26・真実に最も近づいていた者

 それはラッカスもイザベラもアミィも知らない魔術だった。ラズーの指から発せられた、伸び縮みする光の剣。彼はそれによって、とりあえず最も近くにいたラッカスを斬ろうとした。

「危ない」

 しかし斬られたのはラッカスの前まですぐさま来て、その身を盾にしながら、ラッカスは横に押し退けたイザベラの背中だった。

「イザベラ」

 すぐにその名を叫ぶラッカス。

「大丈夫です」

 強がりでなく、事実、ほとんど一瞬で傷を塞いでしまうイザベラの再生能力。

「それよりもラッカスさん」

 そしてすぐにラッカスにある事を頼んだイザベラ。


「やあっ」

 一方、ラズーがまた何かする前に、その頭上の天井までひとっ跳びして、その勢いのまま、彼の上から剣を突き刺そうとするエリザ。しかし彼女の剣は、光の剣であっさりと受けられてしまう。それからかなりの力で、ラズーは手を振り、エリザを投げ飛ばす。

「はっ」

 しかし飛ばされながらも体をひねり、壁を蹴って、再び下の地に足をつくエリザ。

 ラズーは追撃しようとするが、その前に今度はシェイジェの攻撃を受け、その足は一旦止まる。さらにそこに、すっかり体勢を立て直したエリザに、ラッカスに、空気や壁を削って作ってもらった剣を持ったイザベラも加わり、結果ラズーは3人がかりの攻撃にさらされる。

「終わりだ」

 そして一瞬の隙をつき、ラズーの腹部を素手で貫いたシェイジェ。

 エリザもイザベラも一旦攻撃を止める。また赤騎士との戦いの時と同じく、仲間たちが直接戦ってる隙に魔術発動の準備をしていたアミィも、準備を中断はしなかったが、内心きょとんとする。ラッカスは、彼は即興で作ったために、それほど耐久性はないイザベラの剣が壊れぬよう、ひたすら剣の分子構造の調整操作をしていた。


「ははは」 

 腹を貫かれるも、血の一滴も見せないラズーが、唐突に発した、ただの少しだけの笑い声。しかし今や彼をレグナと近しいような存在だと認識していたラッカスとイザベラは、レグナとは違い、彼が声を発せられる事に驚かされる。そして次の瞬間、シェイジェはラズーを貫く腕を千切られ、後方に凄まじい勢いで押し飛ばされる。その飛ばされる先にはアミィがいて、シェイジェはぶつかり、2人共に大きな衝撃を受けてしまう。

「シェイジェ、アミィ」

 やられた2人の名を叫びながらも、エリザは冷静に、千切れたシェイジェの腕に、腹を貫かれたままのラズーの、今度は首に剣を突き刺そうとする。

「ぐっ」

「きゃっ」

 しかしエリザの剣は、その切っ先がラズーの首に届く寸前に、横切りで彼を真っ二つにしようとしたイザベラの剣と共に、鞭か、とてつもなく素早いヘビのように、くねり動いたラズーの光の剣によって破壊されてしまう。

「ぐっ」

 直接的にダメージを受けたのはラッカスだった。操作のために自身の”生命樹”の一部をイザベラの剣に重ねていた彼は、その剣を破壊される事で”生命樹”を大きく乱され、凄まじい精神的打撃を受けてしまう。

「ちっ」

しかし仲間たちを次々やられ、剣を砕かれても、エリザもイザベラも諦めない。エリザは時々蹴りを繰り出しながら、なんとかラズーの繰り出す光の剣の攻撃をかわし続け、イザベラは一旦距離をとって、エリザのフォローのための魔術の準備を始めようとする。しかし魔術発動の準備、すなわち”生命樹”の操作を、イザベラが始めたまさにその時。

「レグナ?」


 流れ込んできた彼の意識。レグナは喋れこそしないが、言葉は理解できる。そして言葉はなくとも、その考えを伝えてくる事も出来るとは、イザベラも、ネイサに聞いていて知っている。しかし実際、レグナが彼女に語りかけてくるのは初めてだった。


「エリザさん、そいつから離れて」

「イザベラ?」


 言われた通りエリザが、ラズーを蹴った勢いで、彼から離れた瞬間、その瞬間をレグナは逃がさず、ピンポイントで壁を破壊し、その場に現れ、ラズーを両手で叩き潰した。


「レグナ」

 呟き、立ち上がるラッカス。 

「終わった、のか?」

「ネイサくんは?」

 シェイジェは千切れた腕を抱えながら、アミィはそれを魔術により出来る限り癒しながら、2人もなんとか立ち上がる。

「そうだ、ネイサは?」とエリザ。

「ここよ」

 レグナが破壊し、開けた穴から現れたルイーヤ。細い体のどこにそんな力があるのか、気を失ったネイサを片手で抱えながら。

「ルイーヤ、さん?」

「し、そんな」

 さすがに凄まじく驚く、彼女と面識のあるイザベラとラッカス。

「久しぶり、というのは妙な気もするわね。近くにはいたから」

「あんたが、ネイサたちの事を。いや、ラズーはそもそもあなたの?」

 とにかく尋ねるしかないラッカス。信じられなくとも、他に考えられなかった。


 ”命の書”を狙ったラズーという魔術師は、ルイーヤが”命の書”の知識を使い作った、完全なる生命体たるホムンクルス。


「ああ」と、そこで唐突に目覚め、服は捕まれたまま、ルイーヤの頬を手ではたくネイサ。

「いつっ」

 全く不意をつかれ、ネイサを離してしまうルイーヤ。

「油断したな」

「ネイサ、あなた。どんなトリック? だいぶ真面目に内臓破裂させたつもりなんだけど」

「バカ共がバカな事してくれてね。生命力が有り余ってるんだよ」

「レグナね。でもそれより何より、生命力を使う自己治癒魔術。しかも無意識下での発動。あなたわりと、ほんとに何でもアリね。我が弟子ながら恐ろしいわ」

「その態度、まだ余裕ある訳?」

 別にふざけあってる訳ではない。和解した訳でもない。しかしネイサとルイーヤ、2人は互いに笑みを浮かべあう。


「なあネイサ、全く話についていけないが」と話に割り込むラッカス。

「ラッカス」 

 そこで初めて彼に気づいたらしいネイサ。

「師匠」

 イザベラもネイサの視界に入る。 

「イザベラ」

 さっきルイーヤと共に浮かべたのとは全く違う。楽しいというより、優しげで柔らかな笑みを浮かべるネイサ。そして次の瞬間には、その笑みもやめ、真剣な顔で周囲だけさっと確認し、再びルイーヤの方を向く。

「話は後だ」

 今は二重の再会を素直に喜ぶときではない。敵はまだ目の前にいる。

「敵」


 本当に、そうなのだろうか?

「ねえ、師匠」

 また師匠と呼んだ。別にただなんとなく。

「あんたの敵は? 俺たちじゃ、ないんじゃ?」

「ネイサ」

 そしてルイーヤがどういう意味だか、ため息をついた瞬間だった。


 どこか、確かにどこからか放たれた細長い閃光。それはディスギアのシールドを、グランデの壁を、そしてルイーヤの身体を、それだけを貫いた。

「師匠」

「ルイーヤさん」

 ラッカスとイザベラの同時の叫び。

「何だ? どこから?」

 レグナが開けた穴から身を乗り出して、閃光が放たれたと思われる方向を見るエリザ。

「何だ? あれは?」


 そこに見えていたのは、徐々に地上へと降りてきている巨大な白い円盤。


「ぐっ」

 膝をつくルイーヤ。同時にネイサの脳裏をよぎったある推測。

「イザベラ、”命の書”を」

「は、はい」

 すぐにイザベラは両手のひらを合わせ、それを取り込んだ時と同じく全身衣服こと半透明となり、内ポケットから出すように”命の書”を取り出す。しかしそれを手渡されたまさにその時。

「やめなさい。今は駄目よ」

 今や膝だけでなく腕も地につき、その状態のまま、目一杯叫ぶルイーヤ。

「師匠」

 彼女のすぐ側により、同じく膝をつき、目線を合わせるネイサ。

「これは運がない、かな」

 何か伝えたくとも、もうルイーヤには時間がなさすぎた。

「ネイサ、よく聞きなさい。”命の書”は、あれは罠よ。でも、武器、にも」

 そこまでしか彼女には言えなかった。


 ルイーヤ。

 “命の書”の47代目継承者。そしてこの世界の真実に最も近づいていた者。

 彼女はそうして、本当に死んでしまった。

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