25・最後の教え

 ルイーヤが消え去ってから。

 ドロンの街に落ち着き、エリザと知り合い、会社を作り、しばらくの平穏の後、突然現れたキーリアに”命の書”ごとイザベラを連れていかれ、それをここまで追ってきたネイサ。そして今、そのネイサの前に再び現れたルイーヤ。

 

「なぜ? 私が生きてると?」

「俺の事を政府に伝えるような人物に、そんなに心当たりはない」

「ラッカスかもしれないし、もしかしたらイザベラの可能性だってあるでしょ」

「”命の書”の事も、この世界の事も、あの2人は知らない」

「私が知ってるからってどうだっていうの?」

「何かを知ってる。俺も、きっとあなた以前の継承者たちも知らない何かを」

 その何かがルイーヤを動かしている。その何かのために、ルイーヤはキーリアたちを使い、この状況を用意した。

「そうなんだろ?」

「やっぱり、あなたは優秀すぎるわね。だからこそあなたには継がせたくなかったのに」

「なら、サミュエルが死んだ時、ラッカスを選べばよかったのに」

「彼なら結局あなたに継承者の座を譲っていたでしょうよ。あなたの事を買いすぎてるわ」

「ルイーヤ、あの時」

 それを聞くのは正直恐ろしかったが、それでも聞かずにはいられなかった。

「あのネバティに発生したバグは、本当に」

「ほとんどが本当よ。あのバグの原因はこのハコニワ世界を包むシールドシステムの1つの破損が原因」


 ハコニワ世界。この世界を指す言葉。


「そして私が繋がりを断ち、この世界を孤立させる事で守ったのも本当。そもそもが火星の動きの異常から事態を察知したのも本当。ただね、さよならってのは嘘」

「本当に異常な事態が発生して、あなたはそれを利用した。今のこの状況を作り出すために」

「その通りよ」

「で、今何をしようとしてる? ルイーヤ、お前いったい何なんだ?」

「何をしようとしているか?」

 かつて師と呼んだ相手と同1人物とは思えなかった。その笑みは、あまりに不気味に思えた。

「ねえネイサ。私は」

 しかしその時、突如鳴り響いた轟音に、ルイーヤは言葉を止め、向かい合っていたネイサと共に、グランデの方へ顔を向ける。

「何?」とネイサ。

「ラズー」

 その音を発した人物の名を、静かにルイーヤは呟いた。

「ラズー?」

 当然だが、ネイサはまだその名も知らない。


ーー


 そのラズーのいる部屋まで、残り数十歩の所で、ネイサの仲間たちも轟音に驚き、一旦足を止めていた。

「気づかれたな」とラッカス。

「気づかれたのか?」

「これはラズーの?」

 ほぼ同時に問う、シェイジェとヴェイグ。

「多分、音界おんかいとかいう魔術だな」

 ラッカスがそれ以上の説明をしている暇はなかった。

「ラズー、彼が?」

 部屋から出てきたラズーを視界に捉えるや、呟くアミィ。


ーー


「ルイーヤ、お前」 

 その名をアミィが口にするのと時同じくして、その男、ラズーの正体にネイサは気づいた。

 ラズー。彼はつまりレグナと同じ。“命の書”前半に書かれた叡知により作られた、この世界における究極的な生命体。

「もう気づいちゃったか。さすがね」

 たいして慌てもしないルイーヤ。

「みんな」

「そんな簡単に行かせると思う?」

「くっ」

 もはやそれどころではないとばかりにルイーヤは放置し、グランデに向けてレグナを発進させようとするネイサだったが、その道は、ルイーヤが発生させた、巨大な炎の壁に閉ざされる。


ーー


 気づいたのはネイサだけではなかった。

「ラズー、こいつは?」

「そんな」

 ルイーヤやネイサほどではないだろうが、レグナの事をよく知っているラッカスもイザベラも、ラズーを直に見て、何か、レグナとよく似た何かを感じてしまう。


ーー


「さっきの言葉の止め方。ルイーヤ、あなたも今アレが動くのは想定外だったんじゃないのか?」

「まだ話の途中だからこそ、置いてけぼりはひどいんじゃない?」

「アレは何なんだ? お前が作ったのか?」

「ええ、私もそこらの魔術師の中ではだいぶ上の方だと思うのだけど、あのキーリアや本物のラズーはさすがに恐ろしかったからね」

「本物? あれはそれじゃ、そっか、お前は」

「多分だいたい今あなたが考えてる通りよ」

 実際その通り、もうネイサはほとんど悟っていたが、ルイーヤはちゃんと説明した。

「あなたにさよならを告げた後ね」


 ルイーヤは最初、ルメリア政府に、実質政府の支配者と言えるラズーたちに気づいてからは、彼らに取り入り、ネイサの”命の書”を奪わせようとした。しかし問題はルメリア屈指である彼らの強さ。もし裏切りなどがあれば対処出来ない。

 そこでルイーヤは、”命の書”序盤の知識で、ラズーに似せた究極的なホムンクルスを製作。彼にラズーを密かに暗殺させ、そのままラズーのふりをさせ、リーダー格である彼の立場を存分に利用し、キーリアやアシャナなどの信頼も得た。

 もっとも、キーリアは少しばかり不信感を持っていたようだが、それでも偽ラズーはキーリアよりも強いだろうので、あまり問題ではなかった。


「なんで奪わせる必要がある? 俺に”命の書”を継がせておいて、なんでわざわざ他人に奪わせる?」

 それがネイサにはどうしてもわからない。

「なあルイーヤ」 

 そしてまだ、どうしても聞くべき事があった。

「サミュエルは?」

「ええ、彼は実に計算通りに動いてくれたわ。あなたに比べると才能はなかったけど、弟子としては非常に優等生ね」

 それはつまり当初サミュエルが”命の書”を継ぐはずだった時、彼がとった行動までもルイーヤの計算ずくだったという事。

「わからない、なぜ?」

 さっきから聞いてはいるが、はっきり聞かされていない、ルイーヤの目的。今度こそネイサはそれを聞こうと、もう余計な事は何も言わない。

「ネイサ」

 しかしそこでルイーヤは迷いを見せた。

 

 答を口にするべきか。

 ネイサにはそう思えたが実際は違っていた。彼女が迷っていたのは、本当にネイサに、この優秀で、かつ自分にはない強さを持っていて、何より例え今までがどうであっても、これからどうなろうと、それでも確かに大切な目の前の愛弟子に全てを託すのか。それとも、今や彼女の真の目的の邪魔物として、彼を殺すのか。


「悪いわね、ネイサ」

 そんな事、口にするつもりはなかったが、ルイーヤはそれだけ言って、破壊された機械兵団の残骸の一部を浮遊させ、勢いよくネイサたちへとぶつけようとした。しかしネイサはすぐ隣の炎の壁と反対方向に跳んで、残骸を避ける。


「なっ」

 ルイーヤが驚かされたのは、ネイサと反対に跳び、炎の壁をすり抜けたレグナだった。


 ルイーヤが発生させたそれは、炎の壁なんてのは見かけの話で、実際には隙間ないほど激しく動き回る、特殊な孤立原子の壁。

 例えば陽子、電子が2つずつといくつかの中性子で構成されるヘリウムという原子は、他の原子に対しあまり混じりあったり、潰しあったりをしない。このような原子は希ガスと呼ばれているが、孤立原子というのはその究極形のようなもので、他の原子と全く反応しない原子であり、天然には存在せす、魔術によってのみ作り出せ、魔術によってのみ分解出来る

 つまりはその孤立原子で隙間なく作られた壁を、原子で出来たこの世界の物質が、それが例えレグナであろうと、何者であろうと、すり抜ける事など出来る訳がない。


「この”生命樹”の変化。まさかこの短時間で空間転移くうかんてんいを?」


 空間も”生命樹”で出来ているから、上手く操作すれば、空間を曲げたり伸ばしたりも出来る。それを利用して、進路を塞ぐ物質を無視させて、他の物質を移動させる技。それが空間転移。


「やはり恐ろしいまでの才能。あなた長生きしたら、自力でキーリア越えれるんじゃない?」

「ただ、バカみたいに、おしゃ、べり、してるだけだと、思ったか?」

 身体を震わせ、息を切らすネイサ

 身も心も削られたような苦しみ。空間転移魔術というのは、極めた者でも、そう易々とは使えない諸刃の剣。

「レグナァ」

 疲れを消し飛ばそうとするかのように、ネイサは精一杯に叫ぶ。

「みんなを、頼む」

 ネイサがそういい終えるか、終えないくらいの瞬間で、レグナは単身、グランデへと最大速度で向かった。

「まあ、さすがと言いたい所だけど」

 ニヤつくルイーヤ

「相変わらず甘くて、愚かね。レグナなしで私に勝てるつもりなの?」

「勝てるつもりさ。天才が真面目に努力を続けた今を存分に見せてやるよ」

 強気な言葉を返すネイサ。しかし口は互角でも、勝負は一瞬で決した。

「うっ」

 ネイサが次に何かをする暇も与えず、ルイーヤは彼の間近に、普通に素早く近づき、その腹部に強烈な拳を当てた。

「これはたいていの魔術師に言える事だけどね。魔術師が魔術以外の攻撃をする事もあるのを想定してなさすぎ」

「ぐ」

「覚えておきなさい。私のあなたへの最後の教えよ」

 そうしてたった1発のパンチに、ネイサは意識を奪われた。

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