわかるように作られているのかもしれない。

 むしろ自分たちが思考と呼ぶものは、この0と1の羅列で作られているというより、この0と1の羅列そのものなのかもしれない。普段の思考と等しい事だから、この数字の海に浮かぶいくつもの意味、その1つ1つが自分たちの世界の何に対応しているのかがわかるのかもしれない。

 ここでは陽子も電子も中性子も”生命樹”も、よく知る世界の構成要素とされる全てが数字の組み合わせ。ただしそれだけじゃない。絶対にそれだけじゃない。


[001110101011001……]

 機械天使兵団は生命体。ゴーレムとは近いが少し違う存在。まあゴーレムだろうが、そうでなかろうが、生命体であるなら、”命の書”によるアクセス中に直接の干渉は出来ない。

 ならどうするか?

 倒すのが無理なら、やはり逃げるしかない。そのプログラムから察するに、奴らは標的を見失った時がかなり脆い。混乱のあまり、再び標的を捉えるまで、その場をひたすらくるくる回るだけのループに陥るようだ。つまり逃げてしまえば、後は二度と近づかなければいい。逃げるが勝ち。なら、最善の策は、

 いくつかの数字に手を入れてから、アクセスを解除し、よく知る世界へと意識を戻すネイサ。


ーー


 ネイサにとってはこの世界での一生よりもずっと長かったように感じる時間。しかし他の者たちにとってはほんの一瞬。

「使うよ、師匠」 

 彼がそう言ってから、数秒と経っていない。そう、一瞬で。

 まるで初めからそこにあったかのように、確かに今の今まで壁と地べただった所に出現した、レグナでもわりと楽に通れるような大きな通路。それにその場の全員が楽に乗れるくらい大きなトロッコと、通路に敷かれたそれが走る線路。

「みんな、これに」

 驚いたり、聞きたい事を聞いたりするのは後にして、とりあえずはみな彼に従い、トロッコに乗り込む。

「レグナ、頼む」

 言うまでもなく、すでにトロッコの後ろについていたレグナは、ネイサの言葉を合図に、それを押して動かし始める。


 それから、その死角を上手くつくように作った逃げ道を走っているのだから当然だが、トロッコで逃げるネイサたちに、機械天使兵団はすぐには気づけない。そして逃げられたと気づいた時には、もうネイサたちは安全圏にいた。


ーー


 ”命の書”により、一瞬で作られた地下の路線を数時間ほど走り、ネイサたちを乗せたトロッコは、ハンテスの街のとある廃墟内へと行き着く。

「ネイサ、いったい何がどうなってるんだ?」

「そうだ。”命の書”って何なんだよ?」

 トロッコを降りて、まずネイサに問うラッカスとシオン。

「全部話すよ。俺の知ってる事は」

 そうすべきだと思った。


 ”命の書”の所持者たちが代々受け継いできた秘密。この世界の秘密。たとえ、これまでそれを知った多くの者たちと同じように、彼らが自分の価値を、大切な物を、生きる目的を失ってしまうとしても。それでもネイサは話す事にした。

 だって関係ないから。大切な存在と、大切な存在を守ってくれた仲間たち。それだけだから。それだけで、確かに自分はネイサ。この世界で。ルイーヤの弟子。何よりも、好きな子がいて……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る